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あなたとの愛をもう一度 ~不惑女の恋物語~  作者: 雨音AKIRA
3章 レスターの後悔と苦悩

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12 恋に気付く時 (レスター)

引き続きレスター視点(過去)の夜会シーンです。

 夜会の会場には必ず休憩の為の部屋が用意されている。ドレスを汚してしまった場合の避難場所としては最適だ。


 連れてきた女性をその部屋へ入るよう促すが、躊躇してなかなか入ろうとしない。どうしたのかと彼女を見やれば、困ったように眉を下げて、こちらを見上げた。



「あの……ありがとうございました。後はもう、一人で大丈夫ですので……」



 慎み深いその女性は、私と一緒にいる所を周りに見られるのを気にしているのだろう。広間を抜けてくる間にも、いくつかの視線を感じたし、今もまたチラホラこちらを気にしている人間がいるようだ。


 このまま彼女と共に入室するようなことがあれば、人々の噂がどういうものになるのか想像に難くない。恋仲と噂されるか、一夜の関係とでも言われるか……。


 他の女性であれば、この好機を逃さず迫ってくるのだろうが、彼女は全くそんな素振りはない。



「参ったな……本当に君は他の女性とは違うようだ」


「え……?」


 思わず漏れた心の声。


 他の女性とは違うのが彼女の良さなのに、その違いを残念に思う自分がいる。


 恥ずかしそうに頬を赤らめる彼女に、無性に愛しさが込み上げてきて、今まで感じたことのない衝動に駆られる。


(男として彼女に求められたい──)


 その細い腰を抱き、小さな手を抑え込んで、驚く彼女の吐息さえも飲み込むような口づけを──


(──って私は何を考えているんだ!)


 妄想で彼女にとんでもないことをしでかそうとする自分を、心の中で殴りつける。同時に浅ましい劣情を抱いてしまう自分に戸惑った。


 彼女のつぶらな瞳が、私のそんな醜さを全て見透かしているような気がして、真っ直ぐ見ることができない。

 

 このままではいけないと、私は近くの使用人を呼んで、彼女の世話をさせることにした。



「────ちょっとそこの君!

 こちらの御令嬢がドレスを汚してしまったから、すぐに染み抜きの用意をお願いできるかな。それと身体も冷えてしまっているようだから、温かいお茶も」


 少し落ち着かなければいけない。彼女の為にも、自分の為にも。使用人が準備の為に下がるのを見届けながら、私はこれからのことを考えた。


(どうにも彼女を前にすると、自分が自分でなくなる。だがもっと彼女のことを知りたい……)


 今一度彼女の方を見やる。使用人の女性が対処してくれるとわかり、安堵した表情をしていた。その柔らかな表情に、心の奥がぎゅっと掴まれる。


(もっと笑顔が見たいな……)


 彼女が花のように笑う姿を想像し、口元がにやけそうになるのを必死で堪えた。


(だがこのままでは、通りすがりに助けただけの関係になってしまう。どうにかして彼女との時間を作らなければ)


 そう思った私は、そこでハッとした。


 彼女の父親には名乗ったが、まだ彼女にはきちんと名乗っていなかったのだ。自分の愚かさに頭を抱えたくなる。本当にこのままではいけない。


 

「あの……」


「レスターだ」


「え?」


「今更だけど、私はレスター・エスクロスと言うんだ。まだ君に向けては名乗っていなかったから」



 そう言って真っ直ぐに彼女を見つめる。彼女の美しい翠玉色の瞳を捕らえて逃さぬように。すると彼女の中に、淡い熱が灯ったように見えた。



「デイジー・フラネルです……お会いできて光栄ですわ、エスクロス侯爵子息様」



 ドレスの裾をつまんで、優雅に挨拶をする彼女に、私は思わず抗議の声を上げた。彼女から欲しいのは、儀礼的な関わりではない。



「レスターだ、デイジー」


「え……」


「可愛らしい名前だね」



 唐突に名前を呼べば、彼女、デイジーは一瞬キョトンとした顔をして、すぐに真っ赤になった。


 私は自分の悪戯が成功したことに思わず微笑むと、彼女の手を取った。恥ずかしさでそのまま逃げだしてしまいそうな彼女を、絶対に逃がしはしないと、そう思って。


「もっと君と話しがしたい──どうかこの後の時間を私にください、レディ」


 口づけを一つ、彼女の柔らかな手に落とす。


 仄かに鼻腔をくすぐる甘い香り。その蕩けるような誘惑に、私は理性を飛ばされそうになりながら、清廉な誓いを立てる騎士のような心持で、彼女を見つめた。


(きっと、これが恋というやつなんだ──)

 

 直観的にそう思った。

 初めて見た時から──いや、その声を聴いた時からかもしれない。

 心惹かれていく自分を、止めることが出来なかった。

 私たちは出会うべくして出会ったのだ。


 ──運命に導かれて──


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― 新着の感想 ―
[一言] うんうん、初恋ってそんな感じだよね( ˘ω˘ )
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