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桜絡廊(おうらくろう)公園の花は旦那様に愛されていることに気づかない  作者: しげむろ ゆうき


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4/20

 目を覚ますと見覚えのあるベッドの上だったからと、ある方向に視線を向ける。

 きっといつもの場所に座っているだろうから。私のかかりつけの医師、和須田わすだ先生が。


「先生……」


 案の定いらっしゃった為、声をかけると医療記録を眺めていた先生が長い髭を弄りながらゆっくりと振り返ってこられる。


「起きたか」


 そして顔を顰めながら私の右肩を指差され、続けて「痣が数センチ広がっていた」とも。

 おかげで起きた早々に私は激痛の理由を理解することができたが。


「そうでしたか……」


 そして自分が死に近づいたことも。

 ただし今はそのことよりも気になることがあったので不安気な表情を向けてしまったのだが。


「あの……」


 すると先生はこちらの考えなどお見通しのようで心配するなといわんばかりに頷かれる。

 ただ、難しい表情で匙裏さんがいるであろうドアの方に視線を向けられたが。


「約束通り誰にも喋っとらんが……本当に良いのか?」


 私はもちろんと頷く。


「先生にも説明しました通り、私達は愛もない契約で結ばれた結婚ですので」

「ふむ、それにしてはずいぶんと心配しておったがね」

「それは都合の良い条件の合うお相手を探されていた方ですから」


 苦笑しながらそう答えると先生は呆れた表情をし、咎める様な視線を向けてこられる。そして、「自分をもっと大事に扱え。君は物じゃないんだぞ」とも。

 私はそれでも真正面から先生の言葉を受け止めたが。


「わかっておりますよ。だからこそ人として最後にできる事をしているのですから」


 すると先生は大きな溜め息を吐かれながら仰ってこられる。


「あんなに縁談を断っていたのに急に結婚すると報告にきたから喜んだのだぞ。だが自分を犠牲にするとは……」


 ただし、私の「犠牲ではありませんよ。何せ私の願いでもあるのですから」との言葉に腑に落ちた表情をされたが。


「残される者のためか……」

「はい」


 父を思いながら頷くと先生は難しい表情を引き出しに向ける。そして、しばらくすると引き出しを開けて錠剤が入った小さなケースを見せてこられも。


「あまりこれは使いたくなかったが……」


 私はそう言われ薬の名前に目を向ける。思わず口元を歪めた。

 何せこの薬を渡されたことで先生からも死期が迫っていることを告げられたのだから。

 まあ、ただし死は既に受け入れているので問題ないのだけれど。時期以外はと私は先生に尋ねる。


「前回は後二年と仰られましたが痣が広がったことで私の寿命はそれよりも短くなりましたか?」

「前例だと半年ほど減った可能性はあるな」


 私はその言葉を聞き安堵する。一年はもつことがわかったので。お飾り妻の役目もなんとかこなせると。

 ただ、「良かった」そう胸を撫で下ろすと先生は何とも言えない表情を向けてこられたが。私にぎりぎり聞こえる程度で「全く何が良かっただ」という言葉も。

 私が聞こえていないふりをしながら使用方法を尋ねると表情を戻しながら仰ってこられたが。私に薬と使用方法が書かれた紙を渡しながら。


「とにかく次に痛みがきたら飲むといい。ただし強い薬だから時間はあけるように。絶対にだぞ」

「わかりました。先生、何から何まで本当にありがとうございます」

「礼を言われることはしていない。私がしているのは所詮は痛みを取り除いてるだけだからな」

「それでも今の私にとっては何よりも大事なことですから」

「何よりもか……」

「はい」


 すると先生は私から視線を逸らされ嘆く様に呟かれる。


「いつまでたったら治療薬はできるんだか……」


 ただ、「研究されている方々は必死に頑張って下さっています。それに先生だって。だから期待して待てばいいのですよ」と言うと呆れた表情を向けてこられたが。


「はあっ、これじゃあどっちが病気にかかってるのやら……。いや、悟った者だからなのか。まあ、だからといってまだ君には諦めるてほしくはないが。必ず治療薬はできるはずだからな」


