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桜絡廊(おうらくろう)公園の花は旦那様に愛されていることに気づかない  作者: しげむろ ゆうき


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6/20


◇ 帰省


 あれから旦那様は館に帰ってくることはなかった。しかも二週間も。通常の職務に加えて装置の試験運用の手伝いが増えてしまったのだ。

 もちろんその間、私は館で待機中。わざわざ毎日送って来られる手紙で旦那様が無事と皆で安堵しているだけである。

 そして今日も。

 ただ、今日はいつもと違っていたけれどと梅の花が彫られたつげ櫛を手に取る。これは旦那様がまた帰れないということを伝える手紙と共に送ってくださったのだ。

 もちろん嬉しくはあった。ただそれ以上に申し訳なさが勝っていたが。

 だって、頻繁に現れる魔獣の対処でただでさえ大変な思いをなさっているのに貴重な時間を使わせてしまったのだから。

 契約以外のことでしか役に立てていない私なんかのために。


「どうして……」


 私は小さく息を吐く。

 ただ、すぐに魔獣が現れたと知らせる魔獣警報が遠くで鳴ると窓の側いた石さんに視線を向けたが。


「石さん……」

「あら、またみたいですね」


 石さんが更に窓に近づき外を眺められるため、私も手紙とつげ櫛を胸の付近で抱えながら近づく。


「怪我人が出なければいいのですが……」

「まあ、大丈夫ですよ。彼らは強いですから」


 そして、しばらくすると魔獣が倒されたという警報と共にこちらに笑顔を向けてこられる。


「ほら、大きな怪我人は出てないみたいですし」


 ただし私はそれでも不安だったけれども。だって最近の魔獣は活発で動きもいつもと違う。だから次は怪我をしてしまうのではと思ったので。


 特に和国軍より前に出て戦う対魔獣師団はなおさら……


 そう思っているとこちらの心を読んだかのように石さんが仰ってこられる。


「大丈夫ですよ。対魔獣師団での死者はこの三年の間出ていませんから」


 それでも私は今朝読んだ新聞の一文も思いだしながら「でも、魔除けがあるのに近づいてきた魔獣もおりますし」と右肩にそっと触れるが。

 それと初めて館に来た日のことも。車に乗っている最中、魔獣が殺意の瞳をこちらに向けて近づいてきたことを。

 ただし思い出す直前、窓硝子が強い風でがたがたと音を鳴らしたことで疑問を抱く前に驚き我に返ってしまったけれど。


「きゃっ」


 更には落としたつげ櫛の状態にも。


 「ど、どうしよう……」と、私は真っ二つに割ってしまった旦那様から頂いた大切なつげ櫛……いや、契約が完了した際に返そうとしていた預かりものを呆然と見つめる。

 石さんの「ああ、落とした際に割れてしまったのですね。よければ処分しておきましょうか?」という言葉に慌てて、つげ櫛を拾うと隠すように抱え込んだが。


「そ、そんなことできませんよ。これは旦那様から送られた大事なものですから」

「ですが流石にそれはもう使えませんよ。それに旦那様だってきっと買い替えた方が良いと仰いますので」

「で、ですけれど……」

「まあ、とにかく気にしなくて良いのですよ。だって旦那様だってしょっちゅう物を壊していたのですから」


 石さんは苦笑しながら手をパタパタと振る。しかも驚く私に「三年ほど前、ある理由でとても荒れてましてね。本当に酷かったのですよ。物は壊すし泣き叫ぶし」とも。


「旦那様がですか? でも今は……」


 すると石さんが引っ叩く仕草をしたのだ。しかも勢いよくと、私は驚きながらも石さんが旦那様の頬を引っ叩くところを想像してしまう。

 結局は出来なかったけれど。


 だって、あの旦那様が……


