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桜絡廊(おうらくろう)公園の花は旦那様に愛されていることに気づかない  作者: しげむろ ゆうき


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8/20


◇ 邂逅


「師団員より連絡があり、旦那様が病院に運ばれたと……」


 震える両手で電話の受話器を必死に持ちながら石さんが仰ってくる。思わず力が抜けそうになった。何せ病院に運ばれたということは魔獣との戦いでお怪我をされた可能性があるので。

 しかも切り傷などの軽い怪我ではなく。

 ただ、頭に浮かんだ嫌な妄想はすぐに振り払ったが。


「その……容態の方は?」


 石さんは首を横に振ってこられる。


「わかりません。第三師団の方々と一緒に運ばれたらしいことしか」

「そうですか……」


 私はすぐに視線を玄関へと向ける。今ならば旦那様が運ばれた病院へ行けるかもと。魔獣が倒されてからかなりの時間、警報音が鳴っていないし。

 そう考えていると石さんが受話器を置かれ、こちらに足早に来られる。そして私が求めていた言葉も。


「奥様、既にタクシーも呼んでくれたそうですよ」

「ああ、良かった。では、急いで支度をしないといけませんね。ええと、旦那様の着替えと……」

「それに日用品も……」


 それから私達は次々と言葉を出しあう。

 タクシーが来たという合図のクラクションが鳴るまで館内を駆け回ったのだ。



「奥様、石さん」


 病院に到着すると受付前で匙裏さんが手を振ってこられる。私達はすぐに駆け寄った。


「匙裏さん、旦那様はどこにいるのですか? それに容態は?」

「すみませんが私にもまだ状況が。何せどの病室に運ばれたのかわからないもので……」

「どういうことです? 旦那様はここに運ばれたのですよね?」


 石さんが詰め寄る。私も疑問に満ちた表情を向けると匙裏さんは困った表情を返してこられる。


「それが、ここに運ばれてきた師団員の中に李玲様の名が書かれていなかったのですよ」

「で、では他の師団員と間違われてしまっているのではないですか?」

「可能性はあります。ただ、大きな怪我を負って現在手術中の可能性も……」

「そんな……」


 石さんはショックを受けた様子で口元を押さえる。

 ただし、隣にいた私はもっと悪いことを想像してしまっていたが。もしかしたら私のようになってしまうのではと。

 そう思った直後、「急げ!」という声と共に担架で運ばれていく師団員が視界に入る。もちろん行き先は手術室。

 そして、あの方はと私は目で追いながらそっと右肩を押さえる。何せ師団員の手が黒くなっていたから。


 この肩のように……


 まあ、今は三年前とは違って早く治療をすればあの状態でもだいたいは治る。だから大丈夫と言い聞かせて右肩に添えた手をそっとおろしたが。


「……とにかく、旦那様がこちらにおられるのなら探せばいいだけです。だから全ての病室を見て回りましょう」

「わかりました。では、私はこの階から見てきますので奥様と石さんのお二人は上の階の一号室から順に」


 そう仰ってこられる匙裏さんに私達は何度も頷き、その後は言われた通りに二階に移動する。そして一番端にある一号室から順に病室を覗いていきも。二十号室まで。

 もちろん入院されている人々に迷惑をかけないようにしながら。


 なのに……


「ここも違うわ……」


 どこを探しても旦那様は見つからなかったのだ。どの病室のベッドにも。

 ただし……と思っていると同じ考えに辿り着いてしまった石さんが不安気な表情を向けてこられる。「一階におられるのですかね?」と。


 私が口にできなかった言葉を……


 何せ一階の病室は重病者が入るところ。そして何より手術室がある。つまり口にすればきっと想像してしまうだろうから


 酷いお怪我をされた旦那様を……


 しばらくして私は頭を振りその考えを振り払ったが。どのみち下に降りて匙裏さんと合流しなければならない、自分の目で確認しないといけないので。

 旦那様の無事を願いながら。元気でいらっしゃると。


「いない……ですか?」


 ただ、残念ながらその願いは届かなかったのだが。悪い意味で見つからなかったので。全ての病室をもう一度見直しても。

 旦那様のお姿が。

 つまりはと思っていると石さんが不安気な表情を向けてこられる。


「ま、まさか、あそこでは?」


