19 王との邂逅
父との再会を果たし、ディアナを探す為の助力を得られることになって一週間と少し経った後、父からの知らせがあり僕は再び公爵家へとやって来ていた。
あれからもずっとディアナを探して回っていたが、未だにその消息はわからないままだった。その間にも街の様子はどんどん物騒なものになってきており、毎日のように過激派と治安部隊の衝突がそこかしこで起こっている状況だった。
僕はもはやこの国で商売を続けることは出来ないと判断し、父からの知らせを待つ間に商会をたたむことにした。既に隣国へと拠点を移す算段をしていた為、信頼できる部下任せて、僕はディアナを探すことに専念していた。
だが父からの知らせにも、ディアナの情報は一つも入ってこない。僕は落胆を隠せないまま公爵家を訪れて、王城へと上がる準備を整えた。
「お前のことはまだ陛下に話していない。知り合いの商人で通してある。だからいざお前の正体を明かした時にどうなるかはわからないぞ?」
王城へと共に向かう僕に、父は最後通告としてそう釘を刺した。だがこれからすることの危険性については、父も僕と同じ立場だ。もし僕が捕らえられ罰せられるとしたら、父も咎を受ける可能性が高い。それを分かった上で、父は協力してくれるのだ。その想いに応えないわけにはいかない。何よりディアナの為なのだから。
「父上、もし危なくなったら私を捨てて逃げてください。そして私の代わりにディアナのことを頼みます」
「馬鹿を言うな。お前がいなくては彼女が悲しむだろう。それにこれでも長年王宮という魔窟を渡って来た男だぞ?そう簡単に弱みなど見せないさ」
父は弱気な発言をする僕を嗜めるように視線を鋭くすると、上着を羽織って執務室を先導して出る。僕はその頼もしい背中を追いながら、未だ見つからないディアナを想って眉を寄せた。
ここまで探しても彼女は見つからないのだ。もう残っている可能性としてはディアナにとって最も危険な場所……それはかつて彼女が暮らしていた王宮だけだ。僕は複雑な想いを抱えたまま、王宮へと向かう馬車に乗り込んだ。
久方ぶりにくぐる王城の門は、気負っていたほどの恐ろしさは感じなかった。ただ反王制派の攻撃を恐れてか警備は非常に物々しく、公爵家の馬車とはいえ検閲は厳しいものだった。だが父が予め陛下との約束を取り付けてくれていたこともあって、何とか通してもらうことができた。
王城はかつてのような明るさは無く、行きかう人々だけでなく建物自体もどことなく陰りがあるように思えた。まさにそれはこの国の行く末を現しているようで、僕は自分が無責任にも投げ出してしまった人々を思い、それを直視することができなかった。
だがどんなに彼らから責められようとも、僕はこの国の王としてではなく、ただ一人の男としてディアナの側にいることを望んだのだ。それが自分の進む正しい道だと思ったし、彼女の願いでもあった。僕はその強い思いの下に再び顔を上げると、案内された謁見の間へと足を踏み入れた。
「公爵が自ら俺に会いに来るとは珍しいな。反王制派を主導しているとついに認める気になったのか?」
謁見の間に現れた現国王のグスマンは、やってくるなりいきなりそんなことを言った。王位争いで対立した父のことを良く思っていないのだろう。その刺々しい言葉の端から、今の父の立場というものが、嫌と言うほどに思い知らされた。
「まさか。恐れ多くも陛下に対して叛意などあるはずがございません。所領の多くを王家へと返納させていただき、我が腹心の部下たちも、陛下の治世の為に治安部隊として日々身を粉にして働いております」
「……ふん、口ではどうとでも言えるがな。それで?今日は何の用があるというのだ」
威圧的な王に対して、父は恭順な姿勢を貫き通していた。その辛い立場に唇を噛みながら、僕は頭を垂れたまま呼ばれる時を待つ。そしてついに父が来訪の目的を告げた。