 そう思っていると石さんがころころと笑いだす。


「あまりにも酷いので追い出されるのを覚悟でやったのですよ」

「でも、今、石さんがいらっしゃるということは大丈夫だったのですよね?」

「ええ、大丈夫どころかしばらくして目を覚まされたらしく、謝罪と感謝をしてきたのですよ」


 応接室の扉が開き匙裏さんが仰ってくる。

 そして石さんは何度も頷かれる。


「あの時は驚きましたよ。坊ちゃ……旦那様が頭を下げてきたのですからね」

「おかげで私は引っ叩き損ねましたが」


 匙裏さんが口角を上げると石さんが手をぱたぱたと振る。


「また、機会がきますよ」

「……もう予兆は来てますけどね」

「ああ……」


 お二人は溜め息を吐く。

 そして私の方に向くと頭を下げてこられも。


「奥様、旦那様を見捨てないで下さいね」

「お願い致します」


 しかも、そう仰ってこられ。

 もちろん私は慌てて頷くが。


「わ、わかりましたからお二人共どうかお顔を上げ下さい」


 だって、そんな恩を仇で返すようなことできないので。絶対にと思っているとお二人は顔を上げ安堵した表情を浮かべられる。

 石さんは「良かった。旦那様にこの言葉を聞かせて上げたいわ」と。

 匙裏さんは「けれど、少しは痛い目にって……あっ」と話している最中に手を打ち私に微笑んでこられたが。


「そうだ奥様。お父様の所に今日行けますよ」

「えっ、本当ですか?」

「ええ、先ほど連絡が来まして今日はご在宅だと」


 「そうですか。久しぶりにうちに……」と、つい私の頬が緩む。何せ久々に父に会えるから。そして小さいが自慢の我が家にも。

 ただ、つげ櫛を見つめると思わずため息を吐いてしまうが。旦那様から頂いた櫛を壊してしまったのに謝罪もせず、このまま父に会いに行って良いのだろうかとそう思ってしまったので。

 ただしではあるが。匙裏さんの言葉を聞くまでだったけれど。


「そのつげ櫛、割れてしまったのですか?」

「……はい、私の不注意で落としてしまいまして」

「なるほど。ならこれも使えるかもしれないな」

「使えるですか?」

「ええ。そのつげ櫛を部屋の机の上に置いておいて下さい。ああ、後……」


 そう仰りながら匙裏さんが落ちている手紙を拾う。そして手の中で潰すと石さんの方に顔を向けられたのだ。


「石さん、後はお願い致します」

「わかりました。旦那様と奥様のためにひと肌脱ぎますよ」

「ありがとうございます。では、奥様は準備をお願い致します」


 「は、はい」と私は二人の会話についていけなかったが頷く。何せわからなくてもこれで良いとそう思ったから。お二人が旦那様のことを想ってやっていることだけは理解できたので。

 はっきりとわかるほどと、お二人の様子に私は頬を緩ませる。

 それから安心しながら言われた通り、私は部屋へと歩き出したのだ。



「ただいま戻りました」


 そう言って不思議な感覚で実家になった我が家の戸を軽く叩くと父がすぐに「お帰り優月」と出迎えてくれる。

 そして私の顔をまじまじと見つめながら「ふむ、ずいぶんと顔色も良くなったみたいだね」と笑顔にも。

 しばらくすると少し驚いた表情を向けてきたが。「おや、その着物だが……」と。


「わかりましたか?」

「確かうちにあったものではないはずだが。まさか九条様が?」


 私は気づいてくれたことに嬉しく思いながら頷く。


「ええ、購入してくれたものなんですよ」

「ほお、こんな上等なものを……」

「ちなみにこれだけではなく他にも色々と気配りをして下さって」


 私はそう言って二人きりにさせてくれた匙裏さんがいる外の方に視線を向ける。すぐに「そうか。一時期は心配していたんだ。向こうで辛い目にあっていないだろうかと。だが、考えすぎだったようだな」と言ってくる父の方へと視線を戻したが。

