17.ギヨーム殿下の被害者の説得
ギヨーム殿下はルシアン殿下から抗議を受けて王宮の自分の棟から出ないように言い渡された。ルシアン殿下の王子妃であるわたくしを襲ったことを、さすがに王族が咎めたらしい。その中にデュラン殿下もいた。
ギヨーム殿下の法案が否決されるときにデュラン殿下は沈黙を守っていたし、今回の件でギヨーム殿下を咎めているし、二人の間に深い溝ができているのは間違いなかった。
その溝を作り出したのがわたくしだということも間違いない。
ルシアン殿下はギヨーム殿下を断罪する証拠を集め始めた。
ギヨーム殿下を断罪するためには、被害者の証言が必要である。
「わたくしは証言いたしますが、その他にも被害者の証言が必要となってきます」
「リュシア姉様が証言をして、下卑た目で見られて嫌な思いをしなければいいのですが」
「それは他の証言をする方々も同じです。わたくしだけが安全な場所にいるということはできません」
わたくしが申し出ると、ルシアン殿下は渋々受け入れてくれた。
ルシアン殿下はそれ以外にギヨーム殿下に夜会で襲われた伯爵令嬢、ルシアン殿下の離宮の前で連れて行かれそうになっていた令嬢、ギヨーム殿下の子を孕んだが王宮から追い出された元侍女に連絡を取っているようだった。
「彼女たちに証言台に立ってくれるように説得をしたいと思っています。ですが、ぼくだけでは彼女たちは恐れて会ってくれないでしょう」
ルシアン殿下は長身で立派な体躯の男性である。十七歳だがそんな年齢とは思えない。そんな男性と話し合うのは、ギヨーム殿下に恐ろしいことをされた女性としては、かなり怖いことだろう。男性恐怖症になっているかもしれない。
「その役目、わたくしに任せていただけませんか?」
「リュシア姉様が?」
「はい。わたくしもギヨーム殿下に襲われて恐ろしい思いをしました。彼女たちの気持ちが分かるかもしれません」
わたくしが説得にあたるというのをルシアン殿下は躊躇っていたが、わたくしは続けて言う。
「父に付き添ってもらいますので、平気です。ルシアン殿下が表立って動いていることを勘付かれると、ギヨーム殿下も警戒します。わたくしが内密に動いた方がいいでしょう」
「リュシア姉様は嫌なことを言われるかもしれません。失礼な目に遭うかもしれません。被害者の家族から、恐ろしい思いをしたものを証言台に立たせようとすると責められるかもしれません」
「それは覚悟の上です。わたくしはルシアン殿下と共に、この国のために戦うと決めたのです」
いつか二人でやり直しの結婚式をするために。
わたくしはルシアン殿下に協力すると決めたのだ。
わたくしの決意が固いと知ると、ルシアン殿下はわたくしの手を握り締めて静かに告げた。
「無理なことはしないでください。リュシア姉様に傷付いてほしくないのです。義父上が止めたときにはそれ以上は深追いしないと誓ってください」
「分かりました」
それからわたくしは自由に動ける言い訳を考えることとなった。
「わたくしはギヨーム殿下に襲われて身も心も憔悴していることに致しましょう。それで、わたくしは心を癒すために半月の間、実家で療養するというのはどうでしょう」
「それならば、義父上と行動を共にして自由に動けますね」
「ルシアン殿下、お父様が一緒なので心配しないでください」
「分かりました。どうか、アランも連れていってください」
「分かりました」
わたくしはギヨーム殿下に襲われた心と体の療養を口実に、王宮から出て、ルミエール公爵家の王都のタウンハウスに移動することになった。アラン殿と共にルミエール公爵家の王都のタウンハウスに移動すると、兄がタウンハウスに来ていた。
「父上から話を聞いた。これからギヨーム殿下の被害者の女性を説得するのだろう?」
「はい、そのつもりです」
「父上と行動するとどうしても目立ってしまうので、わたしと行動するのはどうかな?」
確かに、療養中なのにわたくしがルミエール公爵である父と行動するのは目立ってしまうし、ルミエール公爵家の馬車が被害者の家に行ったとなればどうしても人目を引く。兄と一緒ならば、別の馬車を用意させて、父が執務をしている間に内密に動けるだろう。
「お願いできますか、お兄様?」
「アランと一緒だし、リュシアが被害者女性を説得する間も退屈せずに待てそうだ」
微笑む兄に、わたくしは心から感謝していた。
最初に向かったのは、夜会で襲われたという伯爵夫人の屋敷だった。
手紙で内容は伝えていたが、わたくしが歓迎されていないというのは明らかだった。
伯爵家のタウンハウスに着くと、伯爵と伯爵夫人がわたくしたちを迎えてくれた。伯爵は明らかにわたくしに対して厳しい表情をしている。
