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4-07 One shot one kill

CIAの秘密作戦部隊に所属するスナイパーのサムは、スポッターのクレイと共にウクライナ東部の親ロシア派支配地域に密かに潜入していた。その目的は3人の重要人物を暗殺するためである。

2022年2月7日 0051時(現地時間)

ウクライナ ドネツク州 親ロシア派支配地域の草原


 いま1mmでも動いたら俺は殺される。振り返って確認する事はできないが、背後の手が届きそうなぐらい近くに敵の気配を感じながら地面に伏せ、このまま気付かずに立ち去ってくれと願いながら石みたいになって耐えていた。


「おい、そろそろ行くぞ!」

「いま行く!」


 少し大きめの声でロシア語を話すのが聞こえ、足音と気配が次第に遠ざかっていく。実際に敵が近くにいたのは1分ほどだろうが、あまりの緊張感から10分以上いたような気がして今でも心臓が激しく脈打っている。


「もう動いても大丈夫だぞ、サム」


 暗視装置のせいで色は分かりづらいが、いつの間にか大きな枯草の塊が傍にいて声をかけてきた。俺と同じようにボロ布や本物の植物などを貼り付けたギリースーツで全身を覆い、人らしい輪郭を完全に消したスポッター(観測手)のクレイだ。

 コイツが傍にいて、そう言うのだから本当に大丈夫なのだろう。俺は小さく息を吐いて気持ちを落ち着かせると、立ち上がってクレイに告げた。


「連中が戻って来る前に、さっさと移動しよう」

「賛成だ」


 いつものように後方警戒は彼に任せ、サプレッサー付き『X95』カービンを構えて歩き出す。ここから先も視覚と聴覚をフルに使って互いの背後をカバーし合いながらの移動だ。

 だが、GPS座標が示す目的地までは最短でも数時間は掛かる上に、俺たちは存在すらしていない事になっている。それは問題が起きても助けは来ないし、ジュネーブ条約で保護される対象(律儀に守られるとも思わないが)でもない事を意味していた。


   ◆


8時間後


 問題発生だ。狙撃に適した場所が見つからない。


「10時方向の岩陰、あそこはどうだ?」

「ダメだ。1時間もしないうちに太陽が正面にくる」

「ああ、そうだった……」


 こんな感じで30分は潜伏場所から動けずにいた。それだけ敵も警戒しているのだろう。あと1時間ほどでターゲットが姿を現す以上、そろそろ決断しなければならない。


「やむを得ん。ベストではないが、3時方向の木立の脇にある藪から撃つ」

「いいのか?」

「他に選択肢はない」

「撃つのはお前だ。任せるよ」


 身は隠せても銃弾は防げない点やターゲットまでの距離が想定していたよりも遠くなる点など懸念はあるが、俺たちの実力ならやり遂げられる確信があった。だから潜伏場所を離れて狙撃地点に向かおうとしたのに、その途中で別の問題に直面して足止めを余儀なくされている。

 思わず舌打ちしそうになるのを堪えながら移動ルート上に陣取る敵の背中を見つめ、音を立てないようハンドシグナルで敵の存在を後ろのクレイにも伝えた。

 どう対処する? このまま身を隠していて敵が離れるのを待つのは……ダメだ、いつ離れるか分からないし、こっちに気付く恐れがある。なら迂回するのは……それもダメだ、今から迂回ルートを探していたら間に合わない。

 そうなると残るは殺して排除する方法だけだが、もし敵が定期連絡をしていたら連絡が途絶える事で俺たちの存在に感づかれてしまう。だが、迷っている時間もない。幸いにも敵は1人だ。

 殺すと決めてハンドシグナルでクレイにも伝えると、スリングで吊った銃を身体の後ろへと回して固定し、代わりにタクティカルナイフを鞘から引き抜いて敵の背後に忍び寄る。

 そして、充分に近づいたところで後ろから回した左手で口を塞ぎ、すかさず右手に持ったナイフで頸動脈と喉を深く切り裂いた。


「……ッ!?」


 突然の激痛に敵が叫び声を上げて暴れようとするが、その前に体重を掛けて地面に引き倒すと肋骨の隙間から心臓を目掛けてナイフを深く突き刺し、少しでも早く死ぬようにした。

 やがて敵の身体から力が抜けて動かなくなったので、そのまま引きずって茂みの中の目立たない場所に死体を隠す。


「急ごう」


 ナイフに付いた血を殺した敵の服で拭って立ち上がるとクレイに声を掛けられた。敵の落とした銃を分解して隠し、痕跡を消しておいてくれたようだ。


「そうだな」


 これ以上、面倒事が起きないよう願いながら移動を再開した。


   ◆


同 1007時

狙撃ポイント


 多少のトラブルはあったが、ここまでは概ね予定通りだ。早速、狙撃準備に取り掛かる。専用のソフトケースに入れて背負っていた.338ノルママグナム弾仕様のサプレッサー付き『Mk22』ASRアドバンスド・スナイパーライフルを丁寧に取り出し、平らになっている地面を選んで慎重に置く。

