10.わたくしの誕生日のお茶会
ギヨーム殿下の王子妃の元侍女の件に関しては、父に伝えて確認をとってくれるようにお願いした。ギヨーム殿下を断罪するときには、証言台に立ってもらう必要があるかもしれない。
デュラン殿下の件に関しては、今のところ、どうしようもなかった。デュラン殿下の部屋に入り込むことができないのだ。
ルシアン殿下もデュラン殿下が侍らせている少年少女の中で、協力してくれるものはいないか探しているようだが、デュラン殿下のことが余程恐ろしいのか、名乗り出てくれるものはいないという。
できることからやっていくしかない。
わたくしはルシアン殿下もわたくしも、一度父と話し合う場が必要なのではないかと思っていた。
父はギヨーム殿下やデュラン殿下に反意を持つ貴族たちに働きかけてくれているようだし、その経過も聞いておきたかった。
とはいえ、父はこの国でも国王陛下に次ぐ権力を持つ王族である。気軽に招くことはできない。何度も不自然に父を招いていたら、ルシアン殿下が水面下でギヨーム殿下とデュラン殿下の悪事の証拠を集めていることが露見してしまって、父がルシアン殿下派の貴族を集めていることも知られてしまうかもしれない。
計画は慎重に進めねばならなかった。
不自然でなく父を離宮に呼ぶことができたのは、春のわたくしの誕生日のお茶会のときだった。ルシアン殿下はわたくしの誕生日のお茶会を盛大なものにしたくないと言い張って、ギヨーム殿下もデュラン殿下も国王陛下も招かぬまま、わたくしの両親と兄だけを招待する形にした。
ギヨーム殿下とデュラン殿下が自分たちの王子妃の誕生日を祝うようなことをしていないので、あまり怪しまれなかったようだ。わたくしとルシアン殿下は不仲の冷えた夫婦同士ということになっているようだったが、それもまた都合がいいので否定しないでおいた。
お茶会に現れた両親と兄と久しぶりに顔を合わせて、わたくしは泣きそうなくらい安堵していた。
王宮でルシアン殿下と二人きりで、わたくしは心細かったようだ。
お茶を飲み、お茶菓子を食べて、ゆっくりと話したかったが、父に報告したいことがあったし、父からも聞かなければいけないことがあった。
「ギヨーム兄上とデュラン兄上に反意を持っている貴族たちはどうなりましたか?」
「今、集めているところです。ギヨーム殿下に妻を寝取られ、娘を攫われた貴族たち、デュラン殿下の散財で国庫が傾きかけていることを憂いている貴族たちが賛同してくれています」
「ギヨーム兄上が手を出したという元侍女は?」
「侯爵家を出て、実家に帰って子育てをしているようですが、自分の身に起きたことを証言してくれるかどうかは分かりません」
元侍女にとってはつらく苦しい記憶だろうし、子どもにも知られたくない事実だろう。無理に証言させることはできないが、できれば元侍女には協力をして欲しかった。
「ギヨーム兄上は狂っているとしか思えない。リュシア姉様を手に入れるために、法を作ろうとしているのです」
「その話も聞いています。結婚の解放の法でしょう?」
父は結婚の解放の法についても知っていた。
ギヨーム殿下がどれだけ権力を振り翳しても、王子妃であるわたくしには手を出せない。それを可能とするために、結婚していても結婚相手以外と自由に関係を持つことができるようにするという法律を作ろうとしているのだ。
本来結婚している相手と関係を持てば不倫として咎められるし、離婚を求められたり、慰謝料を求められたりしてもおかしくはない。それを覆そうとしているのだから、ギヨーム殿下はどうかしているとしか思えない。
「この法案が通ってしまえば、結婚の意味がなくなってしまいます。男性は妻が産む子どもの父親が誰か分からなくなってしまうし、女性は身の危険を伴います。何より、この法案は不道徳極まりないです」
「わたしもそう思います。この法案を内密にギヨーム殿下が進めようとしているようですが、貴族たちに知らせて、反対の声を上げさせましょう」
ルシアン殿下と父の話を聞いて、わたくしは二人とも本当に頼りになると安堵する。