 九条家の人達を思い出しながら。


「考えすぎですよ。皆様とても優しくして下さいますから」


 そして、それでも悲しげに見つめてくる父に自信を持って「それにお父様。契約だけのお飾り妻ですが今、私はとても幸せなのです。だからそんなお顔はなさらないで下さい」とも。

 更についでというか念のためにずっと気にしていたことも口にしたが。


「それよりも手紙の内容ですけれど……無事に借金を払い終えたと?」


 そう尋ねると父は小さく息を吐き、少しだけ表情を和らげる。

 しかも「優月と九条家のおかげでな」と、私が聞きたかった言葉も。

 なので私が生きているうちに一番の心配がなくなったことに胸を撫で下ろすことができたが。

 そして心から「よかった」とも。

 父が「さあ、上がりなさい。お母さんも喜ぶだろう」と手招きしてきたのですぐに頷きついていったが。

 そして仏壇のある部屋に行き手を合わせながら「ただいま戻りましたお母様」と挨拶も。

 「いつもと違って沢山の種類の花が添えられているだろう。九条 李玲様が送って下さったんだ。しかも、必ず近いうちに挨拶しにいくと丁寧に手紙も添えられてな」という父の言葉と共に仏壇に飾られた花の方に顔を向けたが。


「あの方がそんなことを……。別によろしいのに」


 心底、申し訳ないという気持ちを抱きながら。


「私もそう思っていたんだが優月もそう思うなら手紙を書こうと思うが?」


 それは父もと、私は頷く。


「はい。もうこれ以上は九条家にご迷惑をかけれませんので……」


 そして心の中で「お金目当てで嫁いだ者の家にそこまでする必要はないもの」とも。少し俯きながら……いや、すぐに「じゃあ、早速、手紙を書かないといけないな」と言う父の言葉に顔を上げたけれど。

 動き出す父を目で追いながら。

 ただ、父はいざ便箋が入っている箪笥の方に視線を向けると思い出したかのように手を打ってきたが。しかも若干興奮した様子で箪笥から新聞の切り抜きを出すと私に見せてきて。

 「優月、この話を知っているかい?」と。


「溱璽国から魔獣の研究をしている研究班が来られたのですか……」

「ああ、しかもいくつか研究結果を報告するらしい」

「報告ですか。初めてですね」

「だから期待もできるんだ」

「魔蝕病のですか? さすがにそれは……」

「いや、可能性はあるだろう。優月の病気の治療法が」


 父は希望に満ちた顔を向けてくる。もちろん私はというと「そんなに簡単にはいきませんよ」と首を横に振ってしまうが。

 何せ長年、謎とされてきた病気、それに治療法が見つかったとしても溱璽国の技術が和国で正式に採用されるまでは時間がかかる、要は間に合わないと理解しているので。


 だから……


「無理なのですよ。もう」

「優月?」

「痣がまた広がりましたから」


 父は目を見開く。


「……どれくらいだ?」

「少しです」


 私の返事に父はしばらく目を閉じ腕を組む。それから再び尋ねてくる。辛そうな表情で。


「……そうだったのか。それで体調は?」


 私は父の様子に胸を痛めながら素直に答える。


「九条家で栄養があるものを食べさせて頂いているせいか調子は良いです。それに和須田先生に痛みが出た際に飲む薬も頂きました。後はこのお役目が終わるまでもってもらえたらというところです」

