6 領地の状況
麦の買い占めと物価の上昇が発覚してから、すぐに対応をしたが、状況は悪化の一途を辿っていた。
王都にいる父にも相談したが、あちらも寝耳に水だったようで、父の方でも調べてもらえることになった。だが既に流出してしまったものを、取り戻すことはできない。
いつもなら他領からの麦の買い付けなどほとんど無いから、大量の流出はかなりの打撃だった。領民への配分も切り詰めて調整しなければ、次の収穫までもたない可能性すらある。
「この量でひと冬越えるのか……きついな……」
「えぇ、これでは不作の年と何ら変わりがありません。それに相変わらず物価が高止まりの状態で……」
僕の呟きに、補佐官のテムズがどうしたものかと頭を悩ませている。彼はこれまで父についてこの領地を長年支えてきた一人だ。その彼がここまで苦い顏をしているのだから、今回の事が異常事態なのは間違いない。
「もしもに備えて他の穀物類についても、他領との取引を一時的に禁じよう。しばらくして状況が好転しなければ、こちらも領主権限で買い取る方向で調整してくれ」
「わかりました。……ところで王都におられる公爵はなんと?」
「国王陛下の具合が大分良くないらしい……もう言葉もよくわかっておられないそうだ」
半年ほど前にアムカイラ国王陛下が病気で倒れられた。その後はずっと療養中で、実質的な政務は王太子殿下が引き継いで行っている。ディアナからの手紙にも、倒れた父王を心配する内容の記述が書いてあった。
「……そうですか……では買い占めを指示していたのは、もしかしたら…………いえ、なんでもありません」
侍従がふと想像を巡らして、そこで言葉を止める。その先を発言する危険性に思い至ったのだろう。
「テムズ、ここには私しかいない。それに私がディアナの婚約者だからといって、全てが王家に迎合するわけでもない。忌憚なく言ってくれ」
僕は彼が何を言わんとしているのかわかったので、あえてそう告げた。その言葉に、テムズはまるで泣き出しそうな表情で顏を歪める。そしてやおら重い口を開いた。
「……物資の流れを調べさせていた者からの報告では、どうやら王家の直轄領へ流れているようだと……」
「それはいつからだ?」
「半年前……陛下がご病気で政務を離れてからですね……」
「……そうか。だが父や王都にいる臣下は、その状況に気が付いていなかった……」
「えぇ、普通なら直轄領での出来事は、すぐにでも王都に情報が行くはずです。ですが情報が操作されていたのか、ここまで大きく影響が出ているのに一向に中央は対応していないようです。これは流石にどう考えてもおかしい」
「……王家の誰か、もしくは王家に近い誰かが、この事態を引き起こしている……そう言うことだな?」
「……その可能性が高いかと」
「とにかくこの領地の民を飢えさせないように、食料の確保を最優先だ。それと隣国との国境と、隣の領地との境界への警備を強化しないと……ただの物資の買い占めだけで終わるとは思えない……」
「……わかりました」
この事態の原因がなんであろうと、食料が不足して物価が高騰すれば、その先に望まぬ争いが生まれる可能性は十分にある。僅かな食糧を巡って、血で血を洗うような事態だけは、何としても避けなければならなかった。
僕は苦しい現実と重責を前に、一人ため息を吐くしかなかった。
それから数週間が経った。相変わらず状況は好転せず、他の穀物類に関しても規制と領地での買取を命令する事態にまで発展していた。
そんな中、突然屋敷の侍従が、慌てた様子で執務室にいる僕を呼びにきた。
「エルロンド様!王女殿下が」
「え?!ディアナがどうかしたのか?!」
いきなり告げられた王女殿下という言葉に、僕は侍従の言葉を遮って問い詰める。ディアナに何かあったのではないかと、嫌な汗が背中を伝う。
「王女殿下が、この屋敷にお見えです」
「!!!」
僕はそれ以上の言葉を聞くことなく、すぐさま執務室を飛び出した。