 「それは……」と、私は口ごもる。答えたら認めてしまいそうで怖くなってしまったので。旦那様がだいたいは治るから外れてしまったらと。

 三年前のあの日ように。

 そう思っていると、私の代わりに匙裏さんが顔を向けられてしまわれたが。手術室の方へと。


「可能性はありますね」

「そ、そんな、坊ちゃん……」


 そう呟く石さんの震える両手を私は包み込むように握る。


「そ、それなら手術が終わるまで待ちましょう」


 そして、頷く石さんと近くの椅子に寄り添うように座ったのだ。しばらくすると勢いよく立ち上がってしまったが。

 だってずっと探していた旦那様がこちらに歩いてこられたから。怪訝な表情をしながらと、私達は顔を見合わせた後に急いで駆け寄る。


「あの、旦那様が病院に運ばれたと連絡が。それで怪我をされたのかと……」

「いや、怪我などしてないぞ」

「で、では、どうして病院におられるのですか?」

「それは速く移動できる私と数名の部下で怪我人を運んでいたからだ」

「つまりは異能の力で……」

「ああ、もちろん。我々の方が車より速いからな」

「な、なるほど」


 手術室の方に視線を向けると旦那様も同じ方に視線を向けられる。


「あいつらなら大丈夫だ。まあ、血清を打つからしばらく痛い思いをすることになるだろうが」


 「そうですか……」と、私はあの痛みを思いだしていると旦那様は今度は匙裏さんの方を向かれる。


「どうやら間違った情報がいったようだな。匙裏の方もそうなのか?」

「ええ、病院へ運ばれたとだけ。皆、心配したのですよ」

「そうか、次はしっかりと情報を伝えように注意しておく。特に家の方にはな」


 すると今度は石さんが旦那様に駆け寄る。それから力いっぱい抱きしめられたのだ。

 ただし、しばらくすると顔を上げ旦那様を睨まれるが。「坊ちゃん」と。もちろん心配させるなという表情で。


「悪かった悪かった。ただ、私がそうそうやられるわけないってわかっているだろう?」

「だからってあんな警報を聴いたら心配になりますよ」


 「まあ、そうだったな。すまなかった」と、旦那様は今度は素直に謝られる。続けて側にあった時計を一瞥も。


「皆疲れただろう。とりあえず、いったん戻るか」


 そう仰ってこられてと、私達は頷く。

 いや、お二人は更に動きも早かったが。


「ですね。では、私は車を近くにもってまいりますよ」


 「それなら私も一緒に行きます」と匙裏さんだけでなく石さんも足早に去っていかれてしまわれたので。気が利かない私だけを置いていき。

 そして、もうお二人の後を追うことはできないとも。


 「やあっ」


 ある人物が目の前に現れたから。しかも一般人の私が生きているうちは絶対にお会いできないようなお方を。

 和国軍の総大将、岩倉 時政様をと、思わず立ち止まり目を見開いてしまう。岩倉様はそんな私を気にする様子もなく口を開かれるが。


「ずいぶんとやられたようだが大丈夫だったのか? 九条第二師団長」


 しかも親しげにそう尋ねられ。和国軍と対魔獣師団の関係は良くないと旦那様から直接耳にしたのに。

 そして、着物の試着の時にはお手伝いさん達からも。和国軍と対魔獣師団が揃っている時は近づかない方がいいと。

 だから、真意を確認したかったのだけれど。


「いいえ。かなりの痛手を受けましたよ」

「そうか……。被害は?」


 お二人は淡々と話される。素人では全く読めない雰囲気でと、私は早々と諦めて自分がやるべき仕事を思い出しながら一歩下がる。邪魔しないように。それと会話をなるべく聞かないようにとも。

 まあ、結局は嫌でも聞こえてきてしまうのだが。


「第三師団が半数負傷しました。それと魔獣がどうやらあれの存在を嗅ぎ取ったようです」

「やはり魔獣にも意識はあるということか」

「間違いないでしょうね」

「やれやれ、厄介な」


 岩倉様は溜め息を吐く。

 しばらく考える仕草をした後、今度はこちらに興味深げに視線を向けてこられるが。誰なんだと。

 ただ、すぐにご自身で理解したようで尋ねてこられたが。


「そういえば情報が来ていたが、君がそうなんだね?」

「はい、九条 李玲の妻、優月です。主人がいつもお世話になっております、岩倉様」

「ほお、私を知っているのかい?」

「ええ、もちろんです。私達を必死に守って下さった和国軍の総大将ですから」


 尊敬の念を交えそう答えると岩倉様はなぜか笑い出し、「くっくっく。まさか、和国軍代表みたいな私が君の妻に感謝されるとはな。悔しいか九条君?」と挑発するように旦那様に近づかれる。