「こちらにおります商人の話を陛下に聞いていただきたく存じまして……こうして連れて参ったのでございます」
「商人?そんな者を連れてくるなどお前らしくないな……ふむ、だがそれも一興。おい、そこのお前、面を上げよ」
「はっ!」
陛下の言葉に促され、僕はようやく頭を上げた。玉座に座るグスマンを真っ直ぐに見つめれば、尊大な笑みが次第に強張っていく。
「お……ま……えは……っ」
「……商人のエルロンドと申します、陛下。この度は陛下の麗しきご尊顔を拝謁する栄誉を賜り、恐悦至極に存じます」
あくまでも一平民としての立場で、深々と礼をすれば、途端に大きな物音が前方で鳴った。
そして乱暴な靴音が近づいてきたと思ったら、礼をしたままの胸倉を強い力で引っ張られる。痛みに視線を上げれば、激しい憎悪に身をやつしたグスマンが、こちらを睨みつけていた。
「何故貴様がここにいる!?やはりお前たちが反王制派を率いているのか?!」
「滅相もございません、陛下。私は一介の商人……それも隣国出身の平民です。どうしてそのような野蛮な活動などに参加出来ましょうか」
「……それが事実ならば、何故この場にやって来た?何が目的だ!」
平民としての立場を崩さずにそう言えば、グスマンは激高しながらもこちらの目的を問うてきた。反王制派を恐れるグスマンは、僕がその一端で何事かを企んでいると疑っているのだろう。だが僕としてはどんなにグスマンに疑われようとも、ディアナのことを伝えられればそれでよかった。
王位争いで大きな溝ができてしまったとしても、ディアナは彼と血の繋がった兄妹だ。グスマンが幼い頃にディアナへと向けていた愛情と優しさは、決して偽物ではない。それは今でも変わらないと僕は信じていた。
「妻が……ディアナが行方不明なのです……もしかしてこちらに何か情報があるのではないかと思い……恐れ多くもこうして参った次第でございます……」
「ディアナが行方不明とはどういうことだ?!貴様が妹を連れ出したのだろう?!それをっ……!!」
──ガッ!!──
激しい罵倒と共に鋭い痛みが顔面に走る。グスマンに殴られたのだ。
「ぐっ……」
僕は口から血を流して、そのまま床に倒れ伏した。何の躊躇も無く思い切り殴られたせいで、意識が僅かに遠のく。
けれどこのまま気絶するわけにはいかない。僕には果たすべき目的があるのだ。ディアナを再びこの腕に抱くまでは、例えどんなに痛めつけられようともその苦痛から逃れるつもりはない。
「陛下……どうか……ディアナについて知っていることがあれば……どうか……」
「うるさい!今更何をっ……!あの子が俺の言う通りに他の者と結婚していれば……こんなことにはならなかったのだっ……!」
激しい憎悪を含んだ声でそう言うと、グスマンは再び僕を殴りつける。その怒りは、王位争いをしていた立場からではなく、ディアナの兄としての怒りに思えた。
その様子から、彼がディアナの失踪について何も知らないのだと思い知らされ、僕は殴りつけられた頬以上に心が痛むのを感じた。
「衛兵!コイツを牢へぶち込め!王族へ無礼を働いた男だ!」
「陛下っ!」
僕を捕らえるという陛下の命令に、父が慌てて止めに入ろうとする。けれどグスマンは父を鋭く睨みつけて凄んだ。
「何だ、お前も捕まりたいのか?この俺をたばかった罪でいくらでも歓迎するぞ?」
「……私は……公爵とは何の関係もございません……ただの商人ですから……」
「っ──」
「ふんっ……いいだろう。では罪人としてじっくりと話を聞かせてもらおうか。連れていけっ!」
顔を歪めたまま固まる父に向けて、僕はディアナのことを頼むと強い眼差しを送り、そのまま王城の兵士に捕らえられた。




