28.やり直しの結婚式
春、王宮の春薔薇が咲き乱れるころに、わたくしとルシアン様のやり直しの結婚式は行われた。
それは、わたくしの二十一歳の誕生日だった。
本来ならばルシアン様とわたくしは、十八歳と二十一歳で結婚するはずだったのだ。
それを、ルミエール公爵家の財産目当てに、ギヨーム殿下とデュラン殿下が無理やりに二年も早めてしまった。
そのせいでわたくしは王家のしきたりだと言い聞かされてサイズの合わないデザインも気に入らないドレスを着せられて、誓いの言葉も決められた文句に「誓います」というだけで、誓いの口付けも手の甲という酷い結婚式をさせられた。
その上、初夜にはルシアン様から「愛することはない」などという冷たい言葉を聞かされて、ルシアン様の愛情を疑ってしまう事態に陥ってしまった。
あれから二年近く、やっとわたくしはやり直しの結婚式を行っている。
襟が高くて首が詰まった上品な胸で切り替えのある純白のドレスを着て、銀糸の刺繍が入ったヴェールを被って、同じく銀糸の刺繍が入ったタキシードを着たルシアン様と王宮の庭で向かい合っている。
最初の結婚式は王宮の大広間だったが、参列者も少なく、晩餐会すら開かれなかったので、わたくしはあの結婚式はなかったことにして、明るい春の庭でのガーデンパーティー形式の結婚式を挙げてもらうことにしたのだ。
参列者はわたくしの両親と兄と、ルシアン様の父上という少なさだったが、家族に見守られての結婚式がわたくしにとっては何よりも嬉しかった。
父にエスコートされてルシアン様の横まで連れてきてもらって、わたくしはルシアン様と並ぶ。
最初の結婚式は王家で決められた文句に「誓います」というだけだったが、今回は違う。
まず、ルシアン様が誓いの言葉を述べられた。
「ぼく、ルシアン・ノワレは、リュシア・ルミエールを愛しています。六歳のときにリュシアは兄たちに苛められて泣いていたぼくを助けてくれました。その日からリュシアは、ぼくにとってかけがえのないひととなりました」
そこで言葉を切って、ルシアン様がわたくしの両親を、兄を、義父上を見回す。
「王宮で兄たちに冷遇されていたぼくの唯一の救いは、月に一度のリュシアとのお茶会でした。お茶会の場でぼくが弱音を吐いても、涙を流しても、リュシアはぼくを受け止めてくれました」
ルシアン様の誓いの言葉はまだまだ終わらない。
「リュシアと十六歳で結婚したとき、ぼくは未熟な子どもでした。兄たちからリュシアを守ろうと思って遠ざけてリュシアを傷付けてしまいました。それでも、リュシアはぼくのそばを離れず、ぼくと共に兄たちと戦ってくれました。ときにギヨーム兄上に乱暴されそうになっても毅然と立ち向かい、ときにデュラン兄上に髪を要求されてもそれを受け入れてデュラン兄上から奴隷取引の証拠を引き出す手伝いをしてくれて、リュシアのおかげでぼくはギヨーム兄上とデュラン兄上を断罪でき、二人の呪縛から解き放たれました」
ルシアン様の目がわたくしの方に向いて、わたくしの手を取って優しく微笑む。わたくしはルシアン様に頷いて見せた。
「ぼくはリュシアを愛しています。この気持ちは永遠に変わりません。死が二人を別つとも、ぼくはリュシアを愛し続けます。リュシアを愛し、幸せな家庭を築くことを誓います」
長い長い誓いの言葉だったが、ルシアン様の気持ちがこもったものだった。
わたくしはそれを受け止め、幸福に胸を押さえる。
わたくしが誓いの言葉を述べる番になっていた。
「わたくし、リュシア・ルミエールは、ルシアン陛下の妻として、ルシアン陛下を生涯支えることを誓います」
わたくしも誓いの言葉を述べる。
「ルシアン陛下と結婚したとき、わたくしはルシアン陛下のことが信じられずに、離縁を切り出したこともありました。ルシアン陛下はわたくしを引き留め、自分のお気持ちを語ってくださいました。あの日から、わたくしはルシアン陛下を苦しめるものと、ルシアン陛下と共に戦おうと決めたのです」
ルシアン殿下の手を握り返し、わたくしはルシアン殿下の赤みがかった紫の目を見上げる。
