13.演説原稿の完成
ルシアン殿下が結婚の開放の法案に対して反対演説を作っていることは、父にも手紙で伝えていた。
議会でルシアン殿下が演説されるときには、わたくしも見守りたい。わたくしにできることはそれくらいしかないのだが、ルシアン殿下に心の中で声援を送りたい。
その気持ちはあるのだが、わたくしが議会に出席するのは難しいかもしれない。
父は貴族議員として議会に出席して、ルシアン殿下を助けることができるのだが、わたくしはただの王子妃で、女性の議員もいないわけではなかったが、少数で、わたくしは議員でもないので議会には参加できない。
せめて傍聴できないのか、わたくしはルシアン殿下に相談してみることにした。
「ルシアン殿下の演説をわたくしも直に聞いて、おそばで応援していたいのですが、難しいでしょうか?」
それに対してルシアン殿下は険しい表情になる。
「リュシア姉様が議会に行くのは難しいかもしれません」
「やはりそうですか」
「議員は確認されて議会の会場に入ります」
不審者が入ってこないように、議員は確認されて議会に入るようだ。
それではルシアン殿下の勇姿を見守れないのかとがっかりしていると、ルシアン殿下が考えてくださる。
「ギヨーム兄上は愛妾を連れて入っているし、デュラン兄上もお気に入りの美少年や美少女を連れてきています」
「それでは……」
「ぼくのそばにいるのは危険かもしれませんが、義父上と共に見守ってくださるというのはどうでしょう?」
ルシアン殿下はギヨーム殿下と正面からぶつかり合う。それを考えるとルシアン殿下の隣にわたくしがいるのは注目を集めて危険かもしれない。
ギヨーム殿下とデュラン殿下を競わせて争わせる作戦に関しても、わたくしとルシアン殿下が仲睦まじいところを見せてしまうと失敗してしまうかもしれないのだ。
「お父様に頼んでみます」
「義父上と一緒ならばぼくも安心して演説をすることができます」
父と一緒ならばギヨーム殿下もデュラン殿下もわたくしに近付くことはできない。それが分かっているからルシアン殿下は提案してくれたのだ。
ルシアン殿下とわたくしは、演説の最終打ち合わせに入っていた。
ルシアン殿下の原稿は素晴らしいものだったが、これでギヨーム殿下の恐怖政治に脅かされている議員たちを本当に動かせるか分からない。
わたくしは一つの提案をした。
「ルシアン殿下の原稿はとても素晴らしいものです。ここにルシアン殿下の個人としてのお気持ちを入れるのはどうでしょう?」
「ぼくの個人としての気持ちですか?」
「そうです。ルシアン殿下の生のお声を届けるのです」
ルシアン殿下も結婚していて、この法律の当事者である。個人的な気持ちが入ればもっと演説に訴えかけるような効果が望めるのではないかとわたくしは思っていた。
「ぼくがリュシア姉様をお守りしたい気持ち、それは、他の貴族が、国民が、妻を守りたい気持ちに繋がるのですね」
「そうです。ぜひ検討してみてください」
ルシアン殿下を応援して、わたくしはルシアン殿下が原稿に向かうのを見送った。
ギヨーム殿下の結婚の開放の法案の演説が議員に届けば、議員たちはルシアン殿下を見直し、ルシアン殿下側についてくれるだろう。そうなればデュラン殿下の奴隷制をこの国に認めさせる法案についても、反対してくれる議員が増えることになる。
ギヨーム殿下の結婚の開放の法案を否決させることが、この国を変えていく第一歩になることは確かだった。
ルシアン殿下が原稿を纏めている間も、ギヨーム殿下とデュラン殿下からは贈り物が届いて、毎日お誘いの手紙が添えられている。
お断りの手紙と共に贈り物を送り返す。
『わたくしの真実の愛を分かってくださる方は、ギヨーム殿下なのでしょうか。わたくしの本当に欲しいものを理解してくださるのはデュラン殿下……いえ、まだ分かりません。わたくしの心は千々に乱れているのです』
