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夢、希望、理想、そして現実

 王国に夜の帳が下りた。

 いつも見ていた空はかなり遠くに移動している。

 雲は厚く、月明りは無い。星一つ見えない空をレインは眺めていた。

 

 アクリスはもうすでに寝ているし、王国全体も静かになっている。

 ただこの王城を除いて。

 二十四時間体制で護衛をしているので王城にいる人間が全員寝る時間は無い。

 

 王城の一角。管理の行き届いた庭でレインは寝そべっている。

 色々あった、あり過ぎた一日だった。

 考えることがあり過ぎて逆にその脳みそは冷静になっている。

 そんなレインの横に足音を出さないで歩いてきたソフィアが座る。


「寝れない?」


「うん」


「やっぱり、そうだよね。私も」


 それは幾分か落ち着ける場所だった。

 二人の鼻孔をかすめるのは今までに嗅いだことのない花の匂い。

 今まで住んでいた場所は森であってもここに生えているような花は無かった。

 それは大気中に存在する魔素の濃度の違いによるもの。

 かつて先住民は魔物から身を守るために魔素の薄い場所に家を作った。

 魔素が濃い場所にはより強い魔物が生まれる。かつ、魔物が寄ってくるからだ。

 その象徴が魔界である。ただ、魔界に生まれるのは魔物ではなく、知性も力も持った魔人であるが。

 そして前までの家は魔界に近く魔素が濃かったのでここにあるような花が生えなかった。


「何で護衛の仕事受けたの?」


 単なる疑問。

 ただその声は怒っているようにも、悲しんでいるようにも、絶望しているようにも聞こえる。


「何でって、別に。ただあの人の夢が叶ったらいいなって思っただけ」


「みんな平等の国ってやつ?無理でしょ。どう考えても」


 ソフィアはそう冷たく現実を突きつける。

 が、どんなに冷たくてもそれは正しいし、レインも同じ考えを持っている。

 だからこそ見たいのだ。彼女が作る国はどうなるのか。

 どうやって平等にするのか。それで誰が救われるのかを。

 もう二度とかつての友のようなことが起こらない国が誕生するのか。

 見たいのだ、そんな理想郷を。望んだのだ、その現実を。


「正直、私はあいつらと同じ国で暮らすなんて無理」


 あいつらとは魔人の事。

 他の国に住むという選択肢は勿論ある。

 だが今は、そんな選択肢すらない。ただの一本道なのだ。


「もういっそ、魔人たちを皆殺しにしてやりたい」


 それは本来言うはずじゃなかった本音。


「ダメなんだ、それは。それだけは」


「何でよ」


「同じだから、あいつらと。無意味に命を奪う奴らと」


「無意味?あいつらを殺すことが?もう、ママみたいに殺される人が居なくなるんだよ?これのどこが無意味だって言うの!」


「魔人を滅ぼしたら本当に母さんみたいに死ぬ人が居なくなるのか?人間だって人を殺すさ」


 ソフィアは黙ってしまう。真っ向から自分の意見を否定され、相手の方が正しいと思ってしまったから。

 彼女だって薄々分かってはいた。だが考えたくはなかったのだ。それくらいどうしようもなく憎かったのだ。

 それでも声を震わせながら言う。


「いやだよ、もう。ママもパパも遠くに行っちゃったのに、レイもどこかに行っちゃうのは。いやだよ」


 レインが見た彼女の瞳は溜まった雫がギラギラと輝き、今にも落ちてきそうだった。


「どこかに行くわけじゃないさ。ただ、あの人の傍にいるって言うだけ」


 二人の会話は一度止まる。

 何となくではあるが二人とも違和感を覚えたのだ。

 言葉には表せない、小さな小さな違和感。

 昨日置いた物が朝起きたらほんの数ミリずれてる。そんな違和感。


「何だろう、なんか……」


「ああ、分かってる。なんか変だ」


 あたりに光は無いため周りはよく見えない。

 だがレインだけは見ることができた。その特殊な目で。

 固有魔法の一つ、エセンティア。

 それは多くの人間が感覚で行っている魔力を読むという事を可視化してみることができる。

 簡単に言えば大気中の魔素が見える。

 それは自分の魔力が行き届く場所なら距離は問わずどこでも見ることができる。

 それがたとえこの星の裏側であろうとも。

 

