17 混乱の中の思わぬ再会
過激派が貴族と揉めた場所というのは、街の外れ近くの街道沿いだった。とりあえず僕らはその場所へと向かったのだが──
「一人も逃がすな!疑わしい者は皆捕えよ!」
怒号が飛び交う中、多くの人々が武装した兵士たちから逃げ惑っていた。
「あれは治安部隊!?なんでこんな所に……!」
「ちっ……!とんでもねぇ所に出くわしちまったか……!」
その場は、過激派を捕らえる為に投入された治安部隊のせいで大混乱となっていた。
逃げ惑う人の波に揉まれながら、自分たちも危険な状況にあると判断しすぐに踵を返す。しかし、治安部隊もかなりの人数を導入してきたようで、既に周辺の道は塞がれてしまっていた。
「過激派の奴らめ、大人しくしろ!」
「やめろ!俺は違う!!」
「きゃぁぁ!!」
男女関係なく連行していく治安部隊の兵士たち。だがこのまま捕まるわけにはいかない。僕らは必死でその場から逃げようと走った。
通りを駆け抜け、兵士たちがいないだろう裏通り選び進んでいく。ここまで連れて来てくれた反王制派の男が、先導してくれたおかげで、追手は撒けたようだった。暫くそのまま裏通りを進むと、ようやく僕らは息を整えることができた。
反王制派の男達も、周囲の警戒を怠ってはいないが、それでも安堵の表情を浮かべている。
「……なんとか乗り切ったな……」
「……私のせいで……すみません……」
彼らを巻き込んでしまったことが申し訳なくて、僕は頭を下げた。
「いや……昨日の騒ぎがあったから部隊が来ていたんだろう。だがここまで強引なやり方でくるとは……」
そう反王制派の男が呟いた時──
「動くな!!」
狭い裏通りの曲がり角の先から、治安部隊の兵士がやって来てしまった。その手には剣を持ち、鋭い視線をこちらへと向けている。
僕らは身を固くして後ずさるが、彼らはすぐにでもこちらに斬りかかれるほどの距離にいた。踵を返した瞬間に切りつけられるだろう。
僕はあえて真っ直ぐに相手の目を見つめて、それを阻止しようとした。ところが──
「……まさか……そんな……」
「……?」
治安部隊を率いてきた男の一人が、何事かを呟いて剣を持つ手を震わせていた。私は彼の顏をじっと見つめて、あることに気が付いた。その顔に見覚えがあったのだ。
「…………テムズ?」
「あぁっ……!本当に貴方様なのですね!エルロンド様!!」
思わずその名を呼べば、すぐにその治安部隊の男は、感極まって剣を投げ捨てた。そして私の足元へ跪くと、涙を浮かべて再会の喜びに浸る。彼は私が領地で世話になった補佐官のテムズ、その人だった。
「……生きていらっしゃると信じておりました!まさかこのような場所で会えるなんて……!」
「テムズ……」
突如として訪れたこの思わぬ再会に、反王制派の男たちだけではなく、他の治安部隊の面々も戸惑って動けないでいた。おかげでこの捕り物も、一時中断したままとなっている。
私はこの好機を逃すはずもなく、テムズが落ち着いた所で彼に向けて口を開いた。
「私たちはディアナを探す為にここに来たんだ。昨日騒ぎがあったと聞いたから、それにディアナが巻き込まれたのではないかと思って」
「なんと、ディアナ様が……!」
「あぁ……だけどこの騒ぎに巻き込まれて困っているんだよ。彼らは私の案内をする為にここまでついてきてくれた人たちだ。過激派じゃないと私が証明する」
僕の言葉に、後ろにいる反王制派の男たちからの緊張が伝わってくる。彼らは反王制派ではあるが、過激派の連中ではない。全てを告げているわけではないが、嘘は言ってはいないだろう。
それにテムズは長年フィルカイラ公爵家に仕えてくれた男だ。彼が僕に不利になるように取り計らうことが無いとわかっていた。
「……なるほど。そういうことでしたら、安全な場所までお連れいたしましょう。間違っても過激派と称して貴族の血筋の方を連行してはいけませんからね」
テムズは貴族の血筋という部分を、わざと他の部隊の人間に聞こえるようにして言うと、剣を鞘に仕舞い恭しく私へ向けてお辞儀をする。それは使用人が貴族の主人へと向ける正式な礼だった。
「おい……あんたやっぱり……」
貴族として扱われる僕の姿を見て、顔を強張らせた反王制派の男は何かを言いかけたが、僕はそれに被せるようにして彼に話かける。
「ここまで案内してくれて助かったよ。だけど悪かったね。こんな騒ぎに巻き込まれてしまって。褒美は最初より弾むから、後で屋敷に来てくれ」
「あ、……あぁ……」
あえて貴族的な尊大な態度で対応すれば、その様子を見て他の治安部隊の面々も、僕を貴族だと判断したのだろう。彼らはすぐに手に持っていた剣を慌てて鞘に仕舞った。
そして彼らの後をついて裏路地を抜ける為に歩き出す。僕はテムズの横に立ち、彼に小声で話しかけた。
「テムズ……父に会いたいのだが、頼めるか?」
「……勿論です。任せてください」
「……頼む」
ディアナを探す為に、僕はテムズとの再会に縋る想いで希望を託した。
裏路地を抜け出た後、僕はここまで案内してくれた反王制派の男や、パン屋のご主人と別れて帰路につくことにした。
「ご主人、色々とありがとう」
「いや……あんまり役に立てなくて申し訳なかったね。奥さんのこと、私も店の方でお客さんにきいてみるよ」
「ありがとうございます……頼みます」
パン屋のご主人と反王制派の男たちを見送った後、私はテムズに向けて再び声を掛ける。彼はどうやら今はこの治安部隊の中ではまとめ役のような存在であるらしく、その後のことを取り計らってくれると約束してくれた。
「エルロンド様のことは、部下には貴族の子息でお忍びだと言ってあります。だからこの場にいたことは、他にはバレないでしょう」
「……すまない」
「ディアナ様の件は、こちらでも調べてみます。行方不明ということであれば、治安部隊の管轄にもなりますので」
「だが、彼女の素性は……」
「わかっております。そこは上手くやりますから……一旦戻りますので、教えていただいた住所へ改めて伺いますね」
「あぁ、よろしく頼む……」
テムズに粗方の事情を話し、昨日の騒ぎの中でディアナらしき人物がいなかったかどうかを、今日捕縛した人物たちから取り調べでそれとなく聴いてもらえることになった。そしてまた後で会うのを約束して、私は帰路に就いた。
自宅までの長い道のりを、重い足取りで歩きだす。既に陽は高く上っており、眩い光が照り返してきて、俯いたままでも目が痛い。
「ディー…………」
情けない声で呟いたその名は、すぐに地面に落ちて行って消えてしまう。いつもなら、温かな声で返事があるのに、今聞こえてくるのは街中の雑踏だけ。
「ディアナ……無事でいてくれ……」
くじけそうになる心を必死に抑え、僕は彼女の存在を確かめるように再びその名を口にした。
人々の騒めきの中から、彼女の返事が聞こえてくることを願って、僕はただひたすら家までの道のりを、そうして彼女の名を呟きながら歩いたのだった。




