18 父の助け
ディアナを探して治安部隊と遭遇した後、僕は自宅へと戻りテムズからの連絡を待った。
自分の素性が周囲にバレる危険があったが、今はディアナの行方を探す方が先決だ。それに見知った人物が治安部隊にいるというのも心強い。既に公爵家と袂を分かっているが、今はディアナの為にその力に縋るしかなかった。
「エルロンド様、公爵がお会いになるそうです。今から向かいますがよろしいですか?」
「あぁ……頼む」
自宅へとやって来たテムズは、治安部隊の武装した姿ではなく、裕福な平民といった服装をして、家紋をつけていない古びた馬車で来ていた。反王制派を刺激しないように敢えてそうしているのだろう。僕は用意された馬車に乗り込み、久方ぶりに会う父の下へと向かった。
王都にあるという公爵家の屋敷は、場所も建物も以前とは違った。かつては権威を誇る家柄だったから、場所は最も高くて立地のいい場所で、建物も広く大きかった。
だが今目の前に見えるのは寂れた場所に建った小さな屋敷だ。きっと僕が出奔してから色々あったのだろう。その責任の一端が自分にあるのだと思うと、苦い思いが胸に広がっていく。
そんな屋敷に足を踏み入れ、執務室と思われる場所に案内されると、以前よりも少しくたびれた様子の後姿が僕を迎えた。
「……随分と久しいな……無事に生き延びていたのなら、知らせの一つでも寄越せばよかったろうに」
「……申し訳ありません……」
離れていた年月以上の時を感じる、しわがれた声。それは感情に揺さぶられ僅かに震えているように思えた。だが彼は未だ振り向くことなく、既に息子では無くなった僕への言葉を重々しく紡ぐ。
「それで今更現れて何の用だ?もうわかっているだろうが、既にこの家は跡取りである息子を失って以前のような力はないのだ」
「……今更虫が良すぎるのはわかっております。けれど彼女の為に……ディアナの為にどうしても父上……貴方の力が必要なんです!」
僕は決してこちらを見ようとはしない父に、縋るように懇願した。
「……私は家を出てからこれまで商人として生きてきました。貧しいながらもディアナと二人何とか暮らしてきて……それでようやく商人としてこの国に店を出せるほどになってたんです」
僕の話を黙って聞き入る父。親不孝をした自覚は十分にある。けれど責めずにただ黙って聞いてくれているその姿に、父も僕のこの生き方を認めてくれていたことを知った。
だがディアナが危険にさらされているかもしれないと思うと、自分の選択が間違っていたのではないかと大きな後悔に苛まれる。
「王都の近くに家を借りて暮らしてました。ディアナは僕の妻として、つい昨日まではそこで幸せそうに笑っていた……けれど……突然その姿が見えなくなって……行方が分からないのです……」
「……思い当たる場所を全部探したのか?」
「はい……知り合いにも助けてもらい探したのですが……どこにも彼女の姿がなく……思いがけずテムズと再会できたので、こちらを頼ったのです……」
必ずディアナを守ると誓ったのに、結局僕は一人ではどうにもならなくて父を頼った。そんな自分が情けなくて申し訳なくて──いつの間にか涙が頬を伝っていた。
けれど今はそんな事は気にしている場合ではない。僅かでもディアナを探し出せる手段があるのであれば、それに縋る以外に出来ることはないのだから。
「父上!……いえ公爵!……どうかディアナを……妻を見つけるの為にどうか力をお貸しください!」
僕は跪いて頭を床について懇願した。既に貴族としての地位を失った僕にできることはそれほどない。異国の商人では、どうしたって手の届かない場所があるのだ。
暫くの沈黙の後、前方で人の動く音がする。僕は床に頭を付けたまま、父の言葉を待った。
「……そうか……テムズも動いているから治安部隊の方の情報も入るだろう。後は王宮の方か……」
先ほどよりも鮮明に頭上から落ちてくる声。父は跪く僕を見下ろしながら話していた。僕は一筋の光明を見出した気がして顔を上げた。
「……王城で情報を得るのは難しいぞ。今はこんな情勢だからな……お前自身が危険を冒して立ち向かわねば、陛下から真実を聞くことはできないだろう……今のお前にその覚悟はあるのか?」
「っ……えぇ!勿論……勿論です!」
「……わかった。何とか立ち会えるように席を設けるから、それまでは大人しくしておけ。いずれ迎えを出す。いいな?」
「っ──はい……!」
そうして僕は父との約束を取り付けて、屋敷を後にした。




