後日譚33 侯爵夫人の憂鬱16 (レスター)
レスター視点です。
差し入れの昼食を取り終えた私は、フリークス氏からの話を聞いていた。陛下の要請で、シャンダル公爵について彼が調べていたことの詳細だ。
部下やデイジー達には聞かせられないということで、別室にて余人を交えずに話している。
「事の始まりは、タジールからの報告だったんだよ」
そう言ってフリークス氏は難しい顔をしながら話し始めた。
「タジール……ハント氏ですか?」
「あぁ、彼はフリークス商会の会長をしているから、各国にある拠点の情報を誰よりも早く知ることができる。それで気になる情報があると私の所へやって来てね」
タジール・ハントとは、デイジーと一緒にいる時に会ったことがある。一見豪快で朗らかな性格だが、どこか抜け目のない印象を受けた。フリークス氏が後継の会長に指名するのも頷ける。
「気になる情報というのは一体……」
私が核心に迫る質問をすると、フリークス氏はおもむろに懐からある物を取り出した。それは何かの書類のようなもので、受け取って中を見てみると、意外な物であることがわかった。
「これは……土地の権利書?」
「あぁ、これが国外に流れていたのをタジールが見つけたんだ」
「場所は……ファイガル領の土地のようですね……」
フリークス氏から見せてもらった書類は、辺境のファイガル領の土地の権利書だった。しかも一般の土地ではなく、比較的広大な森林地帯のようである。
「こんなものが国外へ流出していたというのですか?……信じられない」
各領地にある土地は、通常領主がその所有権を持っているものである。人家や田畑、畜産用の土地などは個人の所有であるが、それでも国外へ売却することは基本的に許されてはいない。
「普通だったらすぐに発覚するような事案だが、巧妙なやり口で権利を売買していた。土地をフィネスト王国籍の人間に買わせているように見せかけ、裏では国外に権利を移している。書類上は居住用の土地とあるが、場所は明らかに人家を建てられる場所ではない」
その話を聞き、とんでもない犯罪が行われていたのだと知る。通常なら売買できない土地を、売ってはいけない相手へと売ったのだ。表に出せない分、相当な金額がこの権利書について動いたのだろう。
「ハント氏はこれをどうやって手に入れたのですか?」
普通ならば表に出てこないような代物だろう。このフィネスト王国では犯罪であるし、国際問題に発展する恐れがある。
「それについては全くの偶然だったんだよ。とある異国の貴族が事故で亡くなってね。遺族がもう高齢ということで、資産を色々と処分したんだ。それでフリークス商会に様々な物が流れてきてね。その中に隠されるようにしてこの権利書があったんだよ」
「そうだったんですね……その偶然が無ければ、広大な我が国の土地が知らぬ間に他国の土地になっていたということか……」
改めて言葉にしてみると、何と恐ろしい所業だろう。下手をしたら後々他国との領土問題に発展しかねない事案である。
だがこれだけの事を成そうとするならば、一般の人間では絶対に不可能だ。するとフリークス氏が私の疑問を感じ取ったのだろう。その答えを教えてくれた。
「ファイガル領の前領主、そしてその妻が誰だったのか……それが問題の答えだよ、レスター」
「ファイガル領の前領主……まさか……」
フィネスト王国の辺境の地であるファイガル領。そこの領主はつい昨年、逝去による代替わりをしている。そしてその前領主の細君は──
「カーラ・シャンダル……つまり前領主は、シャンダル公爵の娘の夫だったってことですか」
「ご名答」
フリークス氏が誇らしげに手を叩いて褒めてくれた。だが私は事の重大さに、冷や汗がにじみ出ていた。
私に執拗に迫っていたあのシャンダル公爵令嬢。彼女は元々ファイガル領の領主の妻だった。だがかなりの年齢差があったので、若くして寡婦になったのは知っていたが、まさかこのような所で繋がっているとは思いもしなかった。
「……それで、シャンダル公爵はどこまで関わっていたのですか?前領主が全てを仕切っていたということは?」
私はここで一つの懸念について問いかけた。この情報でシャンダル公爵を追い詰める予定なのだろうが、前領主に全ての責任を押し付けられたら、逃げられる可能性があった。