 「それはもちろんですよ」と私は頷く。治療薬に期待しながら。

 ただし私のを治すのではなくだが。何せ治療薬の状況が進んだという話は聞いていない。要は私が生きているうちは無理だと理解しているから。

 絶対にと、そう思いながらも残り少ない時間は全て宗方家に使わないといけないと改めて認識する。

 ただ、ふと頭の中に思い浮かんでしまったのだが。九条家の人達が。特に旦那様を。既に私の中で大きな存在になっていたので。


 たとえ向こうにとって迷惑だったとしても……

 迷惑……


 そう思った直後、私は頭の中から先ほどの考えを無理矢理追い払い、新しくある考えを入れこむ。契約が終われば旦那様にとって私は不要な存在と。


 当然一年後にはこの世にはいないのだろう私にとっても……


 なので残りの時間は宗方家のみに使えばいいと改めて考えるが。自分の右肩に意識を向けながら。

 そして先生が溜め息を吐かれながら扉の方に顔を向けられたため、すぐに視線を戻しも。表情を作って。もちろん扉の向こう側にいる匙裏さんに元気だと見せるために。


「入っていいぞ」


 ただし、笑顔ではなく驚いた表情を見せてしまったが。匙裏さんにではなく旦那様に。


「旦那様……どうして?」

「私達は夫婦だろう。夫として妻を心配するのは当たり前だ」


 更にはそう仰ると私の手を優しく握ってこられる。それで私はすぐに契約書に書かれた『三、九条様と外では仲が良いことを他者に見せること』を思いだし再び笑顔を作ったが。


「ありがとうございます旦那様。でも、もう大丈夫ですから」

「本当なのだろうな?」

「ええ、すっかり良くなりましたよ。ですよね先生?」

「ああ、今日はもう帰っていいことだけは確かだ」

「ですので……」


 すると旦那様はやっと納得した表情をされる。「では、帰ろう」と仲の良い夫婦のように私に優しく寄り添ってこられも。

 内心ではきっとそんなことはしたくないだろうと思っていながら。

 何せ、ただでさえ妻になりたいと近寄ってくる女性にあんな態度をしていたのだから。あんなに綺麗な女性達に。


 だからきっと……


 そう考えながら旦那様を見る。それから手を煩わせてしまってしまったことに心底申し訳ないと思いながら私は俯いたのだ。

 だって旦那様の眉間に皺が寄っていたので。

 しかも隠してはいるけれど相当怒っている様子であるとも。

 なので医院を出るやいなや私は深く頭を下げてしまったのだが。


「すみません、旦那様の貴重なお時間を使わせてしまいました」

「それはさっきも申したろう。私達は夫婦だと」

「そのことですが……」


 私は周りを見回した後に再度、口を開く。


「周りにはもう誰もいませんから演技は大丈夫です」


 それから私の手を握る旦那様の手を見つめながら続けて話を。


「それと先生には事情を話しておりますから次からは演技をされる必要もわざわざ来られなくても結構ですので」


 するとやっと安心されたらしく旦那様はゆっくりと手を離される。

 ただし予想してなかった言葉を添えながらだったが。


「不甲斐ない私を許してくれ」

「えっ……」


 私が驚いて顔を上げると旦那様は既に背を向けられて歩き出されていた。

 ただし車まで向かう途中、こちらを定期的に振り向かれていたが。更に歩く歩調も合わせながらもと私の口元が緩んでいく。そして心底嬉しくも。


 旦那様にとっては嫌だろうけれどこの方に嫁いで良かった。


 そう思ってしまったのだから。それがたとえ一年限りの契約で偽りの結婚であっても。


 こんなにも幸せを感じさせてくれたのであるから。

 こんなにも……


 まあ、ただし翌日にはすっかりその考えは頭の中から消えかけていたのだけれど。何せやらかしてしまったから。昼近くまで怠惰に眠ってしまったために。もちろん疲れが溜まっていたなんて言い訳するつもりはない。今の私はお飾りとはいえ格式高い九条家に嫁いだ身なのだから。

 その事を頭に何度も叩き込みながら急いで支度をしてドアを開けると掃除していた石さんが私に気づき「奥様!」と慌てて駆け寄ってこられる。

 ただ「おはようございます石さん」と笑顔を見せると石さんは安堵した様子で胸を撫で下ろされたが。


「良かった。昨日は帰ってきて早々に部屋に入られてしまったから」

「すみません。念の為に横になっていまして……」


 私は時計に視線を向けると石さんはすぐに首を横に振られる。


「奥様のお身体の方が大事ですよ」

「石さん……ありがとうございます」

「いえいえ。それよりもですよ。少しお身体に何か入れておいた方が良いのでは?」

「そうですね……」


 食欲は相変わらずなかったが頷くと石さんは笑顔で仰ってこられる。


「では何か作ってまいりますので奥様はゆっくりといらして下さい」


 そして私が返事するまもなく一礼して去っていってしまったのだ。旦那様と交代するように。


「旦那様……」


 私が呟くと旦那様はゆっくりと近づいてこられる……が、食堂の方で石さんとお手伝いさん達の大きな声が聞こえてくるなり苦笑し、「昨日は帰ってから何も口に入れていないだろう。少し食べておいた方がいい」と、横に並ばれそっと支えるように私の背に手を触れてこられたが。

 しかも「まだ顔色が悪いようだからな……」とも。部屋の方にも一瞬だけだが視線まで向けなられ。

 私はそのことには気づかないふりをして口を開くが。「ありがとうございます。では、そうさせて頂きます」と。何せ体調が悪いと言って部屋に戻れば九条家の方々からの印象が悪くなる。それに自己中心的な考えだけれど昨日みたいな態度を取ることで旦那様に悪い印象を持たれたくなかったので。

