23 最期を見届ける者
翌日の明け方早くに、僕は家を出て王都へと向かった。革命のせいで辻馬車の運行は行われておらず、商会として所有していた馬は既に隣国への旅路へとついていた為、徒歩での道のりだ。
王都と隣接している町とは言え、決して短くはない道のりをひたすら歩いて進む。何とか間に合うように王都に辿り着いた僕は、そのまま中央広場へと向かった。既に陽は高く、時があまり残されていない。
革命によって混迷を極めた街は、見るも無残な姿に成り果てて、たった数日前の面影すら残してはいなかった。多くの貴族関連の施設や建物が壊されていて、その様子から激しい戦闘があったことが分かった。
革命の最後を締めくくる場所として選ばれた中央広場は、既に多くの人で溢れていた。集まる人々は皆、これから行われる処刑を見にやってきたのだ。自分たちをこれまで苦しめてきた者たちの最期を見届ける為に。そして己の勝利を確信する為に。
だから周囲の人々の顔には悲壮な思いなど一つもない。誰も彼もが未来への希望と喜びとで満ち溢れていた。
ただ一人、僕だけがその中に紛れ込んだ異物であるかのように、沈んだ気持ちで死の舞台を目指す。自らが犯した罪の大きさに打ちひしがれながら、鉛のように重い足を引きずり、最後にひと目だけでもいいからと、愛する人の姿を見る為に。
何とか広場の中央が見届けられる位置まで来た僕は、地面よりも高い位置に作られた舞台の上へと視線を向ける。そこには国王グスマンを筆頭として、側近たちが並んでいた。そしてその奥に、見つけたいと思うと同時に、見つけたくなかった人の姿を認めた。
「父上……母上……」
思わず零した呟きは、周囲の喧噪の波にあっという間に掻き消され、己の耳にすら返ってこない。
縄で厳重に縛られた父と母は、周囲を屈強な男に囲まれて逃げられないようにされていた。他にも同じような姿の貴族たちが何人も控えている。煌びやかな衣装は見る影もなくズタズタに引き裂かれ、血がこびりついた顔面に痣のある者さえあった。
そんな暴力にさらされたことがひと目でわかるような姿を見ても、周囲の歓喜の渦は収まることを知らない。これから行われる残酷な見世物を見たくてしょうがないといった風に、歪んだ愉悦を含んだ笑い声が耳鳴りのごとく鳴り響いて僕を苛んだ。
そしてついにその時を告げる鐘が、青く高い空に鳴り響く。その音に驚いた小鳥たちが一斉に飛び立ち白い羽が辺りを舞うと、その神秘的な光景に人々はまるで神の祝福を得たかの如く一際大きな歓声を上げた。
「俺たちは悪しき王と貴族を打倒し、自らの手で新たな国を作る為に立ち上がった!今日はそのめでたき日を祝う為に、皆に集ってもらった!」
高らかに舞台の上で声を上げるのは、過激派の中心的人物なのだろう。嬉々としてその血に塗れた行為を正当化して語る姿に、僕は激しい怒りと悲しみを覚えた。だがそれは同時に自分へと向けられた感情でもあった。
(あれが……僕が見捨てた人たちの選んだ未来なんだ……)
ディアナとの幸せだけを求めて逃げ出した僕に、彼らを責める権利などないのかもしれない。僕が戦わなかった代わりに、彼らは自らの足で立ちあがり、その手に武器を持ったのだ。戦いによる犠牲を厭わず、その手を血で塗れさせながら、彼らは自らの手で未来を勝ち取ったのだ。
もし自分が、彼らと同じようにしてあの時立ち向かったとしたら、どうなっていただろう?そうしたら父を、母を……そしてディアナを失わずに済んだのだろうか?そんな思いが脳裏を駆け巡る。
(……いいや……もしそうだとしても、多くの人の血が流れた……ディアナが狙われたかもしれないし、僕が国王になっていたとしても革命は起こったかもしれない)
僕は現実から目を背けたくなる弱い心を叱咤して、真っ直ぐに処刑の行われる舞台を見つめた。舞台の上では、未だ過激派の人物が演説を続けていた。人々はその言葉に酔いしれ、これから迎える勝利の時を今か今かと待ちわびていた。
僕はその残酷な鎮魂歌を聞きながら、罪人として処刑される人々へと視線を向け続けた。その姿を目に焼き付ける為に。自分が選んだ道が、どんな結果をもたらしたのか──その悍ましい現実を正面から受け止める為に。
そうして見つめていると、それまで項垂れていた父が顔を上げてこちらを見た。
(っ……父上……!!)
僕は視線を外すことなく父を見つめた。ぼろ布を頭から被っているから、父に僕の姿が見えたかどうかはわからない。けれど父はそれから後は決して俯くことはなく、最期の時までその凛々しくて立派な姿を僕に見せてくれた。
──そしてついに始まった終わりの時。
次々と無情に振り下ろされる刃が赤い色に染まる度に、周囲では一際大きな歓声が上がる。人々の熱狂は最高潮に達していくのに対して、僕の心は氷のように冷えていった。
最後のその刃が振り下ろされるのを見届けた後、僕はただ一人泣いた。歓喜に湧く狂乱のその渦の中で。
誰もが今日この日に終わりを迎えた命を悼まないから、僕だけが彼等の為にその死を想って泣いたんだ。
彼らの最期を決して忘れないと心に誓って──




