私たちが殺しました
以上が、新宿区のアパート密室殺人事件についての覚書として、出来る限り客観的にまとめたものになります。
とはいえ、文才などない人間が手慰みに書いたものですから、見るに堪えないものかもしれません。
この事件で、私は自分の正義を貫くことの大事さを痛感いたしました。出水先輩が違法行為に手を染めてまで自分の信じる正義を一貫したからこそ、裁けなかったはずの美田を裁くことができたのですから。
私も本当に感謝しております。
正直なところ、私はあの事件の日、心の底でどうしようもなく湧き上がってくる罪悪感に苛まれ、こんなことをして本当に良かったのかと半信半疑でした。そんな私に道を示してくれたのが、他ならぬ出水先輩だったのです。
法を犯しても自らの正義を示す先輩の姿勢に感銘を受け、私は自分のした行動に自信を持つことが出来ました。
本来なら、このことは墓場まで持っていくべき秘密なのでしょう。ですが、そのような恩義を持つ私としては、先輩にだけはこのことをお知らせするべきだと考えておりますし、先輩なら私の行為に理解を示していただけると信じております。
とはいえ万一のことを考え、これは先輩が警察を退職されるであろう頃――私や練人の行為が時効を迎えた暁にお渡しするつもりです。
私と勅使保――折尾練人は、幼い頃からの親友でした。
彼の父親が殺されたことは、私よりも当時既に刑事だった出水先輩の方が詳しいことでしょう。あの事件のせいで彼は天涯孤独の身となり、孤児院で暮らすことになりました。その頃の彼の悲痛な表情と、そんな彼に対してなんの力にもなれなかった自分の無力さは、今でも心に傷跡となって残り続けています。私が警察官を志したのも、この傷が原因だったに違いありません。
勅使保一家に引き取られたのは、彼が小学校三年生のことです。それがきっかけで彼は遠方に引っ越すことになったものの、私とは文通を続けておりました。
そうしているうち彼が、自分の家族を崩壊させた原因である強殺事件の犯人を、自分の手で突き止めようとしていることがわかりました。どうにかして彼の力になりたかった私は、喜んで彼に手を貸すことに決めました。聞き込みやら尾行やらやりましたが、丁度中学生ぐらいのことですから、明智小五郎の少年探偵団のようで不謹慎ながらどこか楽しくさえ感じることもありました。
状況が進展し、犯人の一人の正体が目賀の可能性に行き当たったのは、高校の頃でした。既に上京していた練人が、強盗犯の盗難車の入手ルートから彼の顔を知ったのです。逃走に使われた盗難車は、違法なカーディーラーが密輸したもので、警察がその会社を調べても会社は必死に隠し通したのですが、彼はひっそりと裏社会でコネを作り、どうにかしてそこから聞き出したのです。顔がわかれば、後は早いものでした。目賀も強盗するまでは一般人だったわけですから、裏の人間とかかわると目立ちます。練人は彼の情報を次々明らかにしていきました。
私も彼の力になれるかもしれないと、高校卒業後に東京の警察学校に通いました。何の因果か、私の配属先はまさしく彼のアパートが管轄内の交番だったのです。天が私たちに復讐せよと告げているのだと感じました。そのことが練人を殺人に至らしめる契機となったのは間違いありません。
目賀の住居を突き止めた彼は隣室に引っ越し、聞き耳を立てて情報を集め、時効を迎えるその日に、共犯者がアパートへやってくることを知りました。その日が彼の凶行の日になるはずだったのです。ところが、打ち上げが一段落したであろう頃に天井裏から彼の部屋に侵入したその時、彼は異常に気付きました。
徹底的に目張りされた窓や玄関、泥酔していびきを立てている美田に、床に転がった日本刀、トイレに続く点々と垂れた血痕。日本刀を持った彼がトイレの扉を開けると、目賀は心底驚いていたと聞きました。鍵を掛けていなかったのは、美田が寝ていて起きないと油断したからでしょう。
彼は証拠品をタンクに隠し、丁度真明寺探偵が説明した例の仕掛けで自分の首を刎ねようとしているところでした。それに気付いた練人は、慌てて彼の身体を引っ張り、ギロチンから救出します。間一髪のところで、仕掛けだけがトイレに流されていきましたが、練人としては見逃すつもりはありません。彼は何があったのかを目賀から聞き出し、計画の全貌を知りました。そののちに自分の手で、その日本刀で彼の首を切断したのです。
しかしそこで、騒ぎを聞いて美田が目を覚ましました。彼は鍵を掛けてトイレの中に隠れたのですが、慌てていたため日本刀をトイレの外に置いてきてしまったのです。この状況では返り討ちに遭う可能性があるため、美田の殺害は断念したそうです。しかし目覚めた美田もまた現場の異常事態に気付き、真っ先に嵌められたと悟ったようで、慌ててトイレの扉を叩いて目賀を呼んでいましたが、すぐにそれも止んでなにやらバタバタと忙しなく動いていたようです。この時に自分のいた痕跡を隠滅したり、浴室で硫化水素ガスを発生させたり、窓ガラスからの脱出と密室の再構成をしたのでしょう。
彼がいなくなって静かになった丁度その頃に、通報を受けた私たちが現着しました。
練人は慌ててトイレから出て、天井裏から自分の部屋に戻ろうとします。窓から部屋を覗いた時、私と彼は目が合いました。パートナーの警官は塀に上らず、下から見上げていただけだったのが幸いでした。その時にことのあらましをざっと彼から聞きました。聞き込みのときに彼の調子が悪かったのは、このときにガスを吸ってしまったせいというわけです。
私のほうは辻褄合わせのために、室内に押し入った際、現場のトイレに鍵がかかっていると虚偽の報告をいたしました。消防隊が扉をこじ開けるのに夢中になっている間に、私は天井裏の扉の鍵を掛け、貼られていたガムテープを押し付けて目張りを元に戻し、彼の侵入した痕跡を消したのです。皆、視界の狭いガスマスクを付けていたので、私の行為に気付く者はいませんでした。
これが私の抱えていた秘密――あの事件の日のことの顛末だったのです。




