8 周囲の思惑と隠された陰謀
突如、国境沿いの領地へやって来たディアナ。彼女は厳しい表情で、その理由を語ってくれた。
「父の具合が悪くなってからすぐに、後継について王宮内で争いが起こり始めたの」
「後継問題で?だが王太子殿下がおられるはずでは……」
僕はディアナの口から出てきたその意外な言葉に、驚きを隠せなかった。既に後継にはディアナの兄である王太子殿下が決まっていたはずだ。だがその口ぶりでは、まだ争いが続いているのかもしれない。
「……兄の立太子には、反対する人が多かったわ。兄のお母上は、異国の出身だったから……」
「……それはそうだが、今更……」
この国の王太子であるグスマンの母親は確かに異国の出身だ。この国では異国の出身というだけで、偏見の目を持つ者も少なくはない。それだけアムカイラは閉鎖的な国であるのだ。
しかし陛下は、王太子殿下の母上を愛していたし、息子のグスマンについても腹違いのディアナと同じように愛情を注いでいた。陛下にとってグスマンは例え異国の血が入っていたとしても、可愛い自分の息子だったのだ。
「……兄のことを良く思わない人たちが、私を使って次の王座を乗っ取ろうとしているという噂があって……」
「なんだって!?」
ディアナが今にも泣き出しそうな表情で、自らの体を抱きしめる。まるで自分を守るかのように。
「勿論女である私が、国王として立つことはできないわ。……けれど、エル……貴方の血筋なら……」
「……そう言うことか……」
僕はディアナが何を言わんとしているのかわかった。
僕の家であるフィルカイラ公爵家は、王家の血筋が色濃い一族だ。直近では祖父が当時の王弟殿下であり、また母も王家の流れをくむ家の出だ。血筋から言えば、父に次いで僕はこの国で最も王家に近い存在だろう。
だからディアナと僕が結婚することは、異国の血を引く王太子殿下にとっては、脅威以外の何物でもないのだ。
「元々、私たちの婚約にはそういう意図があったんだって王太子派の人たちは思っていたらしいの。兄を差し置いて王位を継ぐだなんて考え、私たちにはないのに……」
「あぁ、勿論だ。僕だってこの国の王になろうだなんて、これっぽっちも考えたことないよ。大丈夫、きっとわかってもらえるさ」
僕はそう言ってディアナを慰めながらも、苦々しい思いでこれまでの事を思った。
もし僕がもっと大人でディアナをすぐに娶るだけの力があれば、降嫁した彼女は王族としての地位を失い、このような事態は避けられたはずなのだ。
だが今更そんな事を言っても仕方ない。王位簒奪の疑いをかけられたままでは、僕だけでなくディアナの身が危ういのだ。
「私たち、どうなるのかしら……エル……私怖いわ。きっと今、王都では兄たちの一派が私のことを探している……捕まったら私はどうなるか……」
「大丈夫だ。君には手出しをさせないよ、絶対に……僕が守る」
小さく肩を震わせるディアナを、僕は強く抱きしめた。その華奢な身体は、今にも儚く消えてしまいそうで、僕は胸が酷く締め付けられる。彼女を失うなんて、考えられない。全てを投げ出してでも、僕は彼女を守るのだと心に誓った。
その後、僕はすぐに王都がどういう事態になっているのか、父に手紙を書いた。ディアナと僕を巡る王位簒奪の疑いだ。父がこの件を知らないはずがない。
すると暫くして、父の書状を持った侍従が領地の屋敷を訪れた。
「一体どういうことなんだ!本当に父はこの件について知っていたのか?!」
僕は父からの書状を机に叩きつけると、侍従を問い詰めた。僕の怒りを感じたのだろう。侍従の男は、ビクリと肩をすくめて気まずそうに視線を彷徨わせている。
「……私には公爵の考えまでは、わかりかねます。……ですが、全てそちらの書状にありますように、良いように取り計らうからと、エルロンド様は王女殿下をこちらの領地で匿うようにと……」
「そんな事をすれば、我が家は王位簒奪の疑いで罰せられても、言い訳できないんだぞ!」
僕は、自分でも驚くほどの大声で侍従の男をどなりつけていた。それもこれも父からの書状が原因だ。
父は、僕とディアナを巻き込んだ王位争いの全てを承知していた。先だって僕をこの領地へと来させたのも、王宮から離れた安全な場所にいさせる為だった。
陛下の容態が悪化し始めて王位争いが表面化すれば、当然僕の身に危険が及ぶ可能性があった。そして万が一陛下が崩御するような事になれば、僕自身にあらぬ疑いをかけられる危険すらあったのだ。
「……だからってこんな……僕は王位なんて望んでなんかいないのに……」
僕は、悔しさのあまり再び机を叩いた。硬く重苦しい音が室内に響く。
いつの間にか周囲の者たちによって用意されていた未来。それは、もしかしたら僕らが子供の頃から計画されていた事だったのかもしれない。
国で一番王族の血が濃い公爵家の息子と、この国の正統な血筋を継ぐ王女。異国の血が混ざる王太子よりは……と思う人間にとって、僕らの存在は次の王位へと押し上げる存在として都合が良かったのだ。だが──
「……僕は父の言いなりにはならない。僕もディアナもこんなことは望んでいないんだ……」
僕は静かな怒りを滲ませて、この大きな陰謀渦巻く思惑に立ち向かうことを決意した。