「お手紙で依頼された件ですが、妻の名誉を著しく損害します。申し訳ありませんがわたしは賛成できません」
「そのお気持ちは分かります。夫人が受けた酷い暴力を考えれば当然のことです」
「妻にそのことを公の場で話させるだなんて、傷口をえぐるようなことはなさらないでください。そっとしておいてください」
「伯爵、夫人と二人きりでお話しできませんか? わたくしもギヨーム殿下に襲われて心に傷を負いました。同じ境遇同士、分かり合えることがあるかもしれません」
わたくしは未遂なのだが、伯爵夫人はどこまでされたのか明らかにはなっていない。それでも夜会という場所で、夜会会場の外に連れ出され、人気がない場所とはいえ乱暴を働かれたのだ、傷付いていないはずはない。
それと同時に、伯爵夫人にも怒りはないのか問うてみたいのだ。
自分がされたことに関して、ギヨーム殿下の地位を恐れて誰も伯爵夫人を助けてはくれなかった。そのことに関して伯爵夫人はどう思っているのだろう。
「妻にそんなことをさせられません!」
「あなた……わたくし、リュシア殿下とお話をしてみたいです」
「いいのか?」
「はい」
沈黙していた伯爵夫人が口を開いて、わたくしと伯爵夫人二人で話ができるようになった。伯爵はそれが気になっている様子だが、伯爵夫人はわたくしを部屋に招いてくれた。
「リュシア殿下がギヨーム殿下に襲われた噂、聞いております」
「知っていたのですな」
二人きりの伯爵夫人の部屋で、お茶を飲みながらわたくしと伯爵夫人は話す。
「わたくしもギヨーム殿下から無理やりに控室に連れていかれました。わたくし、とても怖くて、助けを呼んだのですが、悲鳴が聞こえていたのに誰も動いてくれなかったのです」
震える声で呟き涙を零す伯爵夫人に、わたくしはそっとハンカチを差し出す。涙を拭きながら伯爵夫人は続けた。
「服を割かれ、もうだめだと思ったときに、ギヨーム殿下のお供の兵士を蹴散らして、控室に押し入ってきた方がいたのです」
「その方は……?」
「ルシアン殿下でした」
あぁ、ルシアン殿下はこのときにも伯爵夫人を助けていた。
「ルシアン殿下が来てくださらなければ、わたくしは全てを奪われて、夫に離縁を申し渡されてもおかしくはなかったでしょう」
「そうだったのですね」
「リュシア殿下が来られたときに、わたくしはルシアン殿下の助けてくださった姿を思い出しました。わたくし、ルシアン殿下に協力できるでしょうか?」
「協力してくださいますか?」
「夫はわたくしが説得します。わたくし、できることならばルシアン殿下に協力したいのです。あの日のご恩を返すために」
ルシアン殿下がしていたことが、今になって実を結んでいる。夜会の場でギヨーム殿下を止められたのはルシアン殿下しかいなかったのだろう。ルシアン殿下のおかげで、伯爵夫人から協力の約束がもらえた。
「どうか、よろしくお願いいたします」
「リュシア殿下も、証言されるのですよね?」
「はい、わたくしも証言いたします」
「リュシア殿下と共に証言台に立てるように、わたくし勇気を出します」
手を取り合ってわたくしと伯爵夫人は意気投合した。
その日は伯爵夫人と約束をして、別の日にはギヨーム殿下に連れ去られかけていたところを助けられた令嬢に協力を仰ぎに行った。
その令嬢もわたくしがルシアン殿下の妻で、ギヨーム殿下の被害に遭ったことを知っていて、彼女の父親は証言に反対したが、本人はやると言ってくれた。
最後の説得相手は、ギヨーム殿下の王子妃の元侍女だった。
元侍女の実家は平民の暮らす街にあって、馬車で行くと目立つので、わたくしと兄とアラン殿はできるだけ地味な格好で元侍女の実家まで歩いて行った。
通りを十歳くらいの男の子が走っている。
「もしかして……」
焦げ茶色の髪と焦げ茶色の目はギヨーム殿下とよく似ていた。
わたくしが立ち止まると、目的の家から出てきた女性が、男の子を呼んで急いで家の中に入って行った。
わたくしたちはその家を訪ねた。
ルシアン殿下の離宮よりも質素な部屋に通されて、かつては輝くように美しかったであろう女性が、少しやつれた様子でわたくしたちに対峙している。
「ルシアン殿下の王子妃殿下とお聞きしました。わたしなどに何の御用でしょう?」
「ギヨーム殿下の被害者に証言を求めているのです」
「お帰りください。わたしはギヨーム殿下のような高貴な方とは関係がありません」
押し殺したような無表情で告げるその女性に、わたくしは問いかけた。
「あの男の子は?」
「お帰りください!」
女性の声が高くなる。
興奮して椅子から立ち上がった女性に、わたくしはゆっくりと座るように促した。
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