「これからもこの国を建て直すためにはたくさんの困難がわたくしたちに降りかかってくることでしょう。どんなときもルシアン陛下を信じ、愛し、おそばにいて、ルシアン陛下を支えること。それをわたくしは誓います。そして、ルシアン陛下と共に、幸せな家庭を築くことを誓います」
ルシアン様ほど長くはなかったが、わたくしの気持ちは精一杯に込めたつもりだった。
兄がリングピローを持ってわたくしたちの前に立つ。
「おめでとうございます、リュシア、ルシアン陛下」
「ありがとうございます、マティアス義兄上」
「お兄様、ありがとうございます」
指輪を受け取って、ルシアン様がわたくしの左手の薬指に通してくれて、わたくしはルシアン様の左手の薬指に通す。
指輪の交換が終わると、ルシアン様がゆっくりとわたくしのヴェールを捲った。
わたくしは目を閉じてルシアン様の口付けを待つ。
「リュシア、愛しています。どうか、ぼくの妻になってください」
「もう、妻ですよ」
「これはやり直しなのです。改めて、ぼくの妻になってください」
「はい、ルシアン陛下」
わたくしが答えると、わたくしの唇にルシアン様の唇が触れた。
初めて触れるルシアン様の唇に心拍数が早くなっていくのを感じていると、ルシアン様の唇はすぐに離れて行ってしまった。少し寂しいような気もするが、手の甲に口付けられて誓いの口付けとされたときよりもずっといい。
目を開けると、ルシアン様がわたくしに手を差し伸べていた。
その手に手を重ねて、わたくしは披露宴の会場までエスコートされて行った。
披露宴会場は広くはなかったが、豪華に準備されていた。
わたくしとルシアン様と両親と兄と義父上は、同じテーブルに着くことができた。
晩餐会ではないが、昼食会として披露宴を開催していて、運ばれてくる料理はとても豪華なものだった。
「わたくしとお父様の結婚式は、ご挨拶に忙しくて料理に手を付けることもできませんでした。このような小規模な結婚式もいいものですね」
「あのとき料理を食べられなかったことを、ずっと根に持っていたね」
「もちろんですわ。あんなに美味しそうだったのに、一口も食べられずに、下げられてしまうのですもの」
母は自分の結婚式のことを話してくれた。父はそれを笑いながら聞いている。
ずっと黙っていた義父上もそれに合わせて口を開いた。
「アマーリエも、同じようなことを言っていた」
「そうなのですか、父上?」
「結婚式のときには料理を全く味わえなくて残念だったと言っていたので、結婚十周年の日に、同じ料理を出してお祝いをしたらとても喜んでいたよ」
義父上の笑顔を見たのは初めてかもしれない。
王妃殿下の話を聞いて、ルシアン様が義父上に目を輝かせて聞いている。
「もっと母上の話をしてください」
「これまでは思い出すたびに悲しくて話すこともできなかった。ルシアン、そなたとならば話せそうだ」
「はい。これからはたくさん話をしましょう、父上」
ルシアン様と義父上との関係もゆっくりとだが修復されつつあった。
「リュシアがやっと落ち着いたので、わたしも結婚できるかな」
兄の言葉に、わたくしは驚いてしまう。
「お兄様、まだ結婚されていないと思ったら、わたくしが心配だったのですか?」
「リュシアが落ち着くまでは自分の結婚は考えられないと思っていたよ。ルシアン陛下がリュシアのことを想ってくださっていて、幸せにしてくださると誓ってくださったので、やっと安心できる」
「マティアス義兄上、リュシアはぼくが必ず幸せにします」
「リュシアのことを頼みます」
兄がそんなことを考えていただなんて思わなかったので、わたくしは本当にびっくりしてしまっていた。
兄にもとても心配をかけてしまっていたのだと理解する。
「お兄様、わたくし、幸せになります」
「それを願っているよ」
優しい兄の言葉に、わたくしは涙が滲んできそうになった。
やり直しの結婚式は、幸福な時間をわたくしにもたらしてくれた。
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