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桜絡廊(おうらくろう)公園の花は旦那様に愛されていることに気づかない  作者: しげむろ ゆうき


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 旦那様は困った表情を浮かべていたから。伊野淵博士の約束という言葉を否定せずに。

 ただしではあるが。肯定もであったけれどと、お二人が視界から外れるよう私は視線をそっとずらす。お二人の雰囲気から嫌でも理解してしまったので。

 愛し合う女性が伊野淵博士の娘様と。

 そして、その方は間違いなく青川様のような感じではなく両国のために貢献されている立ち位置で家柄さえも申し分ないとも。

 そう思った直後にでは、なぜ自分などと契約結婚なんかしたのだろうという疑問も生まれてしまったのだが。旦那様と伊野淵博士の娘様が思いあってるならそもそも、そんなことをする必要はなかっただろうと。

 周りくどいことなんて。

 まあ、すぐに伊野淵博士にも説明できないほどの問題がお二人にあってすぐに一緒になれない、しかし一年後なら可能だから、その間うるさく言ってくる者達を避けるために契約結婚したという考えが頭の中に浮かび納得してしまうが。


 いいえ、違うわね。そもそも納得するしないは関係なく、本来それで問題ないのだから。

 私と旦那様はただの一年限りの契約結婚であるし。それも決して愛されることのない……


 すると、その考えを肯定するように旦那様が私を側に引き寄せられる。「その事については今度時間を作り、しっかりと説明します。ただ、今言えることは私の愛する妻はこの優月のみですから」とも。

 私はというとすぐに笑顔を作り「ありがとうございます旦那様……」と感謝を伝えたが。少しだけ顔を逸らしながらだったけれど。

 何せ旦那様の演技を見てしまったら感情を抑えきれなくなりそうであったので。それは立場を理解していてもと私は必死に笑顔を作り続ける。何度も頭の中で言いながら。私はお飾りの妻と。

 伊野淵博士が旦那様と話始めたことで表情を作るのを止めそっと俯いたが。


「なら、しっかりと説明した方がいい。お互いのために」

「わかっております……。ちなみにそれを教えるためわざわざ来られたのですか?」

「いや、魔獣について少しわかったことがあってね」

「魔獣ですか? では、すぐに応接室に行きましょう。すまないが優月」

「は、はい、私は邪魔にならないよう部屋に戻っております」


 私は慌てて顔を上げ頷く。内心安堵して。

 ただし、いっときだけだったけれど。いざ側を離れようとしたら伊野淵博士に呼び止められてしまったので。「待ちなさい。別に話を聞いてもらっても構わない。貴女は九条殿の妻なのだからな」と。

 ただ、すぐに旦那様が壁を作るように間に入って下さったが。しかも「彼女にはあまり血生臭い話をしたくはしたくないのですよ。妻を持つ貴方ならわかってくれますよね」と、本音を隠しながら説明も。

 伊野淵博士はそれでも頷かれることはなかったが。


「何を言っとるんだ。君の妻になったならそれこそ知らなければならないだろう」


 更には呆れた表情も向けてこられも。


「もしも、君に何があった時にどうする? 何も知らなければ彼女がお飾りの妻と周りに馬鹿にされてしまうんだぞ」

「くっ、それは……」

「嫌だろう。なら参加してもらわんといかんのだよ。君の妻である彼女にな」


 けれども、そこまでして言われても旦那様の表情はまだ不安気だったが。それは機密情報は漏らしませんと記入している私が「大丈夫です。妻の役目をさせて下さい」と言っても。

