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時間切れの真相  作者: 東堂柳
新宿区アパート密室殺人事件
4/8

事件解決?

「ところで、ガイシャのPHSは部屋ん中から見つかったか?」

「え――いや、PHSですか?」


 急な問いかけに若い刑事は狐につままれたような顔になったが、出水が指令本部に通報者の番号を問い合わせ、それが〇七〇で始まる番号だったことを聞かされると、得心がいったらしかった。


「本部に問い合わせたんですか? だったら先に教えてくださいよ」

「それ言う前にやれ事情聴取だ報告だ、始めたのはどこのどいつだ?」


 今日四発目の拳が飛んだ。やり取りを傍から見ている若い警官も、痛みが飛び火したかのように顔を顰めた。


「しかし、番号が違うなら犯人が被害者のふりをした可能性もあると思うのですが。先程の密室トリックの件でも、警官に来てもらって窓を割ってもらわないといけませんから、犯人がかけたと考えた方が自然な気がします。被害者のものと断定はできないのでは――」


 痛みに耐えている刑事に代わって、その警官が出水に尋ねる。


「その可能性もなくはないが、犯人が自分で警察にかける必要はねえだろ。別に一刻も早く割ってもらいたいわけでもなし。むしろ逃げる時間を考えたら、少しでも通報は遅らせたいもんだ。噂好きの大家のばあさんがいるんだから、そのうち異変に気付いて通報するかもしれねえしな。だが通報は死亡推定時刻とほぼ一致してる。それに犯人がかけるにしろ、ガイシャのふりをする必要もない。殺したと名乗り出ればいいだけだ。ガイシャのふりをして通報する理由としては、犯行時刻を錯誤させることが考えられるが、これも今言ったことから違うとわかる」

「しかしそうだとして、被害者はどうして関係のない携帯電話を手に持っていたんですかね。殺されそうになっているというのに、それこそそんなことをする必要があるんでしょうか」

「これは俺の勘だがね。この携帯電話はダイイングメッセージじゃねえかと思う。ガイシャは通報に使った電話とは違う携帯電話を手に持つことで、もう一つ他に電話があると俺たちに知らせようとしているんだとな。それがまだ部屋から見つかってねえってことは、ガイシャが隠した可能性が高い。通報では使ったのに隠してるっつうことは、これはもう捜査に来た警察に見つけてほしいって言ってるようなもんだろ。犯人に繋がる手掛かりが残っているかもしれねえ」

「既に犯人が持って行ってしまったかもしれないじゃないですか」


 と文句を垂れたのは若い刑事の方だ。先の三発のダメージも蓄積しているのか、まだ頭を擦っている。


「だとしたら、ガイシャが手にしてた携帯も持っていくはずだろう。仮にそっちに犯人の情報が入っていなかったとしても、中の確認くらいはするはずだ。だが、携帯に血が飛び散ったままってことは、被害者が手にした時のままってことになる。凶器に指紋が残っていなかったことから見ても、犯人は携帯を触る際に指紋を付けないように気を付けるはずだ。となればこちらにも拭き取った跡か、手袋で触って血が擦れた痕跡が残っているはずだろう」

「確かに、そうした跡はありませんでした。

 わかりました。早急に室内を探してみます」

「その必要はねえんじゃねえか」


 収納ダンスに勇み足を向けた彼を出水が止める。


「は――?」


 またしてもキョトンとする刑事に、出水は溜息を吐いて床の血痕を示した。居間から点々と続く血痕はトイレの中に続いている。


「この跡から見ても、ガイシャは居間で刺された後にそのままトイレに移動し、そこで絶命してる。つまりその移動経路のどこかにあるはずだ。一番可能性が高いのはトイレの中だろうな。扉を閉めれば一時的にでも犯人の視界を遮ることができる」


 トイレの中で物を隠せそうな場所と言うと、上部に設えられたトイレットペーパーが詰め込まれた戸棚か、トイレのタンク、携帯電話ほど小さいものなら、ブラシやウェットペーパーを閉まっているケースの中か。


「ここまで限定できれば自ずと察しはついてくるだろうが、ついでに言うとガイシャは俺たち警察にだけ見つけてもらいてえんだ。そのための手がかりがあるとするなら一つだ」


 そう言って、出水はトイレで写真を撮影していた鑑識に声をかけた。


「おいそこの若いの、トイレのルミノール反応は確認したか?」

「えっ……いえ、血が拭き取られた痕跡がないので必要ないかと思ったのですが……」


 突然出水に声をかけられドキリとしたらしい彼は、気まずそうな顔に消え入りそうな声である。


「ちょっとやってみてくれねえか、悪いな手間かけて」


 鬼の出水にそこまで言われたらやらないわけにはいかない。彼は慌てて道具を手にしてルミノール液を吹きかけ始めた。そうして五分ほどすると、もっと慌てた様子でトイレから出てきた。

 出水を呼び寄せ、中に招き入れる。若い刑事と警官も、出水の肩越しに中を覗き込んだ。


「これ、被害者の手の跡ですね。丁度指紋が検出された場所と一致します」


 照明を切ったトイレの中で、鑑識の彼がブラックライトを照らしたそこには、確かに掌紋がぼんやりと青白く浮き上がっている。


「なるほど、被害者は一旦腹部を刺されたときの血で手形を付け、トイレットペーパーか何かで綺麗に拭ったんですね。そうすれば鑑識が調べたときにこのメッセージに気付いてくれると信じて。ところが首を斬られたとき、その上から血がかかってしまった」


