26 ようやく届いた手紙
運命とは何と皮肉で残酷なことか。
時にそれがもたらす奇跡に感謝し、時にふりかかってくる災いに絶望する。
だが、それから逃れられる術はない。
もしあの時──とそう思ったところで、どうにもならないことを
僕は既に知っていたのだから──
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「僕への手紙?」
「えぇ、何でも必ず会長にお渡しするようにと、本部の人間が受け取ったらしいですよ」
その日、フリークス商会の本部からの使いが僕の下にやってきていた。その時、既にディアナを探し始めてから十何年以上の月日が過ぎており、親代わりのシネンは、数年前に病で亡くなっていて、商会の会長の座は僕が受け継いでいた。
それでも僕はディアナを探す為に、自ら様々な国を訪れていたから、こうして会長としての裁可が必要な場合に備えて、定期的に本部とのやり取りをしていた。
「外部から僕への直接の手紙なんて珍しいね……」
僕は使いの者から手紙と共に小さな小包を受け取ると、早速それを確かめた。真新しい手紙には、懐かしい人の名前が書いてあった。
「これは……!」
その差出人は、かつてアムカイラで世話になったパン屋のご主人だった。国を離れて数年は、数か月置き位の頻度で手紙のやり取りをしていたが、年々その頻度は少なくなり、ここ数年はめっきりと連絡をしていなかった相手だ。
僕自身、商会長としての仕事が忙しく、向こうもいつまでも進捗の無い手紙のやり取りが辛くなってきたのかもしれない。だがそれも仕方のないことだと思っていた。
僕はパン屋の主人の名前を見てすぐに、手紙を開いて中身を確かめた。中にはこう書かれていた。
【エルロンドさん、こうして手紙を出すのは随分と久しぶりな気がするね。元気にしていただろうか?
私ももういい歳になって体もガタがきてしまってさ。実は数年前にあの店を閉めたんだ。自分でもしょうがないことだと思いつつも、我ながら随分と落ち込んでしまって……それで手紙を出さずに来てしまった。本当にすまない。
それで今回君にこうして再び手紙を出すことになったのは、ようやく君から預かった役目を果たせそうだからだ。
一緒に小包を預けてある。それが君への本当の贈り物だ。
包装の外側にある預け印が掠れてしまっているが、随分と古い日付だろう?それは君宛に何年も前に出された荷物なんだ。詳しい人間に調べてもらったんだが、どうやら当時の正規の配達ルートでは無かったみたいだ。多分あちこちと色んな商人の手を渡って、ようやくこのアムカイラに届いたんだろうね。
だが知っての通り革命後のアムカイラは、私たちが思い描いていたような平和な国にはならなかった。あれから何年も内紛や暴動が起こっていたから、その最中に届いた荷物が長年紛失してもおかしくはなかった。
だからこれも長い間、見つかることがなかったんだ。これを持ってきたのは、実はあのフライヤなんだよ。覚えているかい?あの反王制を唱えて息巻いていた若造だ。今はアムカイラ共和国の中枢にいて、何とか国を立て直そうと必死で働いている。
そんなフライヤが、かつての動乱でボロボロになってしまった流通機関を立て直していてね。とある倉庫の中で埃を被っていた君宛の荷物を見つけたんだよ。
中は開けてはいない。けれどきっとこれは君にとって探し求めていたものの答えのはずだ。
ようやく私も肩の荷が降ろせたような気分だよ。長い時が掛かってしまったが、あの世に行く前に役目を果たせたようで満足している。
また何かあったら知らせてくれ。新しい住所は書いてあるとおりだ。
これから先の君の未来が明るいものでありますように】
僕は手紙を読み終えた後、震えそうになるのを必死で抑えながらその小包に手を伸ばした。
古ぼけて少し擦り切れた、厚手の油紙で包まれた茶色い小包。その表面には滲んで掠れたインクで、僕の名前と国名、そして街と通りの名前が書いてある。僕とディアナが、短いながらも幸せに暮らしたあの家のある場所だ。
ほろ苦い感傷に浸りながら外側の麻ひもに手をかけて、中身が傷まないように慎重にそれを引っ張った。微かな抵抗を手に感じた後、カサリと乾いた音を立てて長年の封印が解かれる。中には一冊の革の手帳と、その間に黄ばんで古びた手紙が挟まっていた。
僕はその古びた手紙を取り出すと、涙に滲む目でそこに書かれている文字を読んだ。
「愛するエルロンドへ……ディアナ・フリークスより愛を込めて……」
それは愛する人──ディアナからの手紙だった。




