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30.そして幸せになりました

 国王陛下と王妃として、わたくしとルシアン様にはたくさんの仕事があった。

 ルシアン様は、アマーリエ様が亡くなってから抜け殻のようになった国王陛下を黙らせて、ギヨーム殿下とデュラン殿下が内政を行って傾けてしまった国を建て直すのに必死だった。わたくしは元デュラン殿下の王子妃だった隣国の王女殿下と共に、周辺諸国にも協力してもらって奴隷の開放を進めていた。


 少しずつ国が立て直ってきて、奴隷も順調に解放されて家に帰されている中、兄のマティアスが結婚をすることになった。

 兄の花嫁は、ギヨーム殿下の元王子妃の末の妹だった。

 ギヨーム殿下の評判の悪さのせいで、王子妃である姉も責められていて、ギヨーム殿下と姉が離縁するまでは結婚はしないと決めていたようだ。


 わたくしの五つ年上の兄と同じ年だというから、年齢的にもちょうどいいだろう。


 兄の結婚式に、わたくしはルシアン様と一緒に出席した。

 そこにはギヨーム殿下の元王子妃も参加していた。


「離縁する前には本当にお世話になりました」

「その後いかがですか?」


 話しかけてきた元王子妃に、わたくしは問いかける。


「侍女も証言をしたことで心に区切りがついたようです。息子は侯爵家で教育を受けさせていますが、とても優秀で、将来は立派な王族となると思います」

「それはよかったです」

「わたくし、ギヨーム殿下との子どもとして、あの子を養子にすることにしました」

「養子にされるのですか!?」

「わたくしは目の前で乱暴される侍女を救うことができなかった。わたくしにできることは、あの子を養子としてしっかりと育てることだと思うのです」


 元王子妃はギヨーム殿下と侍女との息子を、自分の子どもとして養子にして育てることを決めたようだった。王族とはいえ、侍女との間の子どもで、後ろ盾も何もなかった侍女の息子にしてみれば、それが一番いいのかもしれない。


「もちろん、侍女から引き離す気はありません。子どもは侍女とわたくし、二人の母親を持つような形にします」


 立派な志を聞いて、わたくしはいつか侍女の息子が王族として迎えられるときも、心配はないだろうと胸を撫で下ろしていた。


「お兄様、おめでとうございます。お義姉様、これから兄をよろしくお願いします」

「ありがとう、リュシア」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします、リュシア殿下」


 兄と元王子妃の末の妹君……わたくしの義理の姉になった方に挨拶をすると、微笑んで挨拶を返される。


「義兄上、おめでとうございます。義姉上、これからよろしくお願いします」

「ルシアン陛下、ありがとうございます」

「国王陛下に祝っていただけて嬉しい限りです」


 ルシアン様も挨拶をしていた。

 兄も義姉も幸せそうで、わたくしは素晴らしい結婚式だったと感動して王宮に戻った。


 王宮ではわたくしの乳母とルシアン様の乳母が、猫の世話をしながら待っている。

 なんと、ルシアン様が乳母に預けた猫はまだ元気に生きていて、ルシアン様の乳母はその猫と、その猫が産んだ子どもたち三匹と、その子どもたちが産んだ孫たち四匹を連れて来たので、王宮は猫に溢れてしまったのだ。

 総勢八匹の猫が王宮で飼われることになった。

 まさかそんなに増えているとは思っていなかったのでルシアン様も驚いていたが、ルシアン様が乳母に預けた猫はルシアン様のことを覚えていたのか、すぐにルシアン様に懐いたので、ルシアン様はその猫がかわいくてたまらない様子だった。


 王宮には猫のための部屋までできてしまった。


 最初にルシアン様が飼っていた猫は真っ白だったが、その猫が産んだ猫たちは所々模様があって、孫に至っては柄があるものまでいて、猫の見分けは容易についた。


「ルシアン陛下がご立派になられて、わたくしは本当に嬉しいです」


 王宮に戻ってきてくれたルシアン様の乳母は、泣きながらルシアン様の手を握り締めて言った。


「幼いルシアン陛下をお一人で離宮に置いてきてしまったことを悔いない日はありませんでした。けれど、わたくしはどうしてもギヨーム殿下が怖かった。お許しください」

「ぼくの方こそ許してほしい。幼くてあなたを守れなかったことを」

「ルシアン陛下が謝ることはありません」

「これからは何があろうとぼくが守る。どうか、ぼくの子どもができても、そばにいてほしい」


 幼かった寂しい日を産めるように乳母に言うルシアン様に、乳母は何度も頷いていた。


 そして、秋。

 わたくしとルシアン様が最初の結婚式を挙げてから二年が経った。

 わたくしのお腹には、新しい命が宿っていた。


 医者の診察を受けて、そのことを知ったとき、わたくしは驚きと喜びで泣きそうになってしまった。付き添ってくれていたルシアン様は、泣きそうを通り越して、ほろほろと涙を流していた。