ギヨーム殿下への手紙にはデュラン殿下のことをちらつかせる。
『先日はアメジストのネックレスをありがとうございました。けれど、あの色、わたくしに本当に似合うものなのか。ギヨーム殿下だったら何色を選んだでしょうね。デュラン殿下がわたくしに示してくださるのが真実の愛なのか、わたくしに教えてください』
デュラン殿下にはギヨーム殿下のことをちらつかせた手紙を書く。
これでギヨーム殿下とデュラン殿下の関係は悪化していくことを願っている。
わたくし自身を使うことはとても怖いのだが、ギヨーム殿下とデュラン殿下がお互いに潰し合うことによってルシアン殿下の地位を確実にしていけるのだったら、わたくしは危険も厭わない覚悟だった。
正直ギヨーム殿下に性的な関心を寄せられるのも、デュラン殿下に美的な関心を寄せられるのも、気持ちが悪い。
わたくしが愛しているのはルシアン殿下だけだし、わたくしが助けたいと思っているのもルシアン殿下だけだった。
「リュシア姉様のおかげで、原稿はよりよいものになったと思っています」
夕食のときにルシアン殿下が報告してくれた。
完成前の原稿を見せてもらっていて、その時点でルシアン殿下は議員の心に訴えかける素晴らしい文章を書かれていたのだが、最終的に個人の気持ちまで入れて、原稿は完成したのだろう。
その完成原稿を読むルシアン殿下を見守ることができればと思う。
「ルシアン殿下ならきっと大丈夫です」
「リュシア姉様にそう言ってもらえると勇気がわきます」
「結婚の開放の法案については、ギヨーム殿下に怯えて反対できない議員もたくさんいると思うのです。その議員たちの前で、ルシアン殿下こそが次期国王に相応しいと示せれば、ギヨーム殿下からもデュラン殿下からも議員は離れていくと思います」
願わくば、国王陛下が僅かにでも心を取り戻して、ルシアン殿下の味方になってくれればいいのだが、それはまだ叶わないかもしれない。それでも、父はギヨーム殿下やデュラン殿下に反対する貴族たちを集めているし、水面下でルシアン殿下派が増えているのは間違いなかった。
王妃殿下の遺品のアメジストのネックレスを渡したときに、僅かだが国王陛下の目に光が宿った気がした。国王陛下がルシアン殿下の名前を口にして「あの子は」と探すような素振りをしていた。
国王陛下は今は生きる気力をなくしているが、完全に心を失ったわけではない。そう思いたい気持ちがわたくしにはあった。
ルシアン殿下こそが次期国王に相応しいと認められるのは時間の問題だと思う。
愛妾を大量に抱えて国庫を圧迫し、貴族の夫人や令嬢に乱暴を働くギヨーム殿下。
奴隷取引に手を染めて、贅沢な宝飾品や美術品、果ては美しい少年少女までをコレクションとして国際法に背き、国庫を傾けているデュラン殿下。
ルシアン殿下は質素倹約を重んじ、抜け殻のようになってしまって操られるしかない国王陛下が頼りにならない今、ルシアン殿下しかギヨーム殿下とデュラン殿下に対抗できる相手はいない。
「わたくしは、ルシアン殿下こそが次期国王に相応しいと信じています」
「リュシア姉様」
「そして、ルシアン殿下が結婚の開放の法案を否決させて、わたくしを守ってくださると確信しています」
「もちろんです。これはぼくの問題でもあるのです。結婚の開放の法案が可決されれば、ぼくがリュシア姉様を守ることが難しくなってしまう。そして、それはぼくだけの問題でもありません。全ての国民が関係してくる問題なのです」
ギヨーム殿下の取り巻きの中には、ギヨーム殿下と同じように誰彼構わず襲い掛かって乱暴する輩がいると聞いている。そのものたちの牽制のためにも、ルシアン殿下には頑張ってもらわねばならなかった。
ルシアン殿下ならばできる。
わたくしはルシアン殿下を信じていた。
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