2 陽気な子供時代
ディアナと僕は、王族の姫君と公爵家の嫡男ということで、その後もずっと交流が続いていた。今思えば、将来は婚約者に──という周囲の思惑があったのだろう。
けれど僕らはそんな大人の事情など何も気にせずに、いつも一緒にいた。
「行儀作法の先生がとっても厳しいの……授業つまんない」
「王族のマナーの授業?それは厳しそうだね」
王宮にあるディアナの居室で、今日もお茶をごちそうになり、彼女の話を聞く。ディアナはあまりマナーの授業が好きではないようで、口を尖らせながら教師の愚痴をこぼしていた。
「笑う時は口をあまり開けないで、でも感じ悪くならないようにちゃんと口角を上げてとか。それで言われた通りに笑うと、今度は目が笑ってないとか言うのよ?もうどうすればいいのってなっちゃう!」
「ははは、それは難しいね。楽しいのに口を開けて笑えないとか、僕だったら辛いなぁ」
アムカイラ王国では、女性は男性よりもあまり前へ出ない様にと教えられる。物静かで慎ましいのが良いとされるのだ。
けれど目の前のディアナは、そんなアムカイラの理想の女性像からしたら随分とお転婆だ。楽しければ素直に笑うし、不満があればきちんと自分の言葉で周囲に意見を伝える。外で走り回って遊ぶのが好きだし、大人しいという言葉は彼女には全く似合わない。けれど僕はそんな彼女の方がずっと好きだった。
「僕は君がそのままでいてくれた方がいいんだけどね」
「え?そのままって?」
「そのまんまの君だよ、ディー。澄まして笑っていても君らしくないし」
「私もそう思うわ。だけど……」
ディアナも自分らしくあることと、王女として周囲から求められるものの違いを感じているのだろう。言葉を詰まらせて、少しだけ表情が影る。その様子は見ていてこちらまで悲しくなるほど。
僕だって、ディアナがディアナらしくいられるのが一番だと思う。けれどそれで彼女が王女として周囲から認められないのは不本意だ。彼女ほど可愛くて素敵な女の子はいない。けれど周囲が求めるのは、王女としてのディアナだ。
僕はどうしたらいいのか暫く考えて、思いついた考えを言ってみた。
「先生の前で違う自分になってみたら?」
「違う自分?なぁにそれ?」
僕の言葉に不思議そうに首を傾げるディアナ。僕は悪戯を思いついた時のように、ニヤリと笑うと、誰にも聞かれないように彼女の耳元に顔を寄せた。
「王女様のふりをするんだ。演劇とか好きだろう?演技をする役者のように、王女様になりきればいいんだよ」
「え?!フリって……!」
「しーっ!……これは絶対にバレちゃいけない秘密の任務だ。本当のディアナは僕だけが知っている。けれど他の人には、演技の役としての王女を見せるんだ。そうすれば周りのみんなは、演じている王女の役に満足して、本当の君のことには気が付かない。それって面白いだろう?」
「ふふっ!それいいわね!最高だわ!私が役者で王女様の役をするのね?」
「あぁ、そうだ!本当は君の演技で騙されているのに、王女様として敬われるだなんて最高に楽しそうだろ?」
「うまくできたらお小言も減るしね?」
「それに騙されている大人たちを笑い飛ばすこともできるよ?」
その特別な考えに、僕たちは二人して笑い転げた。あまりに大げさに笑ったもんだから、テーブルに腕をぶつけてお茶を零して怒られたけど、それも気にならないほどに楽しい時を過ごしたんだ。
それからは、王族や貴族としての役を完璧に演じることが、僕らの遊びの一つになった。おかげで周囲の大人達からは褒められたし、ディアナと二人だけの時は、どんな風に相手を騙せたか報告し合うのが楽しみの一つになっていった。
そんな風に僕らの子供時代は笑顔で溢れたものだった。そしてその幸せな時が、ずっと続いていくと思っていた──