「リュシア姉様のお腹にぼくの赤ちゃんが……」

「ルシアン様、呼び方が戻っています」

「今だけは許してください。あぁ、なんて嬉しいのでしょう」


 わたくしを抱き締めて涙を流すルシアン様に、わたくしはまだ膨らみのないお腹を撫でて苦笑する。


「お父様は泣き虫のようですよ」

「そうですよ。ぼくはリュシア姉様の前ではずっと泣き虫でした」


 拗ねたように言うルシアン様に、そうだったと思い出す。ルシアン様が安心して感情を開放できる場所は、いつもわたくしの前だけだったのだ。


「ルシアン様、義父上に報告に行きましょう」

「そうですね」

「お父様とお母様とお兄様とお義姉様にも、報告の手紙を書かないと」

「はい」


 わたくしの妊娠が分かって初めにしたことは、義父上の住んでいる離れの棟に報告に行くことだった。

 わたくしの手を引いて、ルシアン様が小さな段差もものすごく気を付けてわたくしを導いてくださる。

 庭に面したベンチで日光浴をしていた義父上は、わたくしとルシアン様が急に訪ねてきたことに驚きつつ、離れの棟に招いてくれて、お茶をご馳走してくれた。


「父上、実はリュシアが妊娠しました」

「本当か? リュシア、くれぐれも体を大事にしてほしい」


 懇願するように言う義父上は、亡くなられたルシアン様のお母君のことを思い出しているのかもしれない。

 出産は命懸けになるかもしれない。

 それはわたくしも心に刻み付けた。


「ありがとうございます。無事にこの子を産めるように気を付けます」

「ルシアンとリュシアの間に赤ん坊が……。めでたい。本当にめでたい」


 涙を流して喜んでくれる義父上は、ルシアン殿下との距離もかなり縮まってきているように思えた。

 わたくしの両親と兄と義姉に手紙を送ると、すぐに返事が戻ってきた。

 みんなわたくしの妊娠を喜んでくれていた。


 ルシアン様は十九歳になって、わたくしが二十二歳になるころには、わたくしとルシアン様には新しい家族が増えているだろう。


「男の子でしょうか。女の子でしょうか」

「どちらでもかわいいと思います」

「リュシアに似ていればいいのですが」

「わたくしは、ルシアン様に似ていればいいと思います」


 二人で話しながら、ルシアン様とわたくしは、生まれてくる赤ちゃんについて考えていた。


「名前はどうしますか?」

「ルシアン様が考えてください」

「どうしましょう。男の子か女の子かも分かりません」


 真剣に悩んでいるルシアン様に、わたくしはくすくすと笑いながら提案する。


「男の子だったときと、女の子だったときの名前の候補を考えておけばいいのではないですか?」

「でも、顔を見たら違うと思うかもしれません」

「そのときには、考え直せばいいのですよ」


 わたくしにとっても、ルシアン様にとっても、初めての子どもである。

 期待もあるが不安も大きい。


「無事に生まれてきてくれれば、ぼくはそれ以上のことは何も望みません。リュシアも赤ちゃんも無事でさえあれば」


 祈るように呟くルシアン様に、わたくしは静かに頷いた。


 翌年の初夏、わたくしは元気な男の子を生んだ。

 ルシアン様は涙を流して喜んでくださった。


「泣き虫なお父様ですね」

「リュシアも赤ちゃんも無事だったのです。泣いて喜ぶ以外にないでしょう」


 六歳で出会ったときから、ルシアン様はずっとわたくしの前では涙を見せてきた。

 生涯これは変わらないだろう。


 国民の前では立派な国王陛下でも、わたくしの前では弱さを見せられる。

 ルシアン様のそんなところも含めて、わたくしは深く愛していた。


これでこの物語は完結です。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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