27.結婚式の前に
ルシアン様とやり直しの結婚式をする。
そのために、わたくしとルシアン様は招待状を書いていた。
相手はわたくしの両親と兄と、ルシアン様の父上である元国王陛下だ。
両親と兄は招待に応じてくれたが、義父上は遠慮している様子だった。
王宮の離れの棟に移った義父上にわたくしとルシアン様は直接会いに行くことにした。
季節は春に近付き、雪も解けて庭の植物は青々と茂っている。王宮の庭を抜けて離れの棟に行くと、義父上は一人静かに庭のベンチに腰かけて花を見ていた。
わたくしたちに気付くと、立ち上がって挨拶をする。
「ルシアン……いや、ルシアン陛下と呼ばなければいけないだろうか」
「いえ、ルシアンで構いません。父上、お体はいかがですか?」
「冬に少し風邪を引いてしまったが、すっかりよくなったよ」
親子の会話としては少しぎこちないかもしれないが、ルシアン様は生まれてからずっと義父上と触れ合ったことがないのだ。関係を構築していくのはこれからなのだ。
「父上にお願いがあって参りました」
「結婚式のことだろう? 分かっている」
分かっていると言ってくれているが、冴えない表情の義父上にルシアン様が俯く。
「やはり、父上はぼくの結婚式になど出たくないのですか?」
「違う、ルシアン。聞いてほしい」
ルシアン様は自分が生まれたせいで王妃殿下が亡くなったと聞かされて育っている。最愛の王妃殿下を失って生きる気力も失っていた義父上が、自分を憎んでいるのかもと思っても仕方がない。
「そうではない。わたしには、ルシアンの結婚式に出る資格はないのではないかと思っているのだ」
「どうしてですか、父上?」
「わたしはアマーリエを失った悲しみのあまり国の政治を疎かにした。そのせいでギヨームとデュランがのさばり、この国を無茶苦茶にしてしまった。ギヨームもデュランも、今は北方の監獄に入れられている。本来はわたしが入らねばならなかった場所だ」
「そうではありません、父上」
「いや、ルシアン、その優しさは大事にしてほしいが、冷静な目で客観的に判断することも大切だ。この国を本当に傾けたのは、政治を疎かにしたわたしなのだよ」
自分のしたことを静かに受け止める義父上に、ルシアン様は言葉を失っているようだった。
義父上は続ける。
「わたしは北方の監獄に入れられることを免れたが、本来ならば罰を受けなければいけない身。ルシアンの結婚式に出る資格はない」
誰が許すと言っても、義父上自身が自分を許せないのだろう。
言葉に詰まっているルシアン様の横から、わたくしは義父上の前に出た。義父上はわたくしを見下ろして「すまない」と謝る。
「悪いと思っていらっしゃるなら、結婚式に出席してください」
「リュシア?」
義父上に訴えかけるわたくしに、ルシアン様が声を上げるが、構わずにわたくしは続ける。
「ルシアン陛下はギヨーム殿下とデュラン殿下に、義父上が自分を憎んでいると吹き込まれていたのです。王妃殿下が亡くなったのはルシアン陛下のせいで、それで義父上はルシアン陛下を憎んでいると」
「そんなことはない。わたしはルシアンのことを……いや、正直に言えば、ルシアンのことを見るのはつらかった。アマーリエの死の瞬間を思い出すようで」
正直な義父上の言葉を聞いてルシアン様はそれほどショックを受けていない様子だった。ルシアン様が口を開く。
「父上の口から正直な感想が聞けてよかったです」
「ルシアン、信じてほしい。わたしはルシアンを憎んだことはない」
「それでしたら、ぼくの父として、唯一の信頼できる肉親として結婚式に出てはもらえませんか?」
元国王陛下としての罪を背負ってではなく、ルシアン様の父として、ルシアン様とわたくしの結婚式に出席してほしい。
ルシアン様の申し出に、義父上はルシアン様の手を取った。
「ルシアン、そなたがわたしをそんな風に思ってくれているなんて……」
