23.デュラン殿下の判決
休憩が終わって、デュラン殿下の断罪に議題は移っていった。
議長が罪状を述べる。
「デュラン殿下は、国の資金を使って美術品や宝飾品を買い集め、国庫を私的に利用するという罪を犯しました。それだけではなく、奴隷取引に手を出し、自分の自由になる資金を集め、美しい奴隷の少年や少女を自分のものとして支配しているという罪状があります。これに対して、デュラン殿下、言うことはありますか?」
「わたしは王子として振り分けられた資金の中で自分の趣味を追及していただけです。奴隷取引などしているはずがありません」
兵士たちに囲まれても堂々と宣言するデュラン殿下の前に、静かに出てきた人物がいた。
それは、デュラン殿下の王子妃だった。
「議長、デュラン殿下の王子妃殿下から証言があります」
声を上げたのはルシアン殿下と約束をしたあの少年だった。あの少年は他の少年少女だけでなく、デュラン殿下の王子妃にまで声をかけていたのか。
デュラン殿下の王子妃が証言台に上がる。
「わたくしは、デュラン殿下の王子妃です。かつては隣国の王女でした。隣国でわたくしは見てしまったのです。隣国の宰相が奴隷取引に手を染めて、デュラン殿下と共に平民の美しい少年少女を捕えて、売り買いをしているという記録がされた帳簿と、取引に使う割符を、宰相の部屋で」
「それは本当のことですか?」
「誓って本当のことです。わたくしは見られてしまったことに気付いた宰相の手によって、口封じにデュラン殿下の王子妃としてこの国に嫁がされて、証言できないように閉じ込められました。わたくしをこの場に連れてきてくれたのは、勇気を出してデュラン殿下からわたくしの屋敷の鍵を盗み出した奴隷の少年のおかげです」
証言をした後で、デュラン殿下の王子妃は、奴隷の少年に証言台を譲った。
デュラン殿下は厳しい顔つきで沈黙している。
「わたしは、隣国の平民の子どもでした。わたしが十歳になったとき、隣国で貧しい子どものために菓子が配られる宰相主催の福祉事業が行われました。そこに行ったわたしは、他の数名の少年少女と共に囚われてしまったのです」
「宰相主催の福祉事業でそのようなことが起きて、問題にならなかったのですか?」
「集められた子どもの中で、容姿の優れているものだけを捕えて、後は返したので、それほど大きな問題にはならなかったようです。貧しい子どもはいついなくなってもおかしくはない。そんな下町の治安の悪さもこの事件を闇に隠しました」
はっきりと証言をする少年に、他の少年少女も声を上げている。
「ぼくも、お菓子をもらいに行ったら、捕らえられた!」
「あたしも!」
「これはこの国だけの問題ではなくなってきましたね。隣国にも確認を取らないと」
議長が発言すれば、デュラン殿下がため息をつく。
「全て、隣国の宰相の仕組んだことです。わたしはそれに巻き込まれただけ。わたしはなにも罪は犯していない」
「その証言は真実ですか?」
「真実です。わたしが奴隷取引をしていたという証拠があるのですか?」
誤魔化すつもりのデュラン殿下に、ルシアン殿下が素早く席を立って議長の元に闇の帳簿を持って行った。議長は受け取り、それに目を通す。
「デュラン殿下、この帳簿は奴隷の取り引きに関して詳しく書かれているようですが、見覚えは?」
「ありません。わたしを陥れるために作られたものでは?」
しらばっくれるデュラン殿下にルシアン殿下がはっきりと証言する。
「それは、デュラン兄上の部屋に隠されていたものです。皆様、これをご覧ください」
ルシアン殿下が手に持って示したのは、奴隷取引に使われる割符である。
それは二枚組でセットになっていて、二枚を合わせると、一枚の絵になるようになっているものだ。
ルシアン殿下がちらりとデュラン殿下の王子妃を見れば、王子妃が手を上げて証言する。
「わたくしは、それの対になるものを、隣国の宰相の部屋で見ました!」
闇の帳簿と割符。
これを証拠として差し出されては、デュラン殿下も言い訳はできないだろう。
それだけではなかった。
ルシアン殿下は、もう一枚の割符も手に入れていた。
議会が始まるまで、夏から秋までの時間があった。
その間にルシアン殿下は隣国に働きかけて、宰相の罪を暴くように要請していたのだ。
隣国では宰相の罪が暴かれて、宰相はその座を追われて、牢獄に入れられている。ルシアン殿下は隣国の国王から宰相から証拠品として押収した割符の片割れを貸してもらっていたのだ。
「これは隣国の宰相の持っていたものです。デュラン兄上の部屋で見つけた割符と合わせると、この通り、一つの絵になります」
これが決定的な証拠になった。
デュラン殿下も何も言えなくなっている。
