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あなたとの愛をもう一度 ~不惑女の恋物語~  作者: 雨音AKIRA
エルロンド編 第6章 愛する人を探して

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27 永遠の愛を込めて (ディアナの手紙)

 僕は震える手で何とか、ディアナからの手紙を慎重に開いた。そこには彼女の美しく流麗な文字が綴られていた。僕は嗚咽を漏らしそうになるのをぐっと堪えて、それを読み始めた。



***



 愛するエルへ


 この手紙を貴方が読んでいるということは、無事にその手元に届いたのね。良かった。


 エル、貴方は今どうしているかしら?私がいなくなってしまって、きっととても驚いて悲しんだわよね。貴方のことだから、今も泣いているのかもしれない。そう思うと胸が潰されそうだわ。


 貴方を独りにしてしまって本当にごめんなさい。私に何があったのか、それを知らせることができずにずっと来てしまった。けれど、最後の力を振り絞ってこの手紙を書くわ。貴方に伝えなければいけないことが山ほどあるの。


 まず最初に言っておかなければならないことがあるわ。それは、私はもう長くないってこと。病に侵されて、日に日に体力が落ちている。今もこうしてペンを持つのもやっとだから、日をおいて少しずつ書いているの。


 あぁ、エル。どうか泣かないで。お願いだから最後まで読んでちょうだい。一番大切なことをまだ伝えてないのだから。


 まず私に何があったのか、それを先に説明するわね。これを貴方に伝えるのはとても辛いけれど、私の最後のお願いの為には必要なことだから。


 あの日私は、貴方を見送った後に買い物に出かけたの。いつもの商店ではなくて、朝市の出る広場の方。その時、一台の馬車が私の横を追い越すようにして通り過ぎたの。そして暫く先で止まった。


 何かしらと思った時にはもう遅かった。私はその馬車から伸びてきた何者かの手によって、薬で眠らされてそのまま連れ去られてしまったの。


 次に目を覚ました時には、もうそこがどこなのか分からなかった。唯一分かったのはそこが走る馬車の中だってことだけ。


 混乱する頭を何とか動かして、今自分がどこにいるのか知ろうとしたわ。けれどそれは叶わなかった。私は手足を縛られて自由を奪われていたから。


 馬車には私以外にもう一人男が乗っていた。その男は、異国の貴族みたいだった。目が覚めた私を見ると、薄気味悪い笑顔を向けてきたわ。そしてこう言ったの。



『あぁようやく目が覚めたのだね。私の花嫁』



 一瞬何を言われているのか分からなかった。自分がこの男に誘拐されたのだいうことは分かったけれど、会ったこともない人間に花嫁呼ばわりされる理由が皆目見当もつかなかった。そしてとても恐ろしかった。


 男は私が元王族だと知らずに誘拐したみたいだった。街で見かけた私を気に入って、自分の物にするつもりで連れ去ったのよ。私は勿論必死で家に帰してと言ったわ。自分には愛する夫がいるのだと。


 けれど男は頑として聞いてはくれなかった。平民の女が貴族の妻になれるのだから、喜ぶべきことだろうと言って……。そして無理やり男の国に連れ去られたの。


 男は、セフィーロ・フラネルと言って、フィネスト王国の子爵家の嫡男だった。けれど私はずっとあの男に閉じ込められていて、最初自分がどこの国に連れ去られたのかもわからなかった。そしてようやくそこがフィネスト王国だと分かった時には、もうあの卑劣な男の妻にされていたの。


 エル……ごめんなさい。例えどうにもならないことだったとしても、私は貴方を裏切ってしまったわ……。本当ならすぐにでも逃げたかった……けれど出来なかった……。


 お腹の中に、エル……貴方との子供が宿っていたから──


 あのセフィーロ・フラネルという男は、とんでもない男だった。私には表面上優しく接していたけれど、目下の者や自分が思い通りにならないことに対しては、酷く苛立ってすぐに怒ったわ。そしてそれを暴力で発散するような人間だった。


 私は、お腹の中に貴方との子供がいると分かった時、歓喜と共に恐怖に襲われたわ。もし子供のことがバレてしまえば、あの男にどんな目に遭わされるかわからなかったから。


 だから、私はあの男の妻として生きるしかなかった。表面上はあの男の妻を演じる生活を続けて、心の中ではずっと貴方を愛していた。そして時を窺っていたの。いつか子供と一緒に逃げ出して、エル──貴方の元に帰る為に。


 けれど中々うまくはいかなかった。赤子をセフィーロ・フラネルとの子だと偽って出産した私は、その時に酷く身体を損ねてしまったの。あの男に無理やり連れ去られて、辛い生活を強いられたせいね。


 それでなかなか寝台から起きられなくなった私を、あの男はすぐに見限ったわ。わざわざ異国から連れ去って無理やり妻にしたのに、自分の自尊心を満たせなくなりそうだからとすぐに外に愛人を作ったの。でもそれは私にとっては幸いだったわ。


