7 ディアナの来訪
「エル!!」
「ディー!!」
屋敷の玄関へと急げば、今到着したばかりのディアナの姿がそこにあった。
僕は作法などそっちのけで階段を降り、すぐさまディアナへと駆け寄ってその身体を抱きしめた。そして無事を確認するように、彼女をまじまじと見る。
「ディー!無事だね?どうしたの?何かあった?」
慌ただしく事情を聞く僕に、ディアナは心配をかけてごめんなさいと小さく謝った。
「……本当は先触れを出すべきだったのだけど、時間が無くて……」
「時間って……」
言いづらそうにするディアナの顏をよく見てみれば、目が少し赤い。それに顔色も悪いように見える。
「エルロンド様、まずは休んでいただきましょう」
「あ、あぁ……そうだな。こんな場所ですまない。ディー、疲れているだろう?すぐに休めるように、食事と湯を用意しよう。話はそれからでいいかい?」
「でも……」
僕が使用人たちに指示しようと少し離れると、ディアナは不安げな表情をして僕の袖を掴んだ。その様子に、何かあったのだと察した僕は、彼女の手を包み込んで安心させるように微笑む。
「大丈夫。僕はどこにもいかないよ。一緒に食事を取ろう。僕も忙しくてあまりちゃんと食事ができてないからさ」
「本当に、領主代行の食事事情といったら目も当てられません。どうか王女殿下、ご協力をお願いいたします」
侍従のテムズが、ディアナが気兼ねなくゆっくりとできるように、あえて僕をだしにした。すると不安気だったディアナの表情に、僅かに穏やかさが生まれる。
「えぇ、わかったわ。エルと一緒に食事をできるのも、久しぶりだものね」
「あぁ」
そうして笑顔を見せてくれたディアナに、僕は少しだけ安堵することができたのだ。
やがてディアナが湯で旅の疲れと埃を落とし、ゆったりとした服装で現れた。食事の用意がしてあるのは、僕の執務室の横にある休憩室だ。こじんまりとしているが、食堂よりも人目がなくて済むし、ゆっくりできると思ったからだ。
「いきなり来ちゃってごめんなさい……」
「いいんだよ。むしろ会えて嬉しい。会えなさ過ぎて、そろそろ気が狂うかと思った」
「まぁっ!」
僕が自分の気持ちを正直に吐露すれば、ディアナがさも可笑しそうに笑う。これまで頻繁にディアナと会っていたのに、ここまで会えない期間が長いと、僕自身本当に限界に近かったのだ。
「あまりちゃんとした食事ではないけれど、どうぞ?」
「ありがとう」
食事の席に着くように促せば、ディアナが美しい所作で僕の隣に座る。こうしてくっついていられるのも、他に人の来ない休憩室ならではだ。
用意してある食事は、王族の食事に比べれば質素なものだろう。特に今は麦やその他の物資が不足している中だし、領主と言えども豪勢な食事はとれない。屋敷で働いている者達を思えば、彼等やその家族がもっと大変な思いをしているのは明白なのだ。
だから用意できたのは、彼等がとる食事と同じようなもの。けれどディアナはそれに嫌な顏一つしない。彼女のそうした態度が嬉しかった。
「美味しそうだわ。用意してくれてありがとう」
ディアナが、心からの笑顔を給仕してくれた使用人へと向ける。お姫様であるディナに微笑みかけられ、その使用人は顏を赤くしてどぎまぎしながら退室していった。
ようやく二人きりになったところで、僕達は食事を始めた。麦を湯でふやかした粥にチーズがかかっていてなかなか旨い。僕自身、久方ぶりのちゃんとした食事に、食べる手がどんどん進んだ。ちらりとディアナに視線をむければ、彼女も美味しそうに食べている。
暫くそうして料理への感想を挟みつつ食べ続け、ようやく食事も終わりに差し掛かったところで、ディアナに来訪の理由を尋ねた。
「それでどうしたんだい?」
「……」
僕が改めて聞くと、ディアナはカトラリーを置き、手を膝の上で握りしめた。暫く俯いて考えているようで、その眼差しは真剣だ。そしてようやく決心したのか、重い口を開いた。
「お父様が……亡くなったの」
「!!?陛下がっ!?」
「……えぇ」
「……何てことだ……」
ディアナから告げられた事実に、僕は驚きと悲嘆の声を上げた。陛下の具合が悪いとは聞いていたが、まさかもう儚くなってしまっただなんて……。
王都からこの領地まではかなりの距離がある。情報が入ってくるのが遅いのだ。しかし父からの手紙よりも早くディアナがこの地にやって来たことが、どうにも腑に落ちない。
「何と言っていいか……素晴らしい方だったのに……ディアナ……心からのお悔やみを……」
「エル……ありがとう……父のことをそう言ってくれて、嬉しいわ」
ディアナが目に涙を溜めて微笑んだ。その痛々しい笑顔に、僕は胸が締め付けられたように苦しくなる。
「葬儀はもう行われたのかい?……幼い頃から良くして頂いたのに、参列できなくて残念だ……」
「……それが……」
僕の言葉にディアナは気まずそうに口ごもる。
「多分……まだ行われていないと思う……」
「え?……それは……」
「父が儚くなって、すぐに王都を発ったの……私付きの侍従が逃がしてくれたから」
「逃がすって一体……何があったんだ?!」
僕は顏を青ざめさせたディアナに、何か尋常じゃない出来事が起きているのだと感じた。




