4-04 下着の子
【この作品にはあらすじはありません】
第一話『ファーストコンタクト』
草や蔓に侵食されつつある町の道路。そこで僕は豚の貯金箱に十円玉をあげていた。口のなかに十円玉を入れると、豚の貯金箱はアスファルトのうえを駆け回り、そして僕の足下に戻ってくる。
僕は両手で豚の貯金箱を持ちあげた。
ピンク色に塗装された体は陶器で出来ていて、大きさは炊飯器ぐらい。
体温も脈もない。
「重たくなったなー、お前」
初めて出くわしたとき、神社の賽銭箱に小銭を入れる感覚で五円玉をあげたら喜んでくれたので、ここに巡回で来るたび小銭をやるようになった。
初めのころは軽かったのにと思いながら、豚の貯金箱を下ろしてやる。
「良いことがありますように」
追加で五円玉を献上して、両手を合わせる。
小銭をあげるたびに祈ってみた。
賽銭箱に小銭を入れたところで願いは叶わない。それは豚の貯金箱と同じだ。
つくも神という呼び方はただの呼称。
本当に神様なわけではない。
それでもなにか起こしてくれるんじゃないかと期待する自分がいた。
僕――波湖船 良馬は代々政治家の家に生まれた。金銭面で困ることはなかったけれど、両親の愛情はすべて長男に向き、次男の僕は兄にもしものことがあったときの予備扱いだった。
僕より優秀な妹が出来ると予備は妹が引き継がれ、お払い箱になった僕は父親の命令で国家公務員になり、つくも神管理局に就職した。
モノに自我が芽生え、動物のように動き出す現象が多発し、今では保護区として隔離されている町で不法侵入者がいないか見回りする仕事。
二十歳で安定の公務員になれたとはいえ。
人手不足だから巡回は一人。
出会いはつくも神と、不法侵入者だけ。
その不法侵入者も女性下着の群れに追いかけ回されていることがしょっちゅうで。
だから、良いことの一つや二つ起きて欲しかった。
「ん?」
豚の貯金箱が突然走り出して、近くにあった地下鉄の入り口に消えていく。
少ししてから戻ってきた。
色白の金髪碧眼少女を連れて。
豚の貯金箱にお尻を頭突かれて痛いを連呼しながら、四つん這いで僕のまえまで来た少女は両手でお尻を抑えながら立ち上がる。
十代前半、短髪、痩せ型、ボロボロに破けた緑色のシャツと黒の短パン、持ち物なし……
少女の足下で、豚の貯金箱は満足そうに鼻を鳴らした。良いことを運んできたつもりなのかもしれない。
「ごくろうさま」
奮発して百円玉をあげると、豚の貯金箱は飛び跳ねながら帰っていった。いや、もしかすると僕に献上する獲物を探しに行ったのかもしれない。
残された僕は少女の外見をざっくり覚えてから、スマホを使って彼女の写真を撮る。
撮った写真には、荒れ果てた町を背景に人形のような少女が写っている。ボロボロに破けた緑色のシャツと黒の短パンが風景によく馴染んでいた。
「言葉通じるよね?」
豚の貯金箱にお尻を頭突かれていたときに痛いと少女は言っていた。だから意志疎通は出来るはずだ。
少女が頷く。
それを見て僕は安堵した。通訳アプリを使ってどの言語が通じるのか試さずに済んだからだ。
「それ」
少女が僕の腰を指さした。指の先を目で追うと、ベルトに付けてある手錠があった。
「それ付けたら外に行ける?」
「行くっていうより連行かな……」
「付けて」
「えっ?」
自分から逮捕を望む不法侵入者は今までいなかった。僕に見つかると大抵は逃げて、追われるうちに攻撃的なつくも神の縄張りに入り込んで半殺しにされるのが決まった流れ。
だから大人しく捕まってくれるのはありがたい。
ありがたいけど、なにか裏があるんじゃないかと勘ぐってしまう自分がいた。
「自首しても罪は軽くならないから」
「……付けてくれないの?」
「いや、付けるけど」
目の前に不法侵入者がいるのだ。
捕まえるに決まってる。逮捕するのが僕の仕事だし、見逃す理由がない。
それに、豚の貯金箱の協力を無駄にしたくない。
僕は少女に手錠をかけて、保護区の外にある本部まで連行した――
########
つくも神管理局の本部に少女を連行し、報告書を書いていると同僚から連