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あなたとの愛をもう一度 ~不惑女の恋物語~  作者: 雨音AKIRA
3章 レスターの後悔と苦悩

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13 愛の告白 (レスター)

レスター視点の過去回です。

 夜会での楽しいひと時を過ごした私は、その熱が冷めやらぬうちに、ドレスを汚した詫びだといってフラネル子爵家を訪ねた。


 本当は私がドレスを汚したわけではないのだが、それは良い口実になった。堂々とデイジーの家を訪問できるし、いきなり彼女に贈り物をしたとしても言い訳もたつ。


 私は内心、彼女がどれだけ驚くだろうかと楽しみにしていたのだが、それは想像以上だった。「どうして?」という心の声がありありと現れたデイジーに私は──



「お詫びは改めてって言ったと思うけど?」



 と、首を傾げておどけてみせた。すると──



「ふふふ」



 思わず笑ってしまったという風に、彼女は可愛らしい笑顔をみせてくれた。つられて私も笑うと、彼女はあの夜に語り合ったように、打ち解けた様子になってくれた。


 それを側で見ていた彼女の父、フラネル子爵も、私たちの親し気な様子を察したのだろう。娘と婚約者でもない男の私を、使用人がいるとは言え、二人きりにしてくれた。


 勿論子爵の思惑をわからないわけではないが、私にとっては願ってもないことだ。その時の私は、自分の生涯を共にする相手が、デイジー以外には考えられなくなっていたのだから。


 それからは親しい友人として頻繁に彼女を訪ね、会えない日は手紙と贈り物を欠かさずにした。彼女からの返事を心待ちにし、日に何度も侍従に手紙が来てないかと尋ねるほどに私は彼女に夢中だった。


 こうした私の変化は、すぐに周囲に知れ渡った。それまで全く女性の影がなかったのだから当然だ。私はすぐに父に呼び出され、私自身も、仕事で中々捕まらない父に話があったので喜んでそれに応じた。



「まさか子爵令嬢とはな……お前は自分の立場をわかっているのか?」



 侯爵家の執務室へ入ると、眉間に皺を寄せた父が書類から顔を上げて、私に凄む。けれど私は父の威嚇には屈しなかった。



「わかっているからこそです。父上は私が女に全く興味を示さないのが気に食わなかったのでしょう?デイジーは素晴らしい女性です。妻にするなら彼女以外ありえない」


「だがやはり子爵家とではつり合いが……」


「そうはおっしゃっても、他の家では政治的均衡を保つには難しいのでは?それが高位の貴族であるならば尚更ですよ」


「うむ……」


「それにフラネル子爵は娘が二人しかおりません。現子爵は彼女の父親ですが、次代の子爵はデイジーとは何の関係もない、妹の婿養子がなるのです。エスクロス家にとって政治的に不都合になる可能性は低いのでは?」



 私はここぞとばかりに、侯爵令息として培った弁舌を父に披露した。ただ惚れたからといって安易に結婚できるほど、貴族社会が単純なものでないことは十分承知している。


 だが私にとってデイジーの存在は、そんな貴族社会の面倒な常識など飛び越えてしまえるほど、大きなものだった。



「はぁ……お前がそこまで言うのだから本気なんだな?」


「えぇ、彼女と結婚できないのなら、私は一生結婚しませんよ」



 そこまで言って脅すと、父はようやく諦めたようにデイジーとの仲を頷いてくれた。



「仕方ない。大事なエスクロス家の跡取りが、生涯独身では困るからな……」


「ありがとうございます!」



 私は父からデイジーとの仲を承知してもらうとすぐに、彼女に会いにいった。


 急いで先触れを出し身支度を整えたら、さほど時間が経っていない内に、馬車で彼女の屋敷へと向かう。



(ようやく……ようやくだ……!)



 震えそうになる両手を握って拳を作り、それを額に当てて神に感謝する。


 デイジーとは親しくしていたが、まだはっきりと想いを伝えてはいない。彼女がエスクロス家との身分差に引け目を感じているのを知っていた。


 何も将来のことも考えず、その場の勢いだけで好きだと言っても、彼女は身を引いてしまうだろう。今は友達として会ってくれてても、私が想いを伝えた瞬間に拒絶されるかもしれない。



(そんなのは……耐えられない)



 まだ手に入れてもいない彼女を失うことを恐れる自分が、酷く滑稽で笑えてくる。同時に彼女が自分をどう思っているかと考えると、不安で押しつぶされそうだった。



(……デイジーも私のことを好いていてくれるだろうか?)



 ため息を一つ吐くと、胸の中にしまったものに服越しにそっと触れる。


 そこにはある決意があった。



(何にせよ、やっと父の許可を得られたのだ。デイジーにこの想いを伝えて──そして──)



──ガタン──



 やや振動があって馬車が止まり、フラネル子爵家に着いたのだと知る。屋敷の方を見れば慌てたような侍従が、こちらへやってくるのが見えた。



「あぁ、エスクロス様!お嬢様は今お屋敷には……」


「デイジーは今日、外出の予定だったか?」


「いえ……いつものお散歩で……」


「あぁ……わかった。大丈夫、そちらへ行ってみるよ」



 私は彼女がいつもの場所にいると知り、そのまま馬車から降りて歩いて行くことにした。


 初夏の爽やかな風が草花を撫でていく。サクサクとその緑を踏みしめ歩いて行くと、暫くして澄んだ池が見えてくる。奥には美しい森が広がり、池のほとりは花々が咲き誇る天然の花園になっていた。