「父上との関係も、やり直していきたいのです。その一歩として、結婚式に出てください」
やり直しの結婚式は、わたくしとルシアン様の関係をやり直すだけではなくて、ルシアン様と義父上の関係もやり直すきっかけになるかもしれない。
ルシアン様の申し出を、もう義父上は断るつもりはないようだった。
「それでは、出席させてもらおう」
「ありがとうございます、父上」
「ルシアン、わたしの方こそ、ありがとう」
空白だったルシアン様と義父上との関係が埋まっていくのを感じる。
これから二人は親子としての関係を構築していくのだろう。
二人の再出発を見ることができてわたくしは安堵していた。
やり直しの結婚式は間近に迫っていた。
わたくしのドレスとルシアン様のタキシードは出来上がり、結婚指輪も注文通りに出来上がってきた。ルシアン殿下の目を思わせるパープルサファイアの粒が裏側に埋め込まれた結婚指輪は、最初の結婚式では用意もされなかったものだった。
「結婚式の誓いの言葉も、決められた文句ではなく、自分たちで考えたものを言葉にしませんか?」
ルシアン様の提案にわたくしも賛成する。
「ぜひそうしたいです」
最初の結婚式では、王家のしきたりと言われて、何もかもが言うなりだった。わたくしにとっても、ルシアン様にとっても不本意な結婚式であったことには変わりない。
それをやり直しするのだから、もっと素晴らしい結婚式にしたいと思うのは当然のことである。
どんな風に誓いの言葉を口にしようか。
わたくしは色んなパターンを考えた。
ルシアン様への愛を永遠に誓うもの、ルシアン様をおそばでずっと支えることを誓うもの、ルシアン様と幸福な家庭を築くことを誓うもの。
参列者はわたくしの両親と兄と、ルシアン様の父上しかいないのだから、わたくしは王妃としてではなく発言ができる。ルシアン様も国王陛下であることは忘れて、私的な発言ができる。
「どんなことを誓いましょうか」
「迷いますね。リュシアが思うことを言っていいのですよ」
「例えば?」
「ぼくがリュシアに愛想を尽かされるようなことをしたら、離縁を申し渡します、とか?」
冗談めかして言うルシアン様に、わたくしは苦笑してしまう。
「ルシアン様、わたくしが結婚してすぐのころに離縁を申し出たことを根に持っていらっしゃいますか?」
「それはそうですよ。リュシア姉様に捨てられると思ったときのぼくの気持ちが分からないわけではないでしょう?」
少し拗ねたように言うルシアン様に、わたくしは笑ってしまう。
「離縁はしません」
「絶対ですか?」
「ルシアン様が浮気したら離縁するかもしれません」
「浮気はしません。絶対に。リュシア姉様以外を愛するなんてありえません」
「呼び方が『リュシア姉様』になっていますよ?」
「これは……許してください」
思わず「リュシア姉様」に呼び方が戻ってしまったルシアン様にわたくしはくすくすと笑いながら、逆に言ってみた。
「ルシアン様がわたくしと離縁したくなるかもしれませんよ?」
「それはありえません」
「どうでしょうか」
「ぼくはリュシアだけを愛しています。他の相手を愛するなんてありえません。リュシアが他の相手を見る余裕がないくらい、ぼくの愛でリュシアの心を埋め尽くします」
はっきりと言ってくださるルシアン様に、わたくしは胸がいっぱいになる。
ルシアン様の腕に囚われて、わたくしは生涯幸せに暮らせるだろう。
ルシアン様さえそばにいてくれれば、幸福になれる気がしていた。
結婚式の誓いの言葉。
それにルシアン様への想いを込めよう。
今のわたくしのルシアン様への正直な想いを、全て込めることにしよう。
わたくしの結婚式の誓いの言葉は決まった。
ルシアン様が何を言うのか。
それは当日まで分からない。
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