 ただし、嫌味はこもっていないのが私でさえわかるため、旦那様は苦笑しながら首を横に振られたが。


「いいえ。私も感謝しているのですよ。大切な妻を今まで守り抜いてくれたのですから」

「ふう、つまらんな。もっと他の師団員のように喧嘩腰できて欲しいんだが」

「冗談でもできませんよ。私には資格がないので……」


 旦那様は私を一瞥すると俯くため岩倉様は怪訝な表情をする。すぐに咳払いすると一歩下がり話題を変えてこられたが。


「で、魔獣に実験を阻まれたらしいな。次はいつになる?」


 旦那様は顔を上げられ悔しそうに答えられる。


「機械を壊されたのでおそらく三カ月後と……」

「なら、我らも前に出ないといけなくなるな」

「よろしいのですか?」

「新たな武器を得たからな。それの実験も兼ねてだ。ただ、少しそちらに迷惑をかけるかもしれないが……」

「構いません。戦える者が増えるのはありがたいですから」


 旦那様はそう答えた後、なぜか今度は私を隠すように立たれる。

 まあ、すぐに理解してしまったけれど。和国軍の方々がこちらに歩いてくるのが見えたので。

 そして、今度こそは私も含め旦那様は絡まれると思ったのだろうとも。

 そう考えていると和国軍の方々の中から一人の軍人が前に出てこられる。それから先ほどの答え合わせをするように旦那様を人睨みも。

 ただ、すぐに岩倉様の方に向きなおられたが。


「岩倉総大将、甲斐かい並びに第一部隊到着しました」


 しかも、見事な敬礼と思っていると岩倉様が苦笑しながら頷ずかれる。


「ご苦労。だが病院ぐらい気楽にしろ。甲斐第一隊長」

「失礼。仕事中だろうが気楽そうにしている誰かと一緒にされたくありませんでしたから」


 甲斐様はそう答えられると旦那様に視線を向けられる。侮蔑した表情で。対して旦那様は表情を変えることはなく、むしろ普通に喋るように口を開かれたが。


「うちは気を張る時はしっかりと張り、抜くときは抜くやり方なので」

「ふん。軍人とは常に気を張っているものだ。ああ、すまない。客人は軍人ではなかったな」

「おい、やめないか。彼らは味方だぞ」

「今のところは……ですよね? そのうち牙を向けてきますよ。絶対にね」

「……甲斐第一隊長、なぜそこまで敵視するんだ?」

「むしろ岩倉総大将、なぜ彼らに甘いのです?」

「彼らは前線に立ち戦ってくれる功労者だからだ」

「何を仰っているのです。我が国が高い軍資金を出しているのだから当然でしょう。まあ、もうその軍資金を出す必要もなくなりますけれどね」


 更にはそう仰られた後、続けて旦那様の方に向き直り「ああ。もうお前達のわけのわからない力に頼らなくても良くなる」と嫌味を込めながら笑みを浮かべられ。

 「そうか。なら、早く見たいものだな」と、それでも旦那様は動じられなかったが。


「くっ」


 甲斐様が肩を震わせられる。更に一歩踏み出すと旦那様を睨まれも。


「おい、お前にはプライドがないのか!?」

「そんなものはとっくに捨てたよ」

「なっ、き、貴様は!」

「くっくっく。甲斐第一隊長、もうちょっと柔らかくなれ。それと周りをもっと見るんだ。じゃないとこんな素晴らしい嫁をもらえんぞ」

「えっ……あっ!」


 甲斐様は今さら気づいたとばかりに慌てて帽子を目深にかぶり頭を下げてこられる。


「し、失礼。ご婦人がおられるとは思わず。ところで貴女のようなお美しい方の……」


 そして徐々に視線を旦那様の方に移されると、大きく口を開けられたのだ。


「な、な、なんだと⁉︎」


 「九条第二師団長の妻だ」と岩倉様は固まって動かれない甲斐様を一瞥する。すぐに「ああ、そうだ君達二人が揃っているなら」と私達の方に向き直られたが。


「なんでしょう?」

「パーティーの招待状が届いているだろう。二人共、ぜひ来てくれとね」

「私達を中心にもっていくのはやめると約束してくれるなら」


 旦那様が肩をすくめると岩倉様は苦笑する。


「安心しろ。主役は君らじゃなく我らを分断している馬鹿な連中だからな」

「まさか動くのですか?」

「ああ。ただ実績が欲しくてね。ある国から得た武器を使う者達のね」


 岩倉様は口角を上げ今だに固まっている甲斐様を見る。旦那様は何かに気づいたのか納得した表情を浮かべた。


「なるほど……」

「くっくく」


 岩倉様は指を口元に持っていく。それから私に軽く頭を下げるとその場を去っていかれたのだ。

 今だに固まっている甲斐様だけを残しと、私は慌てて頭を下げる。甲斐様の声でつい顔を上げてしまったが。


「なぜ、貴女のような方が……」


 「えっ……」と、私は甲斐様の背を見ながら首を傾げる。

 突然、体を引き寄せられて驚いてしまうが。


「だ、旦那様?」

「あまり他の男を見て欲しくない」


 そう仰られ私の思考が止まる。次第に状況を理解すると慌てて頭を下げたが。


「も、申し訳ありません。ただ、ちょっと最後に仰られた言葉がよくわからなかったもので」

「そ、それはわかっている。ただ、あいつが勘違いして近づいてきたら優月が困ると思っただけだ……」

「えっ? でも私は旦那様の妻ですからさすがにそのようなことはないかと」


 しかし旦那様は私の両手を握り再度、首を横に振ってこられ「そ、それでも世の中には人の妻に手を出そうとする輩がいるだろう。だから気をつけてくれ」と、その後は私を隠すように歩き出されたのだ。もう私達二人しかいない廊下で。

 もちろん私はそれでも黙っていることにしたが。これ以上、余計なことを言って困らせたくなかったから。


 それに……


 自分が旦那様に相応しくないとわかっていても側にいたかったから。


 少しでも長く。


 私は旦那様の服をバレないようそっと掴む。そして車までの短い距離を噛み締めるように歩くのだった。


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