15 一縷の望み
既にとっぷりと日の暮れた街中を、僕は必死で探し回った。けれど、ディアナの姿はどこにも見えない。
何故──どうして──そんな思いばかりが頭の中を駆け巡る。
『いってらっしゃい、エル』
いつも通りの朝に、ディアナの声と交わした口づけの感触が、まざまざと思い出される。けれど愛しい人の姿は、幻だったかのように掻き消えて、目の前には暗闇が広がっているのみだ。
「……どこに行ってしまったんだ……ディー……」
疑うことなく続いていくと思っていた日常が、まるで足元から崩れ去っていくような感覚。絶望に打ちひしがれそうになる心を、必死で叱咤しながら僕はディアナを探し続けた。
けれど結局朝日が昇るまで探しても、ディアナは見つからなかった──
悲嘆にくれながら家に戻り、僕はリーマ夫妻へと話を聞きに行った。しかし状況は何一つ進展を見せはしない。
「治安部隊にいる知り合いに頼んでみても、奥さんらしい人はいなかったらしい……すまない」
「こっちも見かけた人はいないって……ごめんなさい」
「……いえ、ご協力ありがとうございます……」
気まずげなリーマ氏にお礼を告げると、僕は留守を彼らに頼むことにして、再び街へと出た。
万が一ということがあるので、僕は自分の営む商会へとやって来た。しかしそこは昨日僕が出た時のまま、何も変わってはいなかったので、簡単な事情と暫く留守にすることだけを手紙に書いて、再び外へと出た。
これまで彼女が行きそうな場所を重点的に探していたが、それで見つかっていないのだ。普通ならば彼女が行かない場所──けれどもしかしたらという可能性があるかもしれない場所を探さなければいけない。その情報を得る為に、僕はいつも商会に来店してくれるパン屋のご主人の下へと向かった。
商会から少し離れた場所にあるそのパン屋へと行けば、早朝にも関わらずご主人は元気に店先に立っていた。入店してきた僕に驚いて彼は目を見開くと、次の瞬間には嬉しそうな笑顔を向けてくれる。
「やぁ、珍しいね。店に直接来るなんて。頼んでくれたら、いつもみたいに配達したのに」
パン屋のご主人は、商会に用事がある時は、いつも昼過ぎには店を奥さんに任せてやってくる。その時は、世間話のついでにパンの配達をしてくれるのだ。
だが、ここは僕の自宅からは離れた場所にあるので、ディアナはこのパン屋を使わないだろう。だから彼女がここに来た可能性は低い。それでも僕は、ある可能性を考えてここを訪れたのだ。
「ご主人、貴方なら知っていると思ってここに来たんです……昨日、例の集会がどこで開かれたかご存じですか?」
僕の言葉にパン屋の主人は、目を丸くして驚いた。これまで僕の方からわざわざ反王制派の動向を訊ねたことが無かったからだろう。
「……どうしてそんなことを?……何かあったのかい?」
眉を顰めながらも、こちらを気遣うようにして訊ねる主人に、僕はディアナがいなくなったことを告げた。
「……ディアナが昨日から姿が見えないんです……朝、いつものように仕事に出てから、日が暮れて僕が帰宅するまでの間に、どこかへ行ってしまったみたいで……」
「それは……なんというか、大変だったんだね。思いつく所は既に探したのかい?」
「……えぇ、だけど見つからなくて……それに彼女が自分から出ていくことも考えられないんです。何かあったとしか思えなくて……」
「あぁ、エルロンドさん……とにかくここへ座ってくれ。今にも倒れてしまいそうじゃないか」
憔悴した僕の様子に、パン屋の主人が椅子を勧めてくれた。その優しい気遣いに、僕は思わず弱音を吐いてしまう。
「……もうどこを探せばいいのか自分でもわからなくて……それでここに来たんです」
「……最近街の様子が随分と物騒だからね。奥さんがそれに巻き込まれたかもしれないと思ったんだね?」
僕の言わんとしていることを、彼は先んじて口にしてくれた。僕は力なくその言葉に頷くと、じっと床を見つめて彼の返答を待った。彼はいつも街の噂を話してくれていた。もしかしたら、反王制派に知り合いがいるかもしれないと思ったのだ。
「……そうか。確かに君たち夫婦は、知り合いでない者から見たら貴族と間違われてもおかしくない容姿をしているからね。君の考える可能性もわかる気がするよ」
「…………」
ボソリと告げられた主人の言葉に、僕は何も言うことができなかった。見た目が貴族のようなだけでなく、ディアナは元々王女だ。かつては王宮の奥深くで過ごし、その姿を知る者は少ないが、それでも見知った者が街中にいる可能性は十分にある。もしそれが、反王制派の中にいる人物だとしたら──
血の気が引くような恐ろしい考えに、僕は俯いたまま拳を額に当てると、ギュッと目をつぶり神に祈った。
そんな僕の様子に、パン屋の主人もほだされたのだろう。僕の肩に手を置くと、優しい声で語りかけてくれた。
「……そういうことなら、私も協力させてもらうよ。もし万が一奥さんが、貴族と間違われて反王制派の連中に何かされたとしたら、大変だからね」
「本当ですか!?」
「あぁ、こう見えても顔は広いからね。それに君らは確かに貴族みたいな見た目をしているが、彼らとは全然違うと私は知っている。君にはいつも良くしてもらっているから、力になるよ」
「っ……ありがとうございます!!」
パン屋の主人は、わざわざ店を閉店させてまで協力してくれることになった。
僕は一縷の望みをかけて、彼の後をついて反王制派の人物の下へと向かった。