 所詮は契約だけのお飾り妻には軍関係……特に魔獣研究の情報を聞かせるのはまずいと考えているだろうから。

 まあ、当然と言えば当然なのだけれどと思っていると話が先に進まない、そう判断された旦那様が大きく息を吐かれた後、頷かれてこられるが。


「妻の参加はわかりました。ただし……伊野淵博士、あまり過激な発言は控えて下さい」

「もちろん善処するよ。なんだかんだ言っても私も妻の顔がチラつくしな」

「それは……」

「むろん、妻の尻に敷かれている私の場合二人きりなった後が怖いからだ。君も知っているだろう?」


 「それはもちろ……いや」と、何か言いたいことを飲み込まれ慌てて旦那様は私の方に向かれる。

 更には私の背中に優しく手を添えて歩き出され。「もう、そろそろ行きましょう」と。

 伊野淵博士の笑いを含んだ「ふむ。あの九条殿があんな風に。変わるものだな」という声が後ろから聞こえるなり不満気な表情で振り返られたが。


「当たり前でしょう。大切な妻なのですから」

「大切な……か」

「ええ、大切な妻ですよ。私の命よりもね」


 そう仰り再び前を向かれる旦那様に、私は当然、申し訳なさと胸が締め付けられる思いだったけれど。

 何せ契約に従ってやっているとはいえ私なんかにそんなことを言わせてしまったのだから。


 愛する人、伊野淵博士の娘様にではなく……


 先ほどの旦那様と伊野淵博士の会話を思い出す。そして惨めな気持ちになっていると旦那様が顔を寄せてこられる。更には顔を覗きこみ。「大丈夫か?」とも。

 ただ、「はい」と返事をする前に旦那様に抱きかかえられてしまったが。


「だ、旦那様!?」

「顔が赤い。やはり、無理をさせてしまった……」


 旦那様は力無くそう呟かれた後、伊野淵博士の方に顔を向けられる。


「伊野淵博士、今日はお帰り頂いても宜しいでしょうか。妻は熱もあるようなので」

「あ、ああ。それなら仕方ないな」


 伊野淵博士は驚いた顔をされながらも頷かれる。もちろん私はすぐに首を横に振ったが。

 「わ、私なら大丈夫ですから」と、更には言葉を急いで付けたして。

 旦那様はそれでもおろしてくださらなかったが。


「駄目だ。もし優月に何かあったらどうするんだ。今度こそ私は自分を許せなくなる。だから部屋に戻ろう。何よりも大事なのは君なんだ」


 しかも、そう熱い眼差しで仰られ。

 もちろん、それは演技なのだろうけれどと、私は再び赤くなりかけた頬を気にしながら口を開く。


「それでも、旦那様は伊野淵博士とお話し下さい」


 やはり旦那様は私なんかのために時間を割いてはいけないのだと改めて理解したので。

 ただ、旦那様の方は想定外のことだったのか狼狽えた表情に変わられたが。


「優月!? 何を申しているんだ! 私は……」

「魔獣に苦しめられている人々はどうするのです?」


 今度は冷静にそう尋ねると旦那様は黙り込んでしまわれる。きっと演技のことよりも助けを待っていらっしゃる人々のことを想像したのだろう。

 旦那様は本当にお優しい方だからと、私は頬を緩ませる。


「私ならもう大丈夫ですから。ねっ」


 そう言って微笑むと旦那様は渋々ながら私をおろしてくださる。ただ、再び不安気な表情を向けられてこられたが。


「……本当に大丈夫なのか?」


 もちろん契約は必ず守りますと心の中で答えながら私は頷き、笑顔で「ええ、もちろんです」と歩き出す。更には続けて「伊野淵博士、今度は私が応接室まで案内致します」とも。

 何せ旦那様のお役に立ちたかったから。


 少しでも……


 ほんの少しでもと。



「ふむ。九条殿が心配しすぎるから大丈夫なのだろうかと思ったが……全く素晴らしい奥方ではないか」


 紅茶を一口含んだ後、伊野淵博士がそう仰られる。満足そうな表情で。

 そして旦那様も。

 ただ、妻の役目を果たせて満足しながらも私は首を横に振るが。「私など全然です。旦那様の足を引っ張ってばかりですから」と。

 何せこれ以上はでしゃばってはいけないと考えていたので。契約妻なだけにと思っていると伊野淵博士が首を傾げてこられる。


「うーーん、そうは見えないが……」


 更には私をじっと見つめてこられ。

 「伊野淵博士、妻の顔をじろじろと見るのはやめて頂きたい」と旦那様が音をたてカップを置かれたことで驚いた表情になられるが。

 「別に減るもんじゃないだろうに」とすぐに呆れた表情にも。


「いや、減るのですよ。私との時間がね」


 そう旦那様が真剣な様子でそう仰られると苦笑しながら降参の仕草をされるが。


「わかったわかった。では、はじめにというかこれが今日の本題なんだが……溱璽国で魔獣が現れるのを抑える実験が成功したよ」

「それは本当なのですか?」

「ああ」


 すると先ほどのことなど忘れて旦那様は喜んだ表情を浮かべられる。もちろん私もだけれど。だって和国はこれで魔獣に襲われなくなるのだから。


 そして和国より先に魔獣に襲われていた世界全ても。


 ただ、それもまだ少し先のことだと続けて仰ってこられる伊野淵博士の話でわかったが。


「….ただしその発生を抑える装置を安定して使うにはまだまだ実験が必要らしくてね」

「でも、大きな進展ではないですか」

「そうなのだが……」

「何かあるのですか?」

「うむ、その装置の試験運用を和国でもすることになってね」

「ああ、つまり彼女が和国に来ると……」


 伊野淵博士は私を一瞥すると無言で頷かれる。なので私は恐る恐る旦那様の方に視線を向けてしまったが。ある考えが思い浮かんでしまったから。

 その彼女とはきっと伊野淵博士の娘様だろうと。


 そして旦那様にとって大切な方でも……


 そう思っていると案の定、正解とばかりの言葉が私の胸に突き刺さってくる。「優月、もしかしたら伊野淵博士の娘の星羅せいらという人物が近いうちにここに来るかもしれない。その時は私が対応するから彼女とは関わらないでほしい」と。


