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桜絡廊(おうらくろう)公園の花は旦那様に愛されていることに気づかない  作者: しげむろ ゆうき


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19


◇ 祝福


 いつからだろうか。

 人の視線が気になり出したのは……

 そして、全てに対して臆病になってしまったのは……



「奥様、奥様」


 「ん……は、はい」と、石さんの声で私は目を覚ます。

 直後、天井が視界に入ったことで、どうやら眠ってしまっていたことに気づきも。


「申し訳ありません。いつの間にか寝てしまいまして……」

「気にされないで下さい。ただ、旦那様がお待ちになられていますのでお早めに行ってあげて下さいね」

「は、はい」


 そう頷くなり私は部屋を出て急いで食堂へと向かう。

 きっと、この時間はそこにいらっしゃるだろうから。優雅に紅茶を飲まれて。

 それから私に気づくなりいつものように微笑まれながら挨拶も。


「ああ、奥様」


 ただ、今回食堂にいらっしゃったのは匙裏さんだけだったけれども。


「匙裏さん、すみませんが旦那様は?」

「いつもの場所ですよ」

「いつもの……」


 私は呟きながらも頭の中に自然と浮かんできた中庭へと足を向ける。途中、お手伝いさん達や和須田先生、星羅様、岩倉様に挨拶をして。

 ただし、父に会った時に思わず首を傾げてしまったが。


「どうしたんだい優月?」

「あの、なぜお父様達がこちらにいらっしゃるのかと……」

「ああ、それはだね」


 そう呟きながらも父はゆっくりと消えていってしまう。振り向くと先ほどまでいた人達、そして中庭に続く道すらさえ。幻のようにと、私はそれでも真っ白な世界の中を歩き始めるが。

 何せ、先の方に小さく中庭が見えたので。

 それから椅子に座られている旦那様も。軍服姿で紅茶を飲まれながらと、私は早足に側へと向かう。まともに仕事すらせず寝てしまったことへの謝罪をするために。

 ただ、着物の襟をただして口を開こうとする前に「ああ、君か」と、旦那様は先にカップを置かれ、目や鼻、そして口のない顔をこちらに向けてこられたが。

 更には真向かいの席を指差さされも。


「全てが終わったようだから君に話をしようと思ってね。座ってくれないか」


 つまり、これは契約を終わらせるための……


 そう理解しながら私は素直に椅子に座る。覚悟はもうできていたので。

 それと、最後までわからずじまいのお相手との幸せを祝福する気持ちも。

 ただし、旦那様が仰ってこられた言葉は想像していたものとは違っていたが。


「君に選択肢をあげようと思ってね」

「えっ……」

「このまま向こう側に行くか、それともこちら側に留まるかという選択肢だよ」

「あの、仰っていることがよくわからないのですが……」

「ああ、すまない。状況の説明を忘れていたよ。何せ長いこと客人が来ることはなかったのでね」

「あの、旦那様?」

「ん? ああ、これもか……」


 旦那様はそう呟かれると突然、姿が変わっていく。淡く光る球体に。


「君の頭の中に干渉しているから勝手に絡んでしまったらしい。それで説明するわけだけどいいかな?」

「あっ、はい……」


 私はなんだか良くわからないが頷く。頭の隅で普通じゃないことが起きているのを認識しながら。

 何せ、目の前にいる存在からは悪いものでなく、暖かく親近感を感じてしまったので。まるで石さんや匙裏さんのようにと思っていると、光る球体が早速、説明して下さる。


「まずは自己紹介……と、言っても既に私はこの世界を創造した者の一部でしかなくてね」

「それって、つまりは……」

「いや、君の思っているものとは違うはずだよ。今は創造も君のいる世界に干渉する力もほとんど残っていないからね」

「でも、一部だとしても私からしてみればやはり神様かと」

「ふむ、なるほど。君からしたらそうなってしまうのか。なら、それで良いと思うよ」

「はい、ではそう呼ばせて頂きます、神様」

「うん、よろしく、宗方 優月。では早速、本題に入りたいのだけれど。まず、その前に魔獣がどういう存在なのかを知ってもらいたいんだ。あれが何処から来たのかを」

「それはぜひ聞きたいです。私も魔獣がどのような存在なのかずっと興味がありましたので」

「ふむ、さすがは教師の娘……いや、因縁があるからか。まあ、とにかく君は知る権利があるってことだ。本来の明るかった君の精神を蝕んだ、ある国の実験によって狭間の世界から来た存在……魔獣については特にね。かなりタチが悪かっただろう?」

「はい……」

「まあ、あれは本来、対極ではあるが私と近い存在だったからね。姿形も私と似た」

「光る球体みたいなですか? じゃあ、なぜ獣の姿に?」

「最初にこの世界に現れた際、あれに襲いかかった軍の飼っていた狼犬おおかみけんを取り込んだ結果、あれが基準になってしまったんだよ」

「では、本来の名前は魔獣ではないと?」

「ああ、邪神と呼ばれるものの一部、あれぐらいの大きさは魔族と呼ばれている」

「魔族……」

「もっと大きくなれば魔王。そして全て顕現してしまったら邪神になる。まあ、そうなる前にあの装置で倒してくれたわけだけれど。特に君なんて体まで張ってくれて」

「私はただ……」

「守りたかったか。君は本当に善人だね。まあ、だからこそ、ここに来ることができ選択肢も受けれるわけだけど。ちなみに君は今、魂が身体から離れかけている状況でね。意味はわかるかな?」

「つまりは死にかけているということですか?」

「そうだ。そして、このまま行くと衰弱して亡くなってしまう状態でもある。まあ、だからこそ選択肢をね。この世界を救ってくれた君に」


 神様がそう仰った後、後ろの方に窓が二つ現れる。一つは見たことのない風景。そしてもう一つは見覚えがある病室。


「あれから一カ月経っている」

「えっ、そんなに時間が……」

「今、残っている私の力では闇の力に穢された君の魂を治癒する時間はそれぐらい必要だったのでね」

「それは無理をさせてしまい申し訳ありませんでした」

「いや、気にしなくていいよ。君はこの世界を救ってくれた英雄、つまりは私から選択肢を得たわけだから」

「この二つの世界のどちらかを選ぶ権利ですか……」

「うん。新しい世界で生まれ変わるか、今いる世界に留まるか。ちなみに新しい世界に行く場合、向こうにいるまだ力のある私の半身が君を幸せになれるようにしてあげれるよ。もちろん、お金持ちや英雄、そして愛する者と相思相愛にもね。どうかな? 良い条件だと思うけれど」

「それは……」


 私は病室のベッドに横たわり、点滴に繋がれた自分を見つめる。それから華やかな建物や森が広がるもう一つの世界を。

 でも、迷うことなく私は選択をすることができたが。


「こちらに」

「本当に良いのかな? 病気が完治しただけの世界で」

「はい。私が居るべき場所はやはりこちらですから」

「ふむふむ。では、元の世界に帰れるように君の意識を送るよ」

「ありがとうございます、神様」

「いやいや、こちらこそ礼を言うよ。ありがとう、宗方 優月。さあ、行きなさい」


 神様がそう仰ると私の視界が突然暗転し、すぐに病室の天井が視界に映る。

 そして上半身を起こすと見覚えのあるお姿も。

 ただ、旦那様は驚いた表情のまま「先生! 和須田先生!」と、病室を出て行ってしまわれたが。転びかけながらと私の口元が緩んでいく。思わず声が出そうにも。

 ただし、首からさげた紐の先にある指輪の存在を思い出すなり表情を戻したけれど。そして首から外して眺めも。なぜか黒くなってしまった花の部分を特にと。


「それが守ってくれたのだろう」


 その言葉に思わず顔を上げてしまったが。


「和須田先生……」

「ずいぶんと心配していたんだ。もちろん私だけでなく皆も」


 そう仰って和須田先生は横にずれると旦那様の姿が視界に入る。


「彼は毎日、君を見舞いに来ていたんだ。朝から晩まで一カ月間ね」

「えっ、でも、お仕事は?」

「休暇をもらったよ。君の側にいるために」

「そんな……」


 私は自分の所為で旦那様の大切な時間を奪ったことに責任を感じてしまう。更には落ち込んでしまいも。

 ただ、和須田先生の次の言葉に先ほどのことを忘れるぐらい驚いてしまうが。


「この一カ月間で魔獣は和国の半分から完全に消えたよ。対魔獣消滅機一式ってやつでな」

「要は私は不要だったということさ」

「そうだったのですか。でも、それならば……」


 今度は大切な方の側にと思ってしまうと旦那様が私の側に来られながら仰ってこられる。


「何よりも私自身が優月と一緒にいたかったんだ。少しでも長くね」


 「そ、そうなのですか……ありがとうございます」と、私は慌てて返事をする。近くに和須田先生だけでなく私達の事情を知らない看護師がいるのを思い出したので。

 そして、手に握りしめた指輪の感触でこれからのことも。

 「その指輪だが材質はもしかてミスリル銀かな?」と、和須田先生の質問で表情を作ったが。


「はい、花の部分だけですが」

「ふむ。なるほど、やっと納得できたよ。消えかかっていた魔蝕病の黒い痣が胸の辺りを綺麗に避けていた理由が」

「あの、このミスリル銀という鉱石にはその様な効果が?」

「最近の研究でわかってね。まあ、そもそもミスリル銀が最近、見つかった鉱石なのだが。だろう九条殿?」

「ええ、そうです。おかげで一気に研究が進み、対魔獣消滅機一式や魔殺一式、魔殺二式が製造できるようになったんです」

「そして、今現在は大量生産され、設計図と一緒に各国に供給されていると」

「はい、その通りです」

「だ、旦那様、では……」

「ああ、優月の考えている通りだよ。今後は魔獣に怯えることのない世の中になるはずだ。君が望んだ世界にな」


 旦那様はそう仰られると和須田先生の方に顔を向けられる。


「私は一度、戻ります。彼女の着替えや館にいる者達に伝えたいので」

「わかった。では、こちらは少し検査をさせてもらうよ。ただ、見た目通り元気そうだから診なくても問題なさそうだが……」


 和須田先生の言葉に私は自分の体を見る。一カ月間も寝ていたのに健康的な体を。


「まるで何かに守られているような感じがしてね。不思議なことが起きるものだな」

「それは……」


 私は夢の中の出来事を話そうとする。

 ただ、どんどん内容が薄れていき、何があったのかを思い出せなくなってしまったのでこう答えるしかなかったけれど。


「私にもわかりません」

「まあ、和国を守護する神様のおかげぐらいにしておこう。罰は当たらないだろうしそれで良いだろう?」


 もちろん私は笑顔で頷く。そして心の中で感謝も。

 きっとこの想いは届くだろうとそう思ったので。


 神様に。



「それで今日はここに来たかったのか」


 旦那様の言葉に私は頷く。


「はい。こんなにも元気になれましたので」


 昔以上にと、私はそう答えながら花々が咲き乱れる桜絡廊公園の中にある神社を見つめる。

 それから奥にある和国を守護すると言われる土地神を祀る社に一礼も。旦那様の独り言に思わず顔を上げてしまったが。


「どの国の神も辿っていくと一人の神に行く着くか……」

「えっ、それはどういうことでしょうか?」

「学術誌で最近話題になっていてね。どの国でも調べていくと似た神話があるらしいんだ。しかもかなりの数がね」

「では、和国と溱璽国も元は一緒の可能性があると?」

「それはこれからわかっていくはずだ。何せ、魔獣以外のことに使う時間ができたのだからな。どの国も」

「どの国も……」


 私はそう呟きながら今朝読んだ新聞の見出し『友情に育まれた二つの国の力で世界から魔獣が消えていく』を思い出す。

 あれから半月ほど経った世界状況も。

 そして、私のこれからもと、そう考えながら口を開こうとする。旦那様の「優月、話があるんだ」という言葉で慌てて別のことを言ってしまったが。


「な、なんでしょう?」


 しかも「私と契約を終了して欲しい」という言葉が耳に入るなり「それではすぐに手続きを……」と車の方に向き直りも。何せ歪んでいく顔を見せたくなかったし、笑顔を作る時間も欲しかったので。

 ほんの少しだけの時間と、私は頭の中を空っぽにするため、すぐさま足元の石を数え出す。そして、落ち着くために深呼吸を繰り返しも。

 ただ、涙はやはり抑えきることはできなかったけれど。忘れることさえも……と、私は反省しながら歩き始める。

 突然、旦那様に回り込まれて両肩を掴まれてしまったことで動けなくなってしまったが。


「す、すまない。そういうことじゃないんだ!」


 更にはそう仰ってこられ、切実な表情を見せられたことで驚きも。


「えっ……だ、旦那様?」

「契約を終わらせた後、改めて君に申し込みたかったんだ。君と正式に婚約を……いや、結婚をしたいと」

「わ、私と? ど、どうして……」


 正直、頭の中が混乱してしまう。なぜ、私なのかと。


 都合の良い相手なだけなはずなのに……


 そう思っていると旦那様が仰ってこられる。


「私がこうやって立ち直ることができたのは佳子や蟻塚、そして沢山の者達のおかげだ。ただ、その中でも一番、自分自身を取り戻すことができたのは優月……君のおかげなんだ」

「えっ、でも、過去に旦那様とは……」


 そう呟いた直後、脳裏に突然一つの光景が鮮明に思い浮かぶ。帽子を目深に被り、手の甲を怪我された対魔獣師団員に私が「大丈夫でしょうか? あの、これを」と手巾を巻く姿を。

 しかも、なぜだか少し離れた位置で。

 まあ、だからこそわかってしまったのだけれど。


「手の甲を怪我されていた対魔獣師団員は旦那様……」

「ああ、本当はあれがきっかけで目が覚めた……いや、きっと、いつまでも持っていた私のくだらない感情が消え去るほどの衝撃を受けたのだろうな」


 旦那様はそう仰られた後に私の両手を優しく包み込む。


「要するにあの日、あの瞬間、私は優月に恋に落ちてしまったんだよ。単純に」

「わ、私にですか!?」

「ああ」


 旦那様はそう頷かれながら私の頬に残る涙を指で拭って下さる。それから再び真剣な表情で仰ってこられも。装飾が施され、美しく輝く宝石が付いた指輪を出しながら「私の正式な妻になってほしい」と。

 ただ、私はすぐに頷くことはできなかったけれど。何せ信じられなかったので。

 これはもしかしたら夢かもと。

 

『いや、夢なんかじゃないよ』


 そう、頭の中に声が響いた直後、私の心は穏やかさを取り戻し、ゆっくりと噛み締めるように頷くことができたけれど。


「はい」


 そして、旦那様が私を抱きしめてこられた為、同じく大きな背に手を回しも。

 突然、風が吹き、祝福するように花びらが私達の周りを飛び回る光景に幸せを実感しながら。


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