 警官は唸るように声を上げた。


「そうだ、灯台下暗しとはこのことだな。これだけ大量に血が飛び散っているのに、血を拭うなんて意味のないことをするはずがないし、ましてや血痕の下にさらに見えない血痕があるとは、普通なら考えない。とはいえ、芦菜なら気付いていただろうな」


 危うく証拠を見逃しそうになった鑑識の男は項垂れているが、出水は彼の肩をポンと軽く叩いた。


「まあこれに懲りて、次からは念入りに調べることだな」


 鉄拳を飛ばすどころか優しい言葉をかける出水の理不尽さに腹を立てたらしく、刑事は睨みを利かせた。とはいえ、出水にそんな視線を投げかける度胸はないらしく、とばっちりは鑑識の男に向かっている。偶然にも目線がかち合って、気まずそうにきょろきょろと辺りを見回して誤魔化していたのを見て、若い警官は吹き出しそうになるのをやっとの思いで堪えていた。

 背後でそんなやり取りなど知る由もなく、トイレのタンクを開けた出水は、その中から密封袋に入ったPHSを見つけ出していた。袋にはさらに思わぬおまけが付属していた。


「拳銃ですか」


 気まずさを誤魔化そうと、ここぞとばかりに刑事が声を上げる。


「ああ、まったく意外な収穫だな。それにこのPHS、カメラ付きの最新機種だな。犯人の顔でも撮ってくれてれば御の字だがな」


 袋の上からボタンを色々押してみて、出水はあるメモを見つけたようだ。

 見せてもらったその内容は、以下のようなものだった。


 *


 私を殺したのは美田末吉みたすえきちという男です。免許証の写真はこの携帯で撮影してあります。この男は、十五年前の消費者金融強盗殺人事件の犯人の一人でもあります。そしてもう一人はこの私です。

 当時の私は金に困っていました。妻に託された娘は重い病にかかっており、医者の話では十年はもつだろうが、成人するまでとなると生きていられるかどうかということでした。娘の病気を治療するには、海外で手術を受けさせなければならず、当然保険も効きません。八千万円の手術費用は、私にはとても高すぎました。方々を尋ねて回っても私の伝手では微々たる金額しか集められず、切羽詰まった私が金融会社に窃盗に入る考えに至るのに時間はかかりませんでした。何をするにも一人では限界があります。そこで仲間を探したところ、話に乗ってきたのが中学時代の同級生である美田という男です。昔からギャンブルに目がなくて金遣いの荒い男で、金のためなら手段を厭わない奴でした。

 入念な下調べで警備の甘い会社を選び、必要な道具を集め、完璧な計画を練り上げたつもりでした。誰も傷つけることなく盗み出すことが出来ると思っていました。ところがあの日、何故かいつもと警備のスケジュールが違っていたのです。盗みを終えた私たちは、現れた警備員と鉢合わせしてしまいました。当然覆面はしていたので、焦らずに別の逃走経路から逃げればよかったのですが、慌てた美田は自分で勝手に用意していた拳銃を発砲してしまったのです。暗かったものの、警備員に命中したのは判りました。折尾という名前で、奥さんと娘さんがいること、あの後すぐに亡くなったと知ったのは翌日のことです。

 愕然としました。これで私は窃盗犯ではなく、強盗殺人犯になってしまった。七年のはずの時効が十五年です。娘の病がそれまで待ってくれるかどうか判りません。私は何度も美田に早く金を使わせろと迫りました。いかに奴でも捕まることは避けたいわけで、断固として譲歩しようとしません。結局私には祈りながら待つしかありませんでした。

 しかし、病というのは冷酷なものです。私のそんな祈りなど何とも思わず、娘は十一歳で亡くなりました。

 それから、美田はみるみるうちに付け上がるようになりました。私に金を工面する必要がなくなったのだから、盗んだお金を総取りさせろと言ってくるようになりました。最初は冗談めかしていたものの、次第にあれは全部自分の金であるのが当然であるように思い込むようになっていったのです。時効も待つことが出来なくなっているのか、最近では危ない仕事に手を出しているとも聞きます。鬼気迫る勢いで、こうしているうちにも私は自分が殺されるのではないかと不安でたまらないのです。

 今日、私は彼とともに時効を祝って簡単な打ち上げをするつもりです。そのあとで隠し場所からそれぞれの分のお金を取り出す予定になっています。そこで殺されるようなことがあっては、死んでも死に切れません。私は奴を許すことが出来ないのです。軽薄なあの男の行為で、私の娘の手術は間に合いませんでした。その報いを受けさせなければならないのです。

 これを読んでいる警察の方、どうかお願いです。美田を逮捕してください。そして然るべき罰を与えてください。

 同封しているのは美田が折尾さんを殺害したのに使用した拳銃です。奴の指紋が付着しています。これが証拠になるはずです。


 *


 とんでもない事実に加え、犯人の手掛かりはおろか名前も顔も、素性という素性が詳らかに記された告白文の存在は、事件を一瞬にして解決に導いた。殺人事件の物的証拠こそなかったが、十五年前の強盗殺人事件の証拠としては申し分なく、出水はすぐさま本庁に連絡を入れ、美田末吉を指名手配した。日本の警察というのも優秀なもので、それから間もなくして彼は成田空港で身柄を確保された。その時美田は鞄の中に飲みかけの日本酒の酒瓶と幾つかのつまみ、ガラスカッターに加えて、大量の貴金属を所持していた。

 彼はそのまま警察に連行された。ただし密室殺人事件の重要参考人として、である。彼が確保されたとき、既に零時を五分回っており、十五年前の事件の時効は成立してしまっていたためだ。

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