ルシアン殿下が父と話している間に、母がわたくしに話しかけてきた。
「ギヨーム殿下もデュラン殿下もリュシアのことを狙っていると聞きました。ここでの暮らしは危険ではないのですか?」
「気を付けています」
「王宮にいなくても、外からルシアン殿下をお助けすることはできますよ」
母はわたくしに実家に帰ってきて欲しいのだ。
その気持ちが分からないわけではない。娘が女好きで色狂いのギヨーム殿下と、美しいものに目がないデュラン殿下の二人に狙われた状況で王宮にいるというのは心配なのだろう。
わたくしも不安がないわけではなかったが、ルシアン殿下を一人置いて王宮を去ることはできなかった。
「お母様、わたくしはルシアン殿下と結婚したのです。ルシアン殿下の妻として、ルシアン殿下をお支えしたいのです」
「それは王宮でしかできないことですか?」
「王宮が危険だからこそ、そんな場所にルシアン殿下をお一人で残すことはできません」
ルシアン殿下と一緒にいたい。例えそれが危険であろうとも、わたくしはルシアン殿下のそばを離れたくない。
そのことを口にすれば、黙っていた兄が口を開いた。
「王宮を守る近衛兵の中に、わたしの学園時代の同級生がいる。信用できる男だ。彼をリュシアの護衛につけてもらうのはどうだろう?」
「お願いできますか、お兄様」
「かわいいリュシアのためだ。できることはなんでもしよう」
優しい兄の言葉に、わたくしは深く感謝した。
兄はすぐにルシアン殿下に自分の同級生の近衛兵の話をしてくれた。ルシアン殿下はわたくしの警護に関しても考えていたことがあったようだった。
「リュシア姉様に護衛が必要だとは思っていたのです。誰が信用できるか、この王宮では判断ができなくて、手配ができずにいました」
「わたしの同級生は信用していいでしょう。真面目な男で、結婚して妻と子どももいます」
「あ……マティアス兄上は、ぼくが未婚の男性をリュシア姉様に近付けたくないとお気付きで?」
恥ずかしそうに頬を染めたルシアン殿下に、兄が笑いかける。
「愛するものがいる男性の気持ちは分かります」
ルシアン殿下は、月に一度公爵家にお茶会に来ていたので、兄のことも「マティアス兄上」と呼んで、本当の兄君よりも慕っている気がする。
「リュシア姉様、マティアス兄上とルミエール公爵と話をしてくるので、もう少しお待ちください」
「ルシアン殿下さえよければ、わたしのことは『義父上』と呼んでください」
「はい、義父上」
嬉しそうに微笑んでいるルシアン殿下の顔を久しぶりに見たかもしれない。
それだけ、緊張した生活をわたくしもルシアン殿下も強いられてきたのだ。
年上の頼りになる相手がいて、それが義理の父ともなると、心許せる相手になるのかもしれない。
「リュシア、これからが大変ですよ。何かあったら、いつでも戻ってきていいのですよ」
「ありがとうございます、お母様。ですが、わたくし、ルシアン殿下のおそばを離れるつもりはありません」
「頑固だこと。わたくしの若いころにそっくり」
苦笑されてしまったが、わたくしは気持ちを変える気は全くなかった。
ルシアン殿下と父と兄はこれからのことについて話し合ってるようだった。わたくしも話に加わりたかったが、わたくしの前では話しにくいこともあるのかもしれない。
話せることは後からルシアン殿下に聞こうと思って、わたくしはお茶を飲んで息をつく。
「リュシア、あなたを結婚させたときには、ルシアン殿下は十六歳で早すぎると思っていましたが、ルシアン殿下はあなたのことを思ってくださっているようだし、ルシアン殿下が立太子するためにはルミエール公爵家の援助は欠かせないものだった。今では、リュシアが結婚したのがあのときでよかったと思っているのですよ」
「お母様……」
「それでも、わたくしはリュシアの母。心配はさせてください。何かあったらいつでも頼ってくださいね」
優しい母の言葉に、わたくしは大きな愛を感じたのだった。
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