「そうか……。だが、諦めちゃいけないよ」


 「ええ、わかっておりますよ」と私は頷く。否定するように軽く痛む右肩を気にしながら。


「また、痛みが出たのかい?」

「ちょっとだけなので大丈夫です。それよりもお父様の方こそ魔獣の動きが活発になっているみたいなので気をつけて下さいね」

「私は大丈夫だ。何せ魔獣除けがされた場所にしか移動しないからね」

「でも、魔除けがあるのに近づいてくる魔獣もいるらしいですから」

「今日の新聞の記事に書かれていたことか。わかった。気をつけると約束しよう」


 父が頷いた直後、玄関の扉が叩かれる。もちろん、この時間は匙裏さんぐらいしか叩かないだろう、そう思いながら私は玄関へと向かったが。


「今開けます」


 ただし、扉を開けた直後に心底驚いてしまいも。なぜって目の前に立っていらっしゃったので。


「優月」


 しかも旦那様はそう呟くなり勢いよく私を抱きしめてこられも。

 「長い間、家を開けてしまってすまない。だから、怒らないで戻ってきてほしい」と、そんなことまで。

 なので私は再び驚いてしまうが。


「えっ、怒る?」


 すると旦那様は唇を噛み締めた後に答えてこられる。


「割れた櫛と丸められた手紙が君の部屋の机の上に……」

「あっ……」


 私は小さく声を出しながら匙裏さんと石さんがしたかったことを今さら理解する。まあ、だからといってどうしていいかわからなかったけれど。

 そう思いながらもこの状況だけはどうにかしなければと軽く旦那様の腕の中で体を動かすが。


「だ、旦那様」


 すると旦那様が私をゆっくりと離しながら顔を見つめてこられる。それから囁くように「優月、私には君が必要なんだ」とも。

 迫真の演技でと、私は耳まで真っ赤になってしまう。

 「……ええと、その」と。何せ旦那様が本気で仰っているように感じてしまったから。

 まあ、ただし後ろから父の気配を感じてしだいに冷静になることができたが。自分が白い結婚をし契約を結んでいるだけの関係だということを。

 そして、お飾り妻は決して勘違いしては駄目だとも。

 心の中で自分に言い聞かせる。何回もと。

 更にはつげ櫛の件を説明した方が良いと口を開きも。


「すみません。櫛は落としてしまって割ってしまったのです。手紙はその時に驚いた拍子で……」

「じ、じゃあ、怒って出て行ったわけじゃ?」

「違います。今日は父と母の仏壇に近況を聞かせに来ただけですから」

「そ、そうか……」


 旦那様は安堵した様子で私から離れる。

 それから側にいた匙裏さんを睨まれも。ただ、当の匙裏さんは悪びれる様子もなく肩をすくめられるだけだったけれど。

 いや、しばらくして口を開かれも。


「怒っているかもとは言いましたよ」

「佳子も他の使用人も優月が居なくなって悲しんでいた。しかも私を責めるように見てきたぞ」

「当然でしょう。二週間も奥様をほったらかしにしているのですから」

「それは……」

「そろそろ、何が本当に大切なのかを理解した方がいいですよ」

「……」


 旦那様は無言で俯く。ただ、父の視線に気づくとすぐに向き直り頭を下げられてこられたが。


「お恥ずかしいところをお見せ致しました」

「いえいえ、娘との仲を見させて頂いて安堵していたところです」

「怒らないのですか?」

「私には怒る権利などはありませんから……」

「そうなると……。そうでしたか」


 旦那様は悟ったような表情をすると再び頭を下げられる。それから私の方に顔を向けてこられも。


「しばらくしたらまた向かえにくる。だから、ゆっくりしていくといい」

「旦那様はお上がりにならないのですか?」

「今の私にはこの家に上がる資格はないからな」


 そう仰り旦那様は再び父に頭を下げた後、足早に車に乗り込んでしまう。だからどうすれば良いかわからずに私は父の方に思わず顔を向けたのだが。

 「九条様は色々と理解なさったのだよ。考える時間をあげなさい」と、さっさと背を向けてしまったのだ。

 なので言葉の意味は理解できなかったけれど私は「はい、わかりました」と返事するが。

 だって所詮は旦那様が何を理解しようとすべきことは結局は変わらないので。

 「何も、そう何も……」と、私は呟く。

 それから父と共に一年後には戻れるだろう我が家の扉をそっと閉めるのだった。


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