「デイジー!」


「……え?レスター様?」



 驚きにこちらを振り返る彼女は、白いシンプルなワンピース姿で、まるで花の妖精のようだ。


 私はにこやかに手を上げて、こちらへ走り寄ろうとする彼女を制する。



「ここにいるだろうなと思った」


「わざわざごめんなさい。それに私こんな格好で……」


「いや良いんだ。むしろこちらが突然来てしまったから」



 私はデイジーの下に歩み寄ると、そこへ跪いた。それまで彼女が祈りを捧げていた場所だ。


 周囲にはたくさんの花々。一見自然のままのようだが、彼女がよく来ては世話をしている。季節が変わろうとも、この場所に花が絶えないようにと。



「君も、お母様も花が好きなんだね」


「えぇ、私の名前もお花から取るくらいだから……」



 そう言って優しく目を細めた先には、一つの墓標があった。そこに刻まれている名は、デイジーの本当の母のものだ。


 故・子爵家夫人の墓にしては、墓石は質素で飾り気がない。墓の前にはデイジーが手向けたのだろう。小さく可愛らしい花が飾られていた。



「お母様の故郷に似ているんですって、ここ。たくさんの花が咲く草原があって、そこで父と出会ったんだって話してくれて……」


「そうか、素敵な思い出だね」


「えぇ……」



 彼女が私にこうして大切な思い出を話してくれるのは、とても嬉しい。けれどデイジーが母親の話をする時はいつも、その表情の奥にどこか陰りを隠している。


 それが何なのかは、まだわからない。けれど彼女の心の憂いを自分が晴らしてやれればいいと思う。



 私は墓石に向かって祈りを捧げた。


 デイジーもまた、私と一緒に祈った。


 穏やかな静寂の中に二人の吐息が合わる。



「デイジー」



 私はゆっくりと目を開き、彼女の名を呼んだ。



「はい?」


「君に大事な話があるんだ」



 この場所でなら、彼女に言える。


 この場所こそが相応しい。



「え?レスター様?」



 意を決した私は、驚くデイジーをよそに、跪いたまま向き直りその手を取る。そして真っ直ぐに見つめた。



「君に会って、初めて恋というものを知った。


 それまでは人を好きになる事がどういう事かも知らなかった。


 君といると自分が自分でなくなるような。


 けれどこの世の幸せを全て詰め込んだような。


 そんな途方もないほどの大きな気持ちが溢れてくる」



「え?え?」



 小鳥のさえずりのように可愛らしく驚く彼女に、私は胸元から小さなケースを取り出した。その蓋を開け、中の指輪を差し出す。


 紺色のベロアの生地の上には、プラチナに輝く花のようにあしらわれたエメラルドのリング。それは彼女の瞳の色と同じものだった。


 私は再び彼女の手を取ると強く握る。この思いの丈を全て伝える為に。



「君が好きだ。デイジー」


「!!」


「どうか私と結婚してください──」



 精一杯の勇気と想いを込めて、私は頭を下げた。


 指輪を差し出す手が震えているのがわかる。


 拒絶されたらどうしようと、情けない心が丸出しだ。


 けれどこれが飾らない私の姿だ。


 彼女にだけは見て欲しい。私自身を。


 侯爵家の跡取りとしてでなく、宰相の息子としてでなく。


 ただ一人の男、レスターとして。


 どうか──



 その時、温かく柔らかなものが、私の手を覆った。彼女の手だ。



「レスター様、私……」


「っ……」



 少しだけ困ったようなデイジーの声に、心が絶望に染まっていく。けれど──



「私も……です……」


「え……?」



 小さく囁かれたその言葉に、私は顔を上げた。


 頬を薔薇色に染め、潤んだ碧玉の瞳がこちらを見つめていた。そして──



「好き……」


「っ──」



 小さな彼女の唇が、その言葉の形を作ると同時に、私は性急に彼女を腕の中に閉じ込めた。



「デイジー……!」



 喜びに思い切り抱きしめれば、始めは驚きに固まっていた彼女も、こちらに身を任せてくれるのがわかる。



「ありがとう……デイジー、ありがとう……」


「レスター様……私の方こそ……ありがとうございます」



 私は涙が溢れ出すのを感じながら、彼女の名前と感謝の言葉を繰り返した。


 彼女の言葉に私への愛を感じる。少し恥ずかしがりながらも、受け入れてくれる彼女の何と愛しいことか。



「デイジー、結婚しよう。ずっと一緒だ」


「はい、ずっと一緒にいてください」



 そう言って、私は彼女の指にエメラルドの指輪をはめた。白い彼女の指に映える美しい翠。


 その指に口づけ、彼女を見つめる。


 指輪と同じ色の瞳が、恥かし気にこちらを見ていた。


 けれどその瞳の奥に、自分と同じ恋情を見つけて歓喜に震える。


 その熱に浮かされるままに、私は彼女の小さな唇に口づけた。



「ん……」


「デイジー……」



 甘く蕩けるようなひと時。


 私たちを祝福するように、風が花を舞い散らせた。


 鮮やかな光の中で、私たちは想いを交わし、互いの熱を知って、その愛を確かめた。



 私はようやく手に入れたのだ。


 私だけの美しい花を。



 私の運命の人を──


お読みいただきありがとうございました。

レスターは外堀を埋めてから告白するタイプでした。好きだなんだと口だけ言って、実際に結婚できなければ相手に申し訳ないと思う真面目君です。感情のままにすぐ行動しない思慮深さが彼の美点ですが、それが今後あだとなります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うぉぉぉぉぉ! ここから転落していくのですねぇっ……! ど、どうしよう…… 今から涙が……っ!
[一言] 甘ーーーーい!!!!!!!
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