 それも真剣な表情で。


 もちろん私は内心悲しくなりながらも頷いたが。納得しながら「……わかりました。仰られる通りにいたします」と。

 本当に愛し合う二人のためにもと。

 ただし、すぐに旦那様が仰ってこられた「すまない。必ず君に迷惑はかけないようにする」という言葉にも慌ててしまったけど。


「だ、旦那様!?」


 だって本来なら自分が謝らなければいけないのだから。


 二人の仲を邪魔した者として……


 伊野淵博士の手前それはできなかったけれどと、私は本音を隠し謝罪する。「迷惑だなんてとんでもございません。むしろお役に立てなくて申し訳ありませんでした」と。

 「優月!」と旦那様が私の側にこられるなり手を握りながら「君が役に立っていないことなんて一つもない。だから自分を卑下するのはやめてくれ」と想像していなかった言葉を仰ってこられたため再び慌ててしまうが。

 そして疑問も、と私は首を傾げる。どうして旦那様はそんな苦しそうな表情をする演技をなさるのだろうと。


「……やはり私には資格はないのかもしれないな」


 続けてそう仰られたらなおさら。

 いえ、それでもと私は口を閉じたが。演技の意味はわからなかったけれど、それ以上は関わらない方がいいと感じてしまったので。

 私のためでなくと、旦那様が先ほどまで握っていた自分の手をもう片方の手で強く押さえる。旦那様の手に触れたいと思ってしまう心を押さえ込むように。

 そして、それがすぐに正解だったと理解も。


「すまないがこれから家族にも話せない軍部の話を伊野淵博士としたい」


 そう仰ってこられた旦那様の表情からはもう何の感情も読み取れなかったから。

 もちろん、それでも契約内容はしっかりとこなさなければと私は笑顔で頷くが。


「……わかりました。では、私は退室致しますので」


 そして、なんとも言えない表情を浮かべる伊野淵博士に一礼も。


「失礼致します」


 ただし、その後は逃げるように応接室から出てしまったが。更には自分の部屋でなく庭へと。

 きっと戻ったら先ほどのことを思い出し辛くなっていただろうから。


 自分の立場は理解しているつもりでも……


 そう思いながらも私は先程の旦那様の表情を思い出す。それから言葉も。結局、考えたところで意味はわからなかったが。いや、わからなくても徹底して役を演じればいいのだとも。


「だって私達はこの花びらよりも少ない枚数の契約書で結ばれているだけなのだから……」


 そう呟きながら目の前の花壇に咲く黄色いチューリップを見つめていると、しばらくして視界が徐々にぼやけていくのがわかった。

 ただ、頬を涙が伝う前に手で涙を拭ったが。「奥様」と匙裏さんが来たからと、私は急いで笑顔を作る。


「ああ、匙裏さん。どうされましたか?」

「奥様の父君から手紙が来ましたのでお伝えに……」


 「父から?」と、私は手紙を受け取るなり早速手紙を開封する。そして読み終わるなり思わず頬が緩んでしまいも。

 手紙の内容には借金も無事に返せたと書かれており、父の役に立てたのがわかったので。

 しかも私が生きているうちにと、先ほどのことを忘れるくらい嬉しくなり手紙を抱きしめてしまう。そして心からの笑顔も。匙裏さんの言葉に慌てて顔を上げるが。


「奥様、良いことがあったみたいですね」

「は、はい。少し問題があったのですがそれが解決しまして」

「そうですか。それは良かった。では、今度、父君に会いに行ってお祝いをされたらどうです?」

「えっ、よろしいのですか?」

「もちろんですよ。ただ、行く日はこちらで調整させて頂きますが。ああ、それと李玲様には内密にも。絶対に」

「絶対に……ですか?」


 思わず首を傾げると匙裏さんは少し怒った表情で館を睨まれる。


「少しは痛い目を見た方がいいと思いましてね。李玲様には」

「匙裏さん?」

「しばらく館を開けるそうですよ。全く、奥様に直接言わずに出かけられるなんて……」

「仕方ありませんよ。伊野淵博士のお手伝いに行かれたのでしょうから」


 そう言いながらもきっと星羅様に会いに行くのだろうと考えてしまう。誰だって大切な人には早く会いたいものだからと、私は手紙をそっと撫でる。匙裏さんが「では、早速連絡してきますね」と仰ってこられたので顔を向けたが。

 更には足早に館の方に戻っていく姿に「お願い致します」と。

 そして私もそろそろ戻るために歩きだしも。花壇の花々を見つめながら。

 何せここの花々は無性に視線を惹きつけるので。


 特にあの石竹色のマーガレットは。

 

 そう思いながらも私はすぐにそのマーガレットから視線を外す。今の私には必要ない花言葉を持っていることに気づいたので。


「真実の愛……」


 そう呟いた直後、見たこともない星羅様と旦那様が寄り添う姿が頭に浮ぶ。

 けれども、今はもう悲しくなることはなかったが。

 だって、私にそんなものはそもそも必要なかったから。


 なぜって……


「私はもう……」


 そう呟くと右肩にそっと触れるのだった。


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