21 怒れる者と失う者
王城から何とか逃げることの出来た僕は、街の変わり果てた様子に愕然とした。そこは僕が知っていた美しい王都の姿ではなかった。
王城をはじめとして貴族街の屋敷のほとんどに、過激派に率いられた民達が火を放ち、襲撃していた。私兵を雇っている貴族たちでさえも、激しい怒りを湛えた人の数の多さに、どうすることも出来ずに屋敷から引きずり出されている。
怒号と断末魔の悲鳴がそこかしこから聞こえてくる中、街を覆う黒煙が僕の視界を涙で歪ませる。既に陽は落ち、鋭く尖った月と血のように燃え上がる炎だけが、その地獄のような光景を照らす。
この場から一刻も早く逃げ出さなければならないと言うのに、気が付けばある場所へ向かって走り出していた。
王城へと攻め入る人の波を掻き分けて、貴族街をその端へ向けて降りていく。
たった2度しか訪れた事の無い場所だとしても、僕の心がそこへ向かえと足を動かしていた。けれど──
「そんな…………」
僕が目にしたのは、赤々とした炎に包まれ今にも崩れようとしている屋敷の姿。そこは両親が住まうフィルカイラ公爵家の屋敷だった。
金属製の門の奥には、父が使っていた馬車が横倒しになっているのが見える。そして今も襲撃者たちが、激しい憎悪を込めてそれを叩き壊していた。
僕は人混みを掻き分けて門の近くへと向かい、中を覗き込んだ。屋敷の扉は開け放たれ、何人もの人間が、地面に横たわっている。
恐怖に高鳴る心臓を必死で抑え込みながら、中にいる者を一人一人見ていくと、端の方に反王制の過激派に捕らえられ、うつ伏せに倒れている父の姿があった。
(父上っ──!!)
僕は叫びそうになるのを必死で堪え、目の前で父が反王制派の連中に連れていかれるのを見ていた。
父を捕らえた襲撃者たちは、歓声を上げて自分たちの勝利を喜び合う。それを見ていた他の人々も、皆一様に喜びの声を上げていた。
僕はその中で一人、愛する家族が無情な死へと追いやられようとしているのを、ただ黙って見ているしかなかった。
──父が捕まり、父に仕える者達も捕まった──
元々平民だった使用人の何人かは難を逃れることができたようだが、父に忠誠を誓っていた者たちは、その場で殺されるか捕まるかのどちらかだった。
僕はその光景を何もできずに見ているだけで、ただただ心の中で泣き叫んだ。
己の無能さと道を誤ったのだという事実を思い知らされ、呆然としたまま絶望の只中を歩み帰路につく。
正直どうやって自分の家に戻ったのか分からない。けれど確かに僕はそこへ戻っていた。
全ての責任から逃げ出して手に入れたはずの、ディアナとの幸せを育む家に。
──ガタンッ……──
力の入らない手で扉を開けて、崩れ落ちるように床に倒れ込む。
「っ──……」
いつも綺麗に磨かれていた床は、今では僅かに積もった埃が僕の手を汚す。その感触に、僕は彼女を見失ってから経過した時の長さを思い知らされた。
「……ディー……僕は……間違っていたのかな……」
涙に目を滲ませて、それでも真っ暗な闇を見つめて僕は語り掛ける。その闇の向こうから柔らかな彼女の声が返ってくるのを望んで。
けれど静けさだけが耳に残り、再び絶望の谷底に叩き落とされる。
「…………君に会いたい……今すぐ会いたいよ……ディー……」
僕は縋るように愛する人の名を呼び続けた。誰もいない孤独な家に。
自分がしてきたことが間違っていたのではないかと、胸を掻きむしるような焦燥に駆られる。自分の行いが、愛する家族を死に追いやるかもしれないという絶望に打ちひしがれた。
愚かな僕が犯した罪。
その罪がもたらす苦しみから、今すぐ解放されたかった。
そしていつものように愛する人に笑って「大丈夫」と言って欲しくて──
けれど現実はとても残酷で…………孤独という闇の中から僕を救い出してくれる彼女の声は、いつまでたっても聞こえてくることは無かった──