「奴隷取引をしているという噂があったが、本当だったとは」
「デュラン殿下は隣国の宰相と繋がっていた」
議員たちからも声が上がっている。
「デュラン殿下は自分の好みの少年少女だけを自分の手元に残して、それ以外は異国に売り飛ばしています。どうか、全ての奴隷にされた子どもが自分たちの家に帰れるように、わたしたちを助けてください」
ルシアン殿下と約束をした少年の訴えは、議員たちの心を動かした。
デュラン殿下の罪状が話し合われて、判決が下ることになった。
「デュラン・ノワレ、あなたは隣国の宰相と共謀して罪もない少年少女を奴隷として売り払い、自分の気に入ったものは侍らせて、奴隷取引に手を染めました。また、美術品や宝飾品を集めるために国庫を私的に使い、傾けるようなことをしました。あなたは王族から除籍され、あなたを生涯北方の監獄に収監し、集めた美術品や宝飾品は売り払い、奴隷となった少年少女を救うためと、国庫を補うために使うこととします」
「わたしのコレクションが!」
「この期に及んで考えることはコレクションのことですか! 安心してください、ぼくの妻の髪を使った趣味の悪い人形は、ぼくが責任を持って処分させてもらいます!」
「ルシアン! なんという!」
ぎりぎりと奥歯を噛み締めてルシアン殿下に飛び掛かろうとするデュラン殿下を、兵士たちが押さえ付ける。ルシアン殿下はデュラン殿下に一撃喰らわせたい気持ちはあるようだが、ぎゅっと拳を握り締めて耐えていた。
デュラン殿下の罪状が決まって、デュラン殿下も退場させられていく。
「リュシア嬢、わたしはあなたに真実の愛を捧げたのに、どうして裏切るのですか?」
「わたくしは最初からルシアン殿下しか愛していません」
憎しみを込めた目を向けてきたデュラン殿下に、わたくしは冷たく言い放った。
本日の議会の議題は終わった。
議員の一人である父がわたくしとルシアン殿下の前に来てくれていた。
「リュシア、ルシアン殿下、これで終わりではありません」
「義父上?」
「議員の皆様、もう少し時間をいただきたい。わたし、ルミエール公爵から皆様に問いたいことがあります」
父の声に、議会の会場から去ろうとしていた議員たちが足を止める。
父はルシアン殿下の背に手を置いて、支えるようにして議員たちを見回した。
「ルシアン殿下はまだ成人していません。ですが、ギヨーム殿下とデュラン殿下が王族から除籍された今、王太子に相応しい人物は一人しかいません」
朗々と響く父の声に、議員たちから拍手が沸き起こる。
これは賛成の拍手だ。
それに呼応するように、国王陛下が席から立ち上がり、ルシアン殿下の横に立った。
「ルシアン、アマーリエを失って絶望の中にいたわたしが政治を疎かにしていた間に、ギヨームとデュランが取り返しのつかない罪を犯してしまった」
「父上、ギヨーム兄上とデュラン兄上がしたことをしっかりと見てくださいましたか」
「見ていたよ。そして、わたしがあの二人に権力を渡したせいで起きてしまったことも全て知った」
「父上……」
後悔の念を滲ませる国王陛下に、ルシアン殿下は慰める言葉を持たないようだった。それに対して、父が国王陛下に促す。
「国王陛下、どうか、今こそ空白の十七年を埋める栄誉ある決断をしてください」
「ルミエール公爵……。そうだな、わたしはここで宣言しよう」
国王陛下のかすれた声でも、議会の会場にはよく響いた。
「わたしは末の息子、ルシアンを王太子とすることを宣言する。ルシアンは、ギヨームが打ち立てようとしていた結婚の開放などという無茶苦茶な法案を否決させる立派な演説をした。あのときから、ルシアンこそが王太子に相応しいのだと誰もが思っていただろう。そして、今日、ルシアンはギヨームとデュランの犯した罪を白日の下に晒した。ルシアンこそが王太子になるべきだ」
「国王陛下、よくぞ決断してくださいました。ルシアン殿下、おめでとうございます」
父が国王陛下の前に膝をついて頭を下げるのに、議員たちが満場一致で拍手を送っている。
「ルシアンが成人した暁には、わたしは国王の座を退位し、ルシアンに国王の座を譲ることとする。アマーリエの死の嘆きから立ち直れず、ギヨームとデュランをのさばらせて国民を苦しめていたわたしには、国王の資格はない。ルシアン……どうか、この国を頼む」
「はい、父上。ありがとうございます、義父上」
議員たちの中から、「国王陛下万歳、ルシアン王太子殿下万歳!」の声が上がっている。
この日、ルシアン殿下は異例の成人していない身でありながら、王太子殿下として認められたのだった。
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