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笑わない男の、左手  作者: 柚木
Lと憧憬
19/19

”黒い嵐”との邂逅 1

 仲介屋は、いつになく上機嫌でルーカスにこう言ってきた。

「でかい仕事だぜ、金色の死神さんよ」

「またそう言って、チンケな仕事なんだろ、どうせ。あんたにでけえ仕事を回す奴の顔が拝みてぇよ」

「いや、これは本物だぜ」

 仲介屋が声を低める。

「ウェントワース男爵からのご依頼だ」

「……まじかよ」

 これにはさすがにルーカスも目の色を変えた。ウェントワース男爵と言えば、今最も羽振りのいい貴族の一人だろう。彼絡みの仕事とくれば、かなりの高額報酬が期待できる。金を持て余し気味のルーカスではあったが、ジュリアに出会ってからはそれなりに物入りな日々を過ごしていた。

「それは聞くしかねえな」

「そう来なくちゃな」

 仲介屋はにやりと笑うと説明を始めた。依頼内容は、殺人。ターゲットはブランドン・ガーティンという男。はっきりと顔の映った写真を見せながら、彼は言った。

「難しい仕事じゃねえ」

「まあ、そうだな」

「なのに、何でお前に頼んだかわかるか」

「よっぽど確実に消したいんだ?」

「だろうな」

 ルーカスは思案気に宙を睨む。

「ふうん……」

「どうした?」

「いや、俺も色気(・・)を出してみようかと思ってさ」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「おい」

 黒いコートに身を包んだ影が視界を横切った瞬間に、ルーカスは声を上げた。

「あんたが、“黒い嵐”?」

 道行く人々に聞こえるほど大きくもないが、小さくもない音量に、その人物は顔をしかめてこちらを見てきた。

 路傍のベンチに腰かけ、煙草をくゆらすルーカスを、“黒い嵐”は冷然と見下ろす。

 最凶の殺し屋、と噂に聞く男は、まだ少年と言っていい面立ちだった。ただ、その黒々とした茫洋たる瞳の奥に、自らの飼い慣らした狂気と同種の魔物の気配が感じ取れる。

「何の用だ」

 ルーカスの質問を鮮やかに無視して、彼は短く呟いた。

「あんたに頼める用事って、そんなに色々あんの?」

 ルーカスがからかうように言うと、

「ない」

と、にべもない答えが返って来た。

「だよねえ」

「俺は忙しい」

 お前の相手をしている暇はない、ということか。

「殺し屋殺しって楽しい?」

 ルーカスの言葉に、初めて少し、黒い魔物が目の中で揺れた。

「一匹狼も結構だぜ? けど、あんたもちょっとは自分の身を守ることを考えた方がいい」

「忠告のつもりか」

「ああ、悪いか?」

 胡散臭そうに“黒い嵐”はルーカスを見る。

「俺のこと、知ってる?」

「……金色の、死神か?」

 渋々といったふうに吐き出された言葉は、疑問形だった。

 ルーカスは、舌なめずりする魔物を押しとどめ、にこやかに言った。

「いかにも」

 金色の風は、漆黒の魔物を刈れるのか。

「黒い死神さん、俺と組んでみない?」

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