25 旧友の下へ
国を出てすぐにシネンの下を訪れた僕は、事情を全て彼に話して助力を求めた。僕ら夫婦の親代わりのような存在であったシネンは、快く協力を約束してくれ、方々を探してくれた。
だがディアナのその後の行方はようとして見つけることができずに、無為に何年もの月日が過ぎていった。
その間の僕はただじっとしていたわけではなく、商会の仕事のかたわら、様々な国へと向かった。そこで僕は、アムカイラの高位貴族として培った人脈と経験を生かして、様々な国の貴族たち、果ては王族への繋がりを作ることに成功していた。
かつてアムカイラ王家に近しい位置にいた僕は、その生まれと育ちのおかげで、他国の王族とも交流があった。彼らに事情を説明して協力を得られると、またその紹介で他の国の王家との繋がりを作る。そうして商人としての身分ながら、僕は様々な国の王侯貴族と繋がりを持つことができた。
だがその全てはディアナを探す為だった。異国の貴族に連れていかれたらしい彼女を見つけるには、貴族との繋がりを再び作らなくてはならない。その為に必要な地位も国さえも僕は失ってしまっていたから、持ち得る術の全てを使った。
そうして僅かな手がかりに縋って様々な国を渡り歩いてから何年か経った後、僕はかつて幼い頃に交流のあったとある王国の王太子の下を訪れた。フィネスト王国のリュクソン王太子殿下だ。
「エル!久しぶりだな!」
「リック……」
「何だ、随分とやつれているじゃないか。ちゃんと休んでいるか?」
明るい笑顔で僕を出迎えてくれたリュクソンは、疲れた様子の僕を見て心配そうに眉を寄せた。そこには革命後の僕の暮らしを心配する想いもあったのだろう。
リュクソンは遠い異国の王族だが、アムカイラ王家とは浅からぬ縁がある。彼の歳の離れた異母姉がアムカイラ王家に嫁ぎ、ディアナの異母兄であるグスマンを生んだのだ。
そういった事情でリュクソンとは幼い頃に会ったことがあり、手紙のやり取りをしていた。だが僕が国を出奔してからは、その交流も途絶えていた。
「僕のことは良いんだリック。それよりもお願いがあってきたんだ。ディアナを探して欲しい……」
「ディアナ?どういうことだ?彼女は……」
リュクソンはその後に続く言葉を寸での所で飲み込んだ。彼はディアナが革命の犠牲になって死んだと思っていたのだろう。だが、そうではないと僕の言葉で瞬時に判断したのだ。
「僕とディアナは、革命が起こる前に二人で駆け落ちをしたんだよ。それで既に平民になっていたから、革命の犠牲にはならなかったんだ」
「駆け落ち……そんなことになっていたなんて……」
「あぁ……あの頃は色々あって……結局アムカイラは革命の波に飲まれて王家は無くなってしまった。けれど僕らは生き残った……そう生き残ったはずなんだ……」
僕は自分に言い聞かせるようにしてそう言った。革命が起こる前にいなくなってしまったディアナ。けれど僕は彼女がどこかで生きていると信じていた。きっと逃げ延びて、僕が探し出すのを待っているのだと。
それでも僅かな情報だけを聞いた者ならば、こう言うかもしれない。「お前は妻に逃げられたのだ」と。
けれど僕はそんなことは考えもしていなかった。そう、考えられるわけがない。
ディアナと僕は、まるで運命のように出会って共に生きてきた。これからもずっと共にあるのだと、互いにそう信じていて、そこに疑う余地などないのだと。だから彼女が、何も言わずに出て行くはずがないのだと。
そう涙ながらに語れば、リュクソンは、驚きと悲しみのまじった表情で僕の話に耳を傾ける。そしてディアナを探すのに協力してくれると言ってくれた。
リュクソンの協力を得られる事になった僕は、その後も様々な国を渡り歩き、ディアナを探し回った。唯一手に入れた手掛かりは、アムカイラを出る前に得た、馬車を借りた異国の貴族の話だけ。それ以上のことは何一つわからなかった。
だけど、運命とは何と残酷なのだろうか。
僕が最もディアナの行方に近いところにいた時に、既に彼女が儚くなっていただなんて、想像もしなかったのだから──