 ここで重要なのは、伏射姿勢になった時に余計な力の入らない自然体で銃を無理なく構えられるかどうかである。長時間同じ姿勢を取り続ける必要があるのと、トリガーを引く時に無駄な力が入っていると命中率が下がるからだ。

 また、銃口付近に草などがない事も念入りに確認しておく。今回のように1500mを超える長距離狙撃では、些細な見落としが失敗の原因になる事を訓練で痛感していた。当然、自分自身や銃本体の偽装にも手は抜いていない。

 スコープのレンズ部分に太陽光が反射しないよう陰に入っているし、手や顔、銃には作戦地域の特性に合わせた色を塗り、身体の上からギリースーツで覆っている。


「偵察を始める」


 そう言って立ち上がったクレイが模型飛行機のような物を空に向かって投げた。飛行時間が短くカメラの性能も心許ないが、小型・軽量で分解すれば持ち運びも簡単で数分あれば組み立てられるドローンだ。それに、飛行音が静かで敵に気付かれるリスクが少ないのもありがたい。


「目標地域に10人以上の武装した敵を確認。おそらく、親ロシア派の武装勢力だ」


 数分後、ドローンから送られてくる映像をタブレット端末で見ていたクレイが報告してきた。その後も報告は続く。


「重火器を積んだテクニカル(市販車を改造した即席の戦闘車両)も2、いや3台はいるぞ。それと、PMSC(民間軍事警備会社)の連中も確認した。武装勢力より人数は少ないが、統率がとれているようだ」

「武器商人はいないのか?」

「待ってくれ。いま探してる」


 今回の任務は、親ロシア派武装勢力の幹部・事実上ロシア政府の手先となっているPMSCの現地指揮官・大物武器商人の3人を始末する事だ。この3人が直接顔を合わせるという情報を掴んだCIA(アメリカ中央情報局)がまとめて始末するチャンスだと判断し、暗殺を計画した。


「見つけた。多分、コイツらだ」


 クレイがタブレット端末を操作してドローンを呼び戻し、レーザー測距儀が組み込まれた高倍率の双眼鏡でターゲットを探している間に俺もPGFシステム用デジタルスコープの電源を入れ、狙撃に備える。

 このデジタルスコープに接続されたモバイルコンピューターが気象条件や物理現象といった狙撃に影響を与える事象を即座に計算し、補正した照準を表示してくれるお陰で負担は大幅に軽減された。なにせ、その面倒な計算と補正を今まではスナイパー本人がしていたのだから。


「準備はいいか?」

「ああ、いつでもいいぞ」


 ボルトハンドルを引いて弾をチェンバー(薬室)に装填し、右目でスコープ画面を見つつ左目で周囲の状況を確認する俺にクレイからの指示が飛ぶ。


「最初のターゲット、3台並んだ黒のSUV(スポーツ用多目的車)、先頭車両の脇に立つサングラスの男」


 スコープ画面上でターゲットを捉え、最小限の力でトリガーをまっすぐ引いて撃つ。


「命中。次は左に6m、ニット帽をかぶった灰色のジャンパーを着た男」


 ボルトハンドルを引いて次弾を装填し、さっきと同じようにターゲットを捉えるとトリガーをまっすぐ引いて撃った。


「命中。次は奥に5m、車内に逃げ込もうとしてるスーツ姿の男」


 する事は変わらない。弾を装填して狙って撃つ。


「命中。3人とも片付けた」

「なら、長居は無用だ。離脱するぞ」

「分かった」


 急いで撤収作業を済ませると、騒ぎが大きくなる前に現場を離れるのだった。


   ◆


20分後


 親ロシア派支配地域から離脱するためクレイと2人で周囲を警戒しながら歩いていた時、突然の激痛と鈍い衝撃を右肩に受けて思わず跪いてしまう。


「ぐっ……!」


 銃声らしきものは一切聞こえなかった。だから、それが撃たれた事によるものだと理解するまでに少し時間が掛かった。そして、この僅かな遅れがさらなる悲劇を招く。


「銃撃だ! 伏せろ!」


 慌てて地面に伏せながら警告を発する俺の見ている前でクレイが頭を撃たれ、その場に力なく崩れ落ちる。相変わらず銃声らしきものは聞こえないが、銃撃は続いていたようで脇腹に激痛が走り意識も遠のき始めた。

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