だがその辺りもフリークス氏はしっかりと考えているようだ。私の言葉に深く頷きを返すと、声を低くして教えてくれる。
「……実のところ、前領主の死因についても怪しい所があるらしい。それで陛下の影が動いている」
「……何てことだ……」
もし前領主の死が人の手によるものならば、シャンダル公爵が関わっている可能性が高いだろう。遺産を手に入れる為か、はたまた計略を知られた故の口封じか。どちらにしても悍ましいことこの上ない。
「既に全ての証拠が揃った。奴を追い詰めるには十分だ。とばっちりで君達にまで被害が出てしまったのは予想外だったが……」
「そうだったんですね……ですが、そこまで重要な話を何故私に?」
「元々陛下は、君に事後処理を頼むつもりだったようだ。売られてしまった土地の権利を、他国と揉めること無く、元の場所へと戻す為に」
「なるほど……確かに行政の土地関連の仕事に絡ませれば、うまく調整できるでしょう」
「あぁ。それに権利書にあるフィネスト国籍の人物については、もう身柄を抑えているらしいから、そこから追及していけば土地売買そのものを無かったことにできる可能性もある。下手に大ごとにして異国の人間を絡ませたくはないからね」
「確かにそうですね」
「まぁ、既に異国人である私がガッツリ関わってしまってはいるが……」
フリークス氏はさも可笑しそうに笑った。だが彼の尽力が無ければ、フィネスト王国は想像できないほどの損害を被ったのかもしれないのだ。異国人といっても、彼は既にこの国に無くてはならない存在だろう。
そんな風に冗談を挟みつつも、フリークス氏は話を続ける。
「それでレスター達の土地開発部を早々に巻き込む為に、上層部でファイガル領の土地調査をする事案を取り上げたらしい。理由としては未使用地域の資源開拓というやつだ」
「なるほど。それで危機を察知したシャンダル公爵が、私を取り込むために躍起になっていたということなんですね」
ようやく公爵が、しつこく私と令嬢との仲を推し進めようとした理由がわかった。私が公爵側に付けば、ファイガル領の不正をどうとでもできると思ったのだろう。
「ファイガル領の領主は既に代替わりしているし、カーラ・シャンダルも前領主との間に子を成さなかったから、実質シャンダル公爵家はあの領地に何の権限もない。だから土地調査の話はよほど恐ろしかったのだろう。おかげで話を持って行く前に、君達に随分と迷惑をかけてしまった。申し訳ない」
フリークス氏が申し訳なさそうに頭を下げる。だが事は慎重にしなければならなかったし、下手をしたら公爵に証拠を処分されかねなかった。私に真実を告げる危険を、最後まで犯せなかったのも頷ける。
「いえ……事が事ですので納得です。公爵家が相手ですから、慎重にしなければ大変なことになったでしょう。私が同じ立場でもそうしたと思います」
「そう言ってもらえると助かるよ。……だが先ほどの暴走っぷりを見るに、君も相当頭に来ていたようだね」
フリークス氏が苦笑しながら話題を振った。先ほどの暴走というのは、人前でデイジーに熱烈に口づけたことだろう。
「あれは……自分でも少々やりすぎたと反省してます。どうもあの令嬢は、私に好かれていると勘違いしている風でして……かなり強めに牽制しようとしたらああなりました」
「まぁ、あれも父親の件で必死なのもあったのだろう。だが君に対する執着は本物のようだね」
「だからこそ厄介でした……城内の他の者にまで勘違いされ始めて、流石に我慢の限界でしたので……」
「ははは、それは申し訳なかった。だがすぐに終わるよ。この後の陛下との謁見でね」
「えぇ、そうなることを期待してます」
そうしてフリークス氏との話し合いを終えた私は、資料をあれこれと取り揃え、シャンダル公爵を追い詰める為の謁見へと向かったのだ。
お読みいただきありがとうございました。
こういう陰謀系のお話を書いている時が、めっちゃ進む、というか超楽しい。恋愛よりもはかどります。何故でしょう……作者が腹黒だからでしょうか……?
まぁこういうスタイルが筆者の作品ですので、皆様にお楽しみいただければ幸いです。