 これ以上は特にと。


 ただし、これから先に起きることでは最悪な印象を植え付けてしまいそうだけれど……


 そう思いながら私は覚悟を決める。

 「ここに座るといい」と旦那様が引いてくれた椅子に座りも。話を通してくれているとはいえ、前回の半分ぐらいの量の食事がくるのを待ちながら。


「お待たせ致しました。ああ、奥様のは栄養に重点を置きましたので味は期待しないで下さいね」


 結果は拍子抜けするぐらいの量、つまり私でも食べれる量だったが。


「石さん……我が儘を聞いて下さりありがとうございます」

「何を仰っているのですか。奥様のお身体のことを考えずにあんな量を出した私が謝らなきゃいけないのに……」

「いいえ。石さんは何も悪くはありませんよ。だから決してお気になさらないで下さい」


 そう言って私はスープを一口飲み、罪悪感を抱えながら笑顔を見せると石さんは安堵した表情で「良かった。では、しばらくはこういうものをお出しするようにと厨房に伝えてまいります」と鼻歌を歌いながら下がられて行く。もちろん私はその後ろ姿に心の中で謝罪していたが。

 そして感謝と吐き気もでず食べ終われた事に手を合わせも。食事に携わった人達に心の中でお礼を言いながら。

 「優月、少しいいだろうか?」と声をかけられるまでと、手を下ろすと旦那様は食堂に飾られた時計に視線を向けられる。


「今日これから服屋が来る。だから優月が好きなものを選んで欲しいのだが」

「ここにですか?」

「ああ。自分の部屋で試着できるし、その方が良いだろうと思ってね」

「旦那様、そんなことまで……」


 私が思わず感動していると旦那様が少し俯きながら仰ってこられる。


「これで昨日の挽回ができたとは思っていない。だから日を改めてまた私に時間が欲しいのだが……駄目だろうか?」


 もちろん私は笑顔を作る。


「旦那様の都合の良い日なら私はいつでも。でもお飾り妻のために無理矢理時間を取るのだけはおやめ下さいね」


 そう言葉にしながら。

 何せこれ以上は罪悪感で押しつぶされてしまいそうになるかもしれないので。病気より先にと思っていると旦那様の表情が途端に曇っていくのがわかった。

 まあ、私にとってはこれで良いと判断したけれど。

 それも心より。

 だって契約書に関してのことは極力人前ですれば良いのだから。特に今のような旦那様にとって無駄な時間を使うものは。


 未練が残ってしまうものね。


 絶対にと私は視線を落とし、ゆっくりと目を瞑る。

 そして、この一年間自分がすべきことである契約内容をもう一度思い出すのだった。


◇真実の愛


 その場でお店ができるだろうというぐらいの服が詰まった車が去っていく。

 ちょうど今さっき買い物が終わったのだ。ちなみに購入したのはワンピースという服一着。


 まあ、その一着が中々の値段だったのだけれど。


 値段を聞き思わずワンピースを落としかけたのを思い出していると旦那様が顔を寄せてこられる。そして服は気にいらなかったのかという表情を、更には迷惑だっただろうかと雰囲気も。

 私は首を横に振って苦笑しながら、つい本音を述べたが。


「あの値段で何着もは流石に心臓に悪いですよ」


 新品の着物とはいかないが古着より遥かにする値段を思いだしていると旦那様は腑に落ちた表情で自分の服に視線を落とす。


「服は着物と違って輸入品が大半だからな」

「それは作れる職人が少ないということでしょうか?」

「他国に侵食されるといって作るのを嫌がる連中が多いんだ」

「ああ、なるほど……」


 色々な意味も含めて納得してしまうと旦那様は遠くを見つめる。


「和国は良いところだが今だに閉鎖的な部分がある。いつになったらそれが取れるのだろうな」


 私は何も言えず唇を噛み締める。旦那様の言葉の重みがわかるから。

 特に閉鎖的という言葉を。

 なので和国代表ではないが少しでも旦那様の溜飲が下がればと頭を下げようとしたのだけれど。ただし突然の来客が来なければだったが。


「どちらさまでしょうか?」


 私が顔を向けるとちょうど車のドアが開き帽子を被った袴姿の男性が降りてこられる。そして私達の側に来られるなり帽子を取って、顔がわかるようにこちらに見せられも。

 おかげで私は驚き「伊野淵いのぶち 東陽とうよう博士……」と、つい口に出してしまったが。


「ほお、若いのに私を知っているとは感心だな」

「むしろ魔獣の研究をされている権威の貴方を知らない方が少ないのでは?」


 旦那様の言葉に私が何度も頷くと伊野淵博士は苦笑しながら首を横に振られる。


「魔獣と関わりがない者達は私の名前までは知らんよ。お嬢さんはもしかして軍関係者の御息女かな?」

「い、いいえ、教師の娘です」

「なるほど、教師ね」


 私は曖昧に笑いながら右腕をさすると伊野淵博士が今度は旦那様に視線を向けられる。


「もしかして彼女がそうなのかね、九条殿」

「はい、妻の優月です」


 「ふむ」と伊野淵博士はあごを弄りながら視線を再び向けてこられたので私は挨拶する。


「この度、九条家に嫁いできました優月と申します」


 ただ、伊野淵博士は私からすぐに視線を外され、複雑そうな表情を旦那様に向けられる。「奥方がいる前で悪いがこのことはうちの娘は知っているのか? 約束はしたのだろう?」とも。

 おかげで勢いよく旦那様に視線を向けてしまうが。そして表情を見て理解も。


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