 屋敷では冷遇されることになったけれど、あの男の顔を見なくて済むし、何よりこっそり逃げ出すには、放っておかれた方が都合が良かったから。


 だからこのまま体力を回復させて、どうにか貴方への連絡を取って逃げるつもりだった。


 けれどあの男も、流石に私を誘拐してきたという自覚はあったのね。子供が生まれても、他に愛人を作っても、私が逃げ出さないようにとずっと監視していたから。


 それでも何とか自分なりに伝手を作ろうと思って、信用できる商人を探したわ。商人なら屋敷に出入りするし、フリークス商会にいる貴方との連絡もつくだろうから。そして貴方に助けを求めてここを逃げ出すはずだった──


 けれど、神様はとても残酷ね。ようやく信頼できそうな商人との伝手も出来た頃、私は自分が病に侵されていると知った。


 自分の体のことだからわかる。もう長くないのだと。だから、儚くなって子供を独り置いて天に召される前に、貴方に子供のことを託そうと思って。それでペンを執ったのよ。


 あぁ、貴方にようやく伝えられるわ。エルロンド。エル──私の愛する人。


 私たちには、娘がいるの。可愛い天使のような娘が。


 あれは満天の星が輝いて、芳しい花の香り漂う春の夜だった。鈴の鳴るような可愛らしい産声を上げて、あの子は生まれたのよ。


 私はすぐに貴方との子供だと確信したわ。まだ目も開いていなかったけれど、貴方に似てると思った。


 名前はデイジー。


 貴方との思い出の場所──あの美しい丘に咲いていた花の名前からとったわ。だって小さくてとっても可愛らしいんだもの。貴方は私を妖精みたいだって言ってたけれど、私たちの娘の方がよっぽど妖精のようだわ。


 それにね、あの子をデイジーと名付けたのにはもう一つ理由があるの。


 あの子の愛称はディー。そう、貴方が私を呼ぶ愛称と同じディーって呼んでいる。


 だってそうすれば、デイジーが生まれた事を知らない貴方も、娘の名を呼ぶことができるでしょう?会えない間も、貴方はきっと私を想ってディーと呼んでくれていただろうし。


 だから悲しまないで。貴方が娘の生まれた事を知らなくても、ちゃんと彼女の名前を呼んであげてたんだから。


 それにね、私日記をつけてたのよ。手紙と一緒に送っておくわ。生まれてからのデイジーのことが全部書いてある。それを読んだら、貴方も生まれてからずっとあの子を見守ってきたことになるでしょう?


 だからこれからはエル、どうかあの子を……私たちの娘であるデイジーをお願い。


 私が死んだら、きっとあの男はデイジーを自分の道具のように扱うわ。あの子はとても美しいし、素直な子だから、あの男の良いように利用されてしまう。


 それを何とか阻止したいけれど、デイジーは何も知らないの。あの子は、私がセフィーロ・フラネルと異国の地で恋仲になって結婚したと思っているわ。勿論エル、本当の父親である貴方のことも知らない。


 本当は娘に貴方のことを伝えてあげたい。本当の父親がどんなに素晴らしい人か。どれだけ愛情深い人なのか。


 けれどもし私が明日死んでしまったとしたら、デイジーを庇護するのはあの男しかいない。まだ幼いデイジーが、貴方のことを秘密にできるか分からないから何も伝えられなかった。


 けれど私が死んでからも、デイジーをあの男の下にいさせるなんてとてもできない。当然よ。本当の父親はエル、貴方なんだから。だからどうか願い。デイジーを助けて欲しいの。これが私の最後のお願いよ。


 あぁ、エル、愛しい人。ずっとずっと貴方のことを想っていたわ。私の心は貴方だけのものだった。辛い状況に追いやられても、強く生きてこられたのは、貴方とデイジーのおかげよ。


 貴方と出会えて良かった。本当に幸せだった。


 貴方から一生分の愛を受け取って、デイジーというかけがえのない宝物を授かって、私の人生は本当に素晴らしいものだったわ。


 悲しいこともあったけれど、それでも貴方と出会えた喜びに比べたら何でもないことよ。だから泣かないで?エル。


 貴方にはまだ素晴らしい人生が待っている。だって私たちには可愛らしい娘がいるんですもの。どうかデイジーと一緒に、私の分まで幸せな未来を掴んで欲しいの。


 エル、私の愛する人、お願いよ。どうか幸せになって?貴方を遺して先に逝ってしまう私を許して。でも天国へ召されても私の想いは変わらない。ずっと貴方を愛しているから。


 さよならは言わないわ。これからもずっと貴方と一緒だから。


 エル、愛している。どうか幸せに……



 永遠の愛を込めて──ディアナ・フリークス


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