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◇ 旦那様の過去2
あの日より数日経ったある日の午後、私は旦那様に連れられて貴金属店へと来ていた。
もちろん私のではなく旦那様の愛する女性の為の指輪を買うために。
ただし……
「ようこそ、いらっしゃっいませ」
そう笑顔で私達を交互に見つめてくる貴金属店の店主の表情は間違いなく勘違いしている様子だったけれど。
そして、勘違いするのは仕方ないとも。
だって、私達は夫婦であることだけは間違いないのだから……
それは契約だけの繋がりであってもと、隣にいらっしゃる契約上の旦那様……九条 李玲様の左手薬指を見つめる。旦那様と店主が会話をし始めたので視線をそっと外して下がりながら。
これ以上は大切な人だと認識されないように。要は少しでも離れていようと。
「優月、これなんかどうだろうか?」
残念ながらほとんど距離を開けることはできなかったけれど。
ただし、心の距離を離すことは少しだけできたはずとも。
そう思いながらも私は旦那様が手に取られた指輪を見つめる。胸をちくりとさせて。
「とても良いと思います。桔梗の花をあしらっているところなんて特に……」
「そうか。じゃあ、デザインはこれにして宝石も何か入れてもらうか。ああ、それに毎日嵌める指輪も考えないとな。店主、あるだろうか?」
「はい。それならこちらにあるものなど如何でしょう」と、店主が早速案内を始める。
その間、私は邪魔をしないようにとその場に留まるが。そして側にあった指まわりを調べる為の指輪につい視線も。何せ気になってしまったから。旦那様の愛する女性の指まわりはもう測ったのだろうかと。
薬指の……
そう思いながらも欲望に負けた私はその指輪を手に取ってしまう。薬指にそっと通しも。
しばらくすると慌てて外し、元の場所に戻したが。視線を強く感じたので。
おそらくは……と、そっと顔を向ける。
今は既に興味を失われたのか再び店主との会話に集中しだしている旦那様の方に。
「それで、これは裏側に文字を彫ってもらえるのだろうか?」
「ええ、もちろん。文字数制限はありますが名前やお二人の生年月日、大切な言葉を入れるのが人気ですね」
「なるほど。そうなると……」
今度は用があるという表情を旦那様が向けてこられる。
なので私はすぐさま頷くが。「旦那様が選ばれたものが一番です」と。
お考えを察し、更には本音を交えて。
ただし、その選ばれている姿を私が見続けるのはきっと無理そうなので言葉は続けたが。
「あの、すみませんが少し外の空気を吸ってきてもよろしいでしょうか?」
すると旦那様は急いで私の側に来られる。私の作り笑顔を見られると安堵されたが。
「体調が悪いわけではないのだな?」
「ええ、入り口近くにある……お値段がお手頃になっている商品も見たかっただけですから」
「しかし、それだったら……」
「もちろん中にあるものも見ますよ。ただ、外にある方が色々な形があって楽しそうだったので」
そう言いながら店主に同意を求めると頷いてくる。
「さすがお目が高い。外にあるのは若い人向けですからね。奥様にもきっと似合いますよ」
だから、私は店主に聞こえないぐらいの小声で「ほら、お店の方もこう言っておられますし。私へのものは今日はよろしいですから旦那様は……」今日の目的である大切な女性へお渡しする指輪選びに集中してくださいと手に持たれた指輪を見つめたのだ。
すると旦那様はじっと私を見つめてこられる。
しばらくすると自分の手にした指輪を見つめられ、頷いてこられるが。「わかった。では頑張って選んでみる」と。
決心された表情をされてと、私の口が自然と開いていく。
「喜ばれますよ。絶対に……」と、幸せを願ってしまいも。
ただし、その気持ちも一瞬だけだったけれど。旦那様が再び真剣な表情で店主と色々と話し始められ「それではこの形の指輪に宝石を……」と仕上げや使用する素材やらを熱心に語る姿を見てしまったので。
つまりは自分が邪魔者であると認識し、だからこそ早く退散しなければと。
大切な指輪を選んでいるのだから旦那様の視界に映らないようにしないといけないので。余計なものがと、私は背を向け外に向かい、並べられた手頃な値段の指輪を順に手にとっていく。
きっと、これさえも身分不相応だと感じて。
ただし、銀で製作された一つの指輪……犬鬼灯の花が装飾された指輪が目に入ると思わず手に取り苦笑をしてしまうが。何せ花言葉ではあまり良い意味でないものだから。
もちろん花が悪いわけではないのだけれど。
そう思いながらも私は自分の指にはめてみる。確信はないけれどきっとはまると思ってしまったから。お店にあるものの中で一番お似合いだと、嘘吐きにはふさわしいと。
「ふふふ……」
ただ、悪い気分ではなかったので私はそのまま指輪を外し店の定員の元へ持っていったが。財布を出して。
「これを購入したいのですが」
「あ、その指輪ですけれど花の部分に特別な素材を使っているんです。まあ、ただし、この花がちょっとですね……」
「ふふ、知っていて作られたのですか?」
「ええ。一応、色々な種類をおけと言われて職人が考えもなしにひたすら作ったと愚痴を……ああ、すみません」
「だからきっと誰も買わないでしょうから」
私はそう言うと手持ちのお金を出す。
そして、すぐに指輪をしまうとまだ話に夢中になられている旦那様を横目に別の貴金属に目を通し始めたのだ。
今度は父に何かプレゼントをと思ったから。
しかも最後になるかもしれない。
そう思いながらじっくりと眺めていく。袴姿に合うであろうものを。
「やっぱりこの記章……いえ、ピンバッジというものかしらね」
そう呟きながら銀で製作された四つ葉の白詰草の形をしたピンバッジを手に取ってみると先ほどの定員が笑顔で側に来る。もちろん営業するために。
「それはうちの店で常に人気があるやつですよ。何せ幸運を呼び寄せると言われる四つ葉のクローバーの形に先ほど購入された指輪と同じ、魔除けがあるとされるミスリル銀を使用していますので」
「ミスリル銀……ですか?」
「最近見つかった鉱石です。魔獣を退かせる力があるとか……ないとか……。で、でも本当に人気なんですよ」
「ふふ、確かに形は素敵ですからね」
「ええ。ええ。そうなんですよ。あっ、ちなみにあちらにいらっしゃられる旦那様にでしょうか?」
私は内心苦笑しながら首を横に振る。
「いいえ。父に買おうかと。苦労をかけさせてしまったので」
「そうでしたか。では、購入の際はラッピングを致しますよ」
「ラッピング?」
すると定員は見たこともないほど華やかに包装をされた箱を持ってくる。
「最近、入手しました洋式の綺麗な包装です。和式と違って見た目が華やかになってプレゼント……いえ、贈り物っぽさが増すんですよ」
「なるほど。でも、そこまで派手さはなくても……」
「では、抑えた感じでラッピングをしましょうか? 今回だけお値段もピンバッジ代に含めておきますから」
「ええと、それならば」と、頷くと定員は早速、ピンバッジを手慣れた手つきで綺麗な色紙に包み始める。もちろん洋式の包装……ラッピングというものを。
ただし、その様子を見ながらも私はプレゼントを渡された父の姿ではなく別のことを考えてしまっていたが。
岩倉様の話を聞いた後でさえ目の前の定員、そしてラッピングされたピンバッジが入った小箱を見ていたら和国は転んでもただでは起きない、更にはこの先何があろうとそこまで心配する必要はないと思ってしまったので。
「今回はリボンをつけておきましたよ」
そんな言葉を聞いたらなおさらと、私はプレゼントを手に取り近くで眺める。
「とても綺麗ですね」
「つけると女性や子供に喜ばれるんですよ。ああ、ちなみにご年配の男性にも……旦那様の様な若い方にもですが」
定員はそう言って笑顔を向けてくるけれど私は即座に首を横に振る。
「今回は買わないことにしていますから」
「そうでしたか。では、また来られたさいはいつでもお気軽にお声掛けください」
もちろん私は笑顔を作るだけにする。何せもうここには来れないだろうし、来れたとしても間違いなく迷惑だろうから。
感謝を込めたもの、心を込めたものであれば余計に。
そう思っていると満足気な表情をされた旦那様がこちらに歩いてこられる。そして私の手元に視線も。
「何か購入したのか?」
「父にプレゼントをしようかと思いまして」
「そうか。それなら必ず喜ばれるはずだ」
「ふふ、そうだとよろしいのですが」
「わ、私なら絶対に喜ぶ」
「それは……いえ、それよりも旦那様の方はどうでしたか?」
「あ、ああ、満足なものは選べたと思う。ただ、私が満足しても意味はないのだが……」
「旦那様?」
「……優月、私といるとつまらないか?」
「えっ……」と、思わず見つめてしまうと旦那様はすぐに私から顔を逸らされる。
「いや、すまない。今のは気にしないでほしい。それよりも少し歩こう」
そして貴金属店を離れて、しばらく私と共に近くの川沿いを歩き始めたのだ。弥勒橋が遠くに見えてきたところで急に立ち止まられたが。
「すまない。引き返そう」
更にはそう仰り慌てた様子で。
ただ、私の様子に少し驚いた表情を浮かべられたが。「良かった……」という言葉を重ねてこられ。
もちろん私は意味がわからないので黙っていることにしたが。もう、これ以上は深入りはしてはいけないと思ったから。指輪を見にきてなおさらと、気づかないフリをしながら口を開く。
「昔、買い物ついでによくこの辺りに来ていたんです。木々や花がとても綺麗で」
すると旦那様も近くの木々を眺められる。
「そうなると……伯楽街から少し離れた場所にある公園も気に入っていたのだろうな」
私は三年前に魔獣が頻繁に現れるようになり閉鎖された桜絡廊公園を思い出し頷く。
「ええ、あの場所は特にお気に入りでして」
「……そうだったか。実をいうと私もあそこにはよく行っていてね。まあ、私の場合は魔獣退治でだったが」
「では、私は昔に旦那様とお会いしたことがあるのでは? あの公園で魔獣退治をされた対魔獣師団をお見送りしたことが何回かありますので」
「……もしかしたら出会っていたかもしれない。ただ、あの時は沢山の人々がいたからな」
「確かにそうですね」
私は納得しながらもつい過去を思い出してしまう。旦那様が大きく息を吐かれた後に尋ねてこられたことで我に返るが。
「その……私と同い年ぐらいで眼鏡をして口髭を生やした対魔獣師団員は知っているか?」
「……はい。三年前に桜絡廊公園で亡くなられた方ですよね。何度かお礼を言う私達和国民に手を振って頂いたことが。あの、仲が良かったのですか?」
「……蟻塚 累は当時、同じ第二師団にいた親友であり、恩人でもあったんだ」
「それは……辛かったですね」
「ああ、ただ、それ以上に……いや、なんでもない。それより蟻塚を認識していたのだな」
「まあ、巡回の時にもいつもこちらに手を振ってくれていましたからね。私一人の時でも」
「そうか、一人の時も……。そういうこともしていたのだな、あいつは……」
「旦那様は知らなかったのですか?」
「当時の私は単独行動を許されていたからほとんど部隊にいなくてね……」
「お強かったのですね」
「いや、前に話しただろう。私は問題児だったと。まあ、既にあの当時は蟻塚や……皆のおかげでまともになっていたが、やはり上層部は単独で動ける者が欲しかったらしく私を含め何人かは許可されていたんだ」
「そうだったのですね」
私は納得して頷く。
しばらくして再び昔の事を思い出していたが。旦那様がどこかにいなかったかを。
記憶の中のどこかに……
まあ、対魔獣師団は帽子を目深に被っている方が多かったので結局は見つけることは出来なかったのだけれど。
亡くなられた蟻塚様の姿以外は。
私は目を細めながら桜絡廊公園の方向を見つめる。手を振ってこられた蟻塚様の姿を思い出しながら。
すぐに旦那様の方に顔を向けてしまうが。
「蟻塚は誰よりも優しい男だった。生きていたらきっとあいつの方が相応しかったのだろうな……」
そう仰ってこられたので。
相応しい?
私が思わず首を傾げると旦那様はゆっくりと頭を振る。
「いや、なんでもない。さあ、帰ろう」
そして私の背中に優しく手を添えられたのだ。ただ、その手はゆっくりと下ろされるが。偶然にも父と出会ったから。
まあ、すぐこの時間のこの道は父にとっての通勤経路であったことを思いだしたのだが。
「おや、優月に……それに九条様も」
「お父様、ご苦労様です」
「お久しぶりです。宗方様」
「九条様、私に様はいりませんよ。それより今日は二人で川沿いを散歩ですか?」
「……ええと、先ほどまで近くの貴金属店に」
旦那様はそう仰り視線を向けてきたので私も頷く。
「大切な贈り物を選んでいたのですよ」
「大切な?」
父がそう尋ねてきたので私は早速、購入したものを見せる。
「洋式の贈り物だね。いったい誰にだい?」
「ふふ、お父様にです」
「私にかい?」
「はい。だから開けてみてください」
「わかった。しかし、なんだろうね……。ほお、これはこれは。幸せを形どったものが入っているね」
父はそう言って四つ葉のピンバッジを袴に付ける。そして、こちらに笑顔も。
もちろん私は目を細めながら頬を緩ませるが。それは旦那様も。
「とても似合っています。宗方殿」
「ええ、よく似合ってます」
「ふむ。これは幸せが早速、運ばれてきたようだ。ありがとう優月、そして……婿殿」
そう言って喜ぶ父に私は胸を撫で下ろす。
ただし「婿殿……」と呟く旦那様の様子に気づきすぐさま口を開くが。
「お父様、これからお仕事ですよね。では、これ以上引き留めてもいけませんし私達もそろそろ帰りますから」
「ふむ。では気をつけて帰るんだよ。何せ魔獣が……ああ、そちらは問題ないか」
「ええ、なのでお父様の方こそお気をつけて下さい」
父は「わかった」と頷くと私達を交互に見つめ満足そうに去っていく。ただ、その後ろ姿に私は少し胸が痛くなってしまうが。
いや、これで良かったのだとも。
お父様と、そして旦那様のことを考えると……
私は視線を地面に落とす。それからいまだに何か呟かれている旦那様に「戻りましょう」と伝え、匙裏さんが待機している場所へと歩き出したのだ。
◇
「どうでしたか? 良いものは選べましたか?」
車に乗り込みしばらくすると匙裏さんが早速、旦那様に尋ねてこられる。もちろん指輪のことを。ただ、旦那様は窓から見える景色を眺めているだけで答えられなかったが。
いいえ、考えごとをしていて聞こえてない感じかしら……
横目で見ていると匙裏さんも何か察したのか今度は私に尋ねてこられる。先ほどとは別の質問を。
「奥様、あの貴金属店ですが……弥勒橋が見えなかったでしょうか? その、ええと……」と、なぜか、言葉を濁してこられも。
まあ、少し考えた結果、察することができたけれど。三年前の弥勒橋近くで魔獣に襲われたことを思い出して私が怖い思いをしていないだろうかと。
「もちろん大丈夫でしたよ」と笑顔で頷くが。
何せあの場所は私にとって特別だから。私を助けて下さった対魔獣師団員との。要は恐怖以上に感謝の思いが強い場所なのだ。
そう思っていると先ほどの旦那様の言動を思い出す。もしかして匙裏さんから聞いていたのだろうかと。
ただ、匙裏さんは言葉を濁していたのでおそらく話してはいないだろうと判断したが。それに、そもそも知っていようが知らなかろうが私が気にする必要はもうないとも。
次に来る時は私ではなく旦那様が愛する人が一緒だろうから。
そう思っていると匙裏さんが安堵した表情で仰ってこられる。
「それは良かった。それなら次回は完成したものができているでしょうね」
「ええ、きっと……」
すると匙裏さんは満足そうな表情で運転に集中される。きっと旦那様と愛する人の未来を思いながら。
だからこそ私もあらためて思うことにしたのだ。先ほどの匙裏さんの質問も心配半分で私がきちんと役に立てたのだろうか気になっていたかと。
残念ながら私は何もしていないけれど。いや、むしろそれで良いのだけれど。
旦那様と愛する人のためには絶対に……
私は物思いに耽る旦那様を一瞥する。それから購入した犬鬼灯の花が装飾された指輪にそっと触れるのだった。




