後日譚35 侯爵夫人の憂鬱18 (レスター)
レスター視点です。
フィネスト王宮、謁見の間──
「さて、今回の集まりについては、皆も既に知っているだろう。我が国の国土に関する重大な問題が発覚した件についてだ──」
関係者全員が集まったところで、陛下が玉座から立ち上がり、皆を見下ろして言った。その重々しい声は、強い威圧感を持って我々の頭上に振ってくる。
「シャンダル公爵。ファイガル領の土地に関して、何か言うことがあるのではないか?」
「は──……いえ……何のことやらさっぱり……」
陛下がいきなり核心へと踏み込むが、公爵はしどろもどろにそれを否定するだけだ。だがもう言い逃れは出来ないほどに、証拠は固められている。
「ファイガル領と言えば、お前の娘が前領主に嫁いだではないか。それでも知らないと言い張るのか?」
「娘は寡婦として出戻って来ております。それに嫁いでいた時は、あちらの家の方針で、私は特に関わってはおりませんので……」
公爵は延々と自分は何も知らない、関係ないとの言い訳を繰り返す。だがその顔色は非常に悪い。
きっとこの件については、発覚などしないと高をくくっていたのだろう。遠い辺境の地の土地売買、しかも国外への秘密裏の取引。フリークス氏の伝手で権利書が発見できなければ、この先ずっと発覚しなかった恐れがあったほどなのだから。
「往生際が悪いな。だがシャンダル家の金の流れについては、既に調べさせてもらっている。証拠をこれに──」
陛下が公爵を睥睨しつつ、部下の一人を呼びつけた。一見印象の薄いその人物は、きっと陛下の使っている影なのだろう。その姿さえも本当のものかどうか怪しい所である。
「長年、財務部では密かに不正が行われているのではとの噂があり、調査をしておりました。それで僅かですが、財務部から支出されている資金と、各事業へと割り振られている資金の間にずれが生じているのが判明しました」
証拠の書類と共に、次々と横領の事実が発覚していく。私自身も横領について、以前の土地開発の事業費の申請額と、実際に財務部での支出額について密かに調べていた。
するとやはり細かい部分でずれが生じているのがわかったのだ。一つ一つは少額であっても、その数が多ければかなりの金額が紛失したことになる。
すると今度は別の者が口を開いた。
「シャンダル公爵自身の素行調査の面からも一言よろしいでしょうか?」
「あぁ、許可する」
「公爵は長年、賭博に嵌っており、かなりの金額をそこで使っていると出入りしている者達に確認しました。しかしいつも負けが高じていて、金策が必要になっているのではないかとの証言も得ています。事実、概算ですがその負け金額を計算してみた所、公爵家の収入ではまかなえない額が出て行っているようです」
「……ふむ、それは金が必要になるわけだな」
次々と出される証拠に陛下は満足げに頷いた。一方の公爵は唇を強く噛み締めて、報告する者達を睨みつけている。
「ただ横領だけで済ませておけばよかったんですがねぇ……」
そう言って次に口を開いたのは、行政官長のフッサだ。彼は各領地へと派遣される行政官の長として、ファイガル領の件で陛下から相談を受けていたのだろう。
「現在ファイガル領の土地の権利者と戸籍について、今一度整備を始めたところです。前領主殿が旧時代の遺物のようなお堅い方でしたので、不明瞭な部分が多く、精査に時間がかかっておりますが、いずれはっきりとするでしょう。ま、その前にそこの大罪人からの情報で判明するかもしれませんがね」
相変わらずフッサは相手が公爵であろうと口が悪い。だが言っていることは、冷徹なまでの事実である。土地の権利者の精査が終わり、他にも国外に権利が流出した可能性のある土地があれば、いずれ私の所へとお鉢が回ってくるのだろう。
「現ファイガル家の領主も、こちらの調査には全面的に協力してくれている。前領主が遺した証拠もあがってきているようだ。それには勿論、シャンダル公爵、お前が関わっていたという事実も載っているぞ」
陛下が追い打ちとばかりに、最後にそう言ってのけた。
ここまで追い込まれて、流石にシャンダル公爵も観念したのだろう。何事かを呻きながらその場に崩れ落ちるようにして膝をついた。
名門公爵家の長としての姿は見る影もなく、今はただ打ちひしがれた大罪人としての醜態をさらしている。だがそれは公爵の自業自得だ。彼は文字通りこの国を売った売国奴なのだから。
「この大罪人を捕え、余罪を全て吐かせるのだ。我が国の土地を他国へと売る反逆者であるぞ。遠慮も慈悲も必要ない。連れて行けっ!」
「「はっ!!」」
陛下の厳しい声が響き渡り、すぐに屈強な騎士達がシャンダル公爵の身柄を捕らえる。引きずられるようにして公爵は彼等に連れていかれた。
それを見送った後、陛下は私の方へと体を向ける。
「……さて、此度はエスクロス侯爵には随分と迷惑を掛けたな。早い段階で説明ができておれば、また違ったのかもしれないが──」
陛下の口からでたのは謝罪の言葉。フリークス氏からも同じことを言われたが、これだけの犯罪があったのだ。慎重にならざるを得ないのも頷ける。
私は逆に頭を垂れて陛下に謝罪をした。
「寧ろこれだけの悪事に長年気付かずにいたこと、一臣下として申し訳なく思っております。我が事業部でも過去の事業費を再度調べた所、いくつか横領の疑いのある案件が出てきておりました」
「何?もう調べていたか。流石だな……。だが気付かなかったことについては、相手が悪かったから仕方ない。財務部のトップが不正を率先していたのだからな。あそこは既に腐りきっておる。此度の件で人事の総入れ替えが必要になるだろう」
陛下が難しい表情をしてそう付け加えた。どこまで不正の温床が広がっているのかは、これから調査していくのだろう。
「ま、そういうわけだから、当分は予算に関しては行政官庁を通してくれよ?レスター」
フッサが横から嘴を挟んできた。陛下の前であっても相変わらずの無礼さであるが、それでもこの男が優秀なのに変わりない。
「財務部の業務を行政官庁が請け負うのか?」
「あぁ、行政官は能力的には各領地で財務部と似たようなことをしているからな。暫くは各領地での仕事は領主に任せておいて、中央に人員を戻して事にあたる予定だ」
行政官庁にとっては余計な仕事を回されたはずなのに、フッサはどこか嬉しそうな顔つきである。そこに彼の目論見が透けて見えた。
「……なるほど。その分だと各事業部の不正とかも見つけるつもりなんだろ?」
「ははは!バレたか。流石レスターだ!」
「バレたかって……フッサの方が悪者みたいな言い方だな」
行政官長の制服を着ていなければ、裏社会の頭でもやっていそうな見た目のフッサに、思わずそんな言葉が口をついて出てしまった。だが言われた方のフッサは、特に気にすることなく話を続ける。
「俺達みたいなたたき上げの行政官は、不正や赤字ってもんに反吐が出る質だからな。それに平民上がりの俺に似て、部下達は全員、忖度ってやつが苦手なんだよ」
自虐しつつも腹黒く笑うフッサは、これを機に各事業部の不正や赤字などをどんどん正していくつもりのようだ。裏社会の頭でなくとも、この国を裏で牛耳っているのは、実はこの男なのかもしれないと、思わず苦笑する。
すると私の横にいたフリークス氏がぼそりと呟いた。
「転んでもただで起きない所が、リックらしいな。流石だよ」
その言葉が聞こえたのか、リュクソン陛下がこちらに顔を向けて片目をつぶってみせた。結局のところ、全ては陛下の掌の上だったようだ。
その後は、場所を謁見の間から会議室へと変え、事後処理について話し合われた。財務部の仕事を一時的に引き継ぐ行政官達との連携や、売却された土地の権利書の処理方法について、かなりの時間を要することになった。
結局、私が解放されたのは日暮れ前のことだった。
「はぁ……思ったよりも時間を食った……デイジーをかなり待たせてしまったな……」
そう呟きつつ、私はデイジーのいる客室へと急いだ。フリークス氏は、まだ陛下との話があるとのことで、今は私一人である。
昼休憩後、デイジーだけで退城させるのは心配だったので、彼女には王宮の客室に留まってもらったのだが、予想以上に待たせる結果となってしまった。
「まだ仕事にも時間が取られそうだし、とりあえずは大使館の方へ送って──」
そうこれからの算段を呟いた所で、前方に人影が見えた。
「侯爵様!」
廊下の先で声を上げたのはメルフィだった。彼女は私の姿を見つけると、満面の笑みを浮かべ小走りで近づいて来る。
「メルフィ、どうしてここに?」
「部屋の中だと状況がよくわからないので、私だけ情報収集に出させてもらったんです」
「そうか……待たせてしまって済まない」
「いえ……ところで侯爵様がこちらにいらっしゃるということは、もう終わったんですか?」
「あぁ、一応な。まだ事後処理があるんだが、先に君達を送っていくよ」
「わかりました!デイジー様も侯爵様が戻られるのを心待ちにしていらっしゃいますよ」
「わかった、すぐ行こう」
メルフィと共に、デイジーの待っている客室へと向かう。謁見の間からは離れているので、いくつか廊下を曲がり歩んでいくと、メルフィが何かを思い出したように足を止めた。
「どうした?」
「あの、厨房に少し寄ってもいいですか?お湯の用意を頼んでいたんですが、戻る時に立ち寄るつもりでしたので……もう退城するなら不要になりますから、断っておかないと……」
「あぁ、そうか。じゃあ先にそちらから行こう」
「はい!」
先に厨房へ立ち寄ることとなり、二人で向かった。しかし──
「あれ?お湯はさっき持って行ったんじゃないの?」
「え?どういうことですか?」
「どうもこうも、あの後すぐに戻って来たから渡したはずだけど……あれ?違う人だったのかな……同じような服だったし、侯爵夫人の所へ持って行くって言ってたから……」
「そんな……それ、私じゃない……他の人にも頼んでいないのに……」
厨房の使用人の言葉を聞いて、メルフィが顔を青ざめさせる。誰かがメルフィを装って、デイジー達に接触しようとしているのかもしれない。
「すぐに戻ろう!」
「は、はいっ!」
例えようの無い不安を感じた私は、急いでデイジーの待つ客室へと走った。




