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あなたとの愛をもう一度 ~不惑女の恋物語~  作者: 雨音AKIRA
エルロンド編 第5章 王国最後の時

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22 終幕を飾るのは……

 王宮から戻って数日の間、僕はまるで屍のように過ごしていた。


 時折思い出したようにディアナの姿を求めてふらりと外を出歩くが、結局見つからなくて、絶望のままに家に戻った。家の中にいれば、ディアナの痕跡が色濃く残っているから、それが僅かな心の慰めになっていた。


 僕が営んでいた商会は、既に部下たちが荷物をまとめて出て行った後だ。全てを彼らに任せていたし、隣国にはシネンがいるから心配はないだろう。


 僕は彼らが出て行った後の、がらんとした商会の建物にも、時折ディアナの姿を探しては彷徨っていた。けれどそこに彼女の姿が見つかるはずもなく……。



 結局王都から始まった革命の灯は、大きな炎となり国中を焼き尽くすものとなった。僕の住んでいた王都の隣町もその波をもろに受け、貴族の館はことごとく襲撃され、治安の悪化した街では、革命の混乱に乗じて盗みや略奪が横行するまでになっていた。


 そんな騒がしく血生臭い街の中を、その日も僕はディアナの姿を求めて彷徨っていた。その時だ。



「エルロンドさん!あんた無事だったんだね」


「…………ご主人」



 いつも商会へ来ていたパン屋のご主人が、僕の姿を見つけて駆け寄って来た。



「あんた……酷い顏だ……まだ奥さんは見つからないのかい?」


「……えぇ…………」


「…………そうか……」



 店主は変わり果てた僕の姿に驚いているようだった。碌に飯も食わず、ただ屍のように彷徨う姿は、酷く不気味に見えたことだろう。それでも彼は、僕に対して労わるような笑顔を見せると、肩に手を置いて優しく撫でてくれる。



「きっと奥さんは見つかるよ……この混乱の中、どこかに隠れて逃げているのかもしれない。うん、きっとそうだ……君たちは……そうしてこれまで隠れて生きてきたんだろう?」


「っ──……」


「元々、高貴な出の人なんだろうなと思っていたんだ。どう見ても平民のような粗暴さはなかったからね。それに治安部隊の貴族にも知り合いがいたようだし」


「……黙っていてすみません……でも僕は……自分の血筋よりも、彼女と共にありたかったから……」


「あぁ、あぁ……君たちを見ていればわかるよ。君が本当にただの平民として普通の幸せを望んでいたことを。その幸せそうな姿を実際にこの目で見ていたからね」


「っ……ぅっ……」



 店主のかけてくれる温かな言葉と、その手から伝わる熱に、僕は溢れ出てくる感情を止めることが出来なかった。滂沱の涙を流す僕を、ご主人は黙って見守ってくれていた。


 暫くはそうして店主の優しさに縋り泣きはらした後、僕は顔を上げてお礼を言った。それまで屍のように苦しみの沼に落ちていた心が、ようやくすべきことを取り戻したような心地がした。



「……ありがとうございます。こんな私を慰めてくださって」


「そんな、いいんだよ。私と君の仲じゃないか。……それよりも、君に伝えなければならないことがある。今の君にとってはとても辛い事実なんだが……」


「……一体何ですか……?」



 酷く言い辛そうにする店主に、僕は恐る恐る聞いてみた。



「……過激派の者たちが、革命を成し遂げようとしているのは既に知っているだろう?彼らがその仕上げにもうすぐかかるというんだ」


「……仕上げ……?それは……」


「……古い体制の血を継ぐ者たちを……処刑するそうだ」


「!!!」


「……知り合いに頼んで聞いてみたが、処刑される者たちの中に奥さんらしき人はいなさそうだが……それでも多くの貴族が処刑されるようだから……」



 店主は最後言葉を濁したが、僕がこの国の高位の貴族の出だと既にわかっているのだろう。数日前に捕まった父が、その処刑の対象であることを伝えてくれたのだ。



「その処刑が行われるのはいつなんですか?彼らに会うことはできるんでしょうか?!」



 僕は縋りついて、何とか処刑前に父や知り合いに会うことは出来ないかと頼んだ。


 だが彼はただ首を横に振るだけで答えてはくれない。僕自身、その願いが叶うとは思っていなかったし、自らの立場を考えればそれをしてはいけないのもわかっていた。


 けれど自らの行いのせいで、愛する人たちがその命を落とすことになるのだと知ってまだ、ただ何もせずにはいられなかった。



「君に伝えるのが義務だと思ったからこの話を伝えた。……けれど奥さんを見つけるまでは、君自身は今のこの国の革命の波から逃げ続けなければいけない。もし彼らに見つかれば、君は古い体制の血を色濃く継ぐ者だとしてその命を奪われるだろう。……私はそれは望んではいないんだ」



 店主は僕の両腕を掴むと、子供に言い聞かすようにして必死に諭してくれた。そしてその想いは、僕も痛いほどわかっていた。


 何も言い返すことが出来ずに俯いていると、ため息を吐いた店主が、一つだけ教えてくれる。



「……明日の正午だ。王都の中央広場で、国王を含めた主だった貴族の処刑が行われるそうだ。私としては行ってほしくはないが……君が彼らの最期を見届けるのを奪う権利は私にはないから……」


「っ……ありがとう、ございます……」


「いいかい?決して見つからないように……布か何かを纏って姿を隠して行ってくれ。君はまだ奥さんを見つけなければいけないだろう?」


「……はい……」


「エルロンドさん……どうか無事で……奥さんが一日も早く見つかりますように……」 



 そう言ってパン屋のご主人はその場から立ち去った。


 ただ一人残った僕は、明日に迫った残酷な運命を前に、暫くの間立ち尽くすしかなかった──


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