 固有魔法は一人につき一つしか持ちえない。

 ではなぜレインは二つも、二つ以上も持っているのか。 

 それは前世から持ってきたからである。

 死んでは生き返り、死んでは生き返り。

 それを繰り返した結果、一人で複数の固有魔法を持った人間が生まれてしまったのだ。


 レインはエセンティアで見て気が付く。

 この魔素が充満した場所である一か所だけ魔素が無いことに。

 それは人間の形をしていて、アクリスの部屋のベランダから中に入っていく。


「レイ?」


「悪い、ちょっと行ってくる」


 それだけ言うとレインは駆け出す。と言っても目的地には一飛びでついてしまったが。

 

 その「目」に映る魔素の欠けた場所を思いっきり殴る。

 剣を持っていたら切っていたであろうが生憎アクリスの部屋に置いてきてしまった。

 それは、鈍い音を立ててゴロゴロと床を転がる。

 そして固有魔法が解け、男が姿を現す。


 レイン自身、その「目」で固有魔法を見るのは初めてだったが一目で彼の固有魔法を理解した。

 どんな能力でどういう事が出来てどう成長するのか。

 それをソフィアとの戦いで使わないのは負けた気がするからである。

 本来すべては分からないはずの固有魔法をその「目」で見ただけで理解するなど。


 危機管理能力の高いアクリスはその鈍い音だけで目を覚まし臨戦態勢を取る。

 そして部屋の外で待機していた護衛も数人だが中に入ってくる。


「ご無事ですかぁ!アクリス様ァ!!」


(うるさ、時間帯考えろよ)


 レインは初めて見た顔の男が叫ぶ。

 今日、というかもう昨日だが馬車に乗っていた人たちはもう寝てしまっている。

 その人達と交代でこの人達が護衛を務めている。


「クッソ、邪魔しやがって」


 侵入しようとした男はそう悪態をつく。

 そしてもう一度姿を消す。レインが護衛の声のでかい男に気を取られている間に。

 気づいた時には消えていた。だがそれは些細な問題だった。

 もう一度エセンティアで見る。魔素の無い部分がアクリスに向かっていく。


(やっぱり狙いはアクリスだよな)

 

 そしてもう一度殴る。さっきよりは強いがそれでも死なないように自身の身体強化を弱めながら。

 ゴンッという音が二回。殴った時と床に打ち付けられた時。

 姿を現したその男はピクリとも動かなくなってしまう。


「え、死んだ?」


 レインはそう呟くが死んでいないのは分かっていた。

 その「目」で見えているから。

 護衛の人たちはそれを見てみんな間抜けな顔をする。

 それくらい信じられない光景だった。事実、ここに居る護衛だけでは守り切れなかっただろう。

 だがアクリスだけは納得したような表情で、レインを見つめていた。


「この人、どうするの?」


「聞きたいですか」


 アクシアは答える。指の爪を剥がすジェスチャーをしながら。


「いや、いい」


「わたくしも本当はしたくないのですよ?自国に返してあげたいです。でもお父様が許してくれないのです」


 彼女はしくしくと泣いたふりをする。

 言葉遣いも初めに会った時のものに戻っている。

 護衛の前では品格を保つためにこのような言葉遣いになるのだ。


(うさんくせー)


 だがそれでも事実なのだ。

 アクシアはこの男の様に無駄に傷つける事を嫌う。

 だからこそ、あのような夢を二人に話したのだが、それはこの王国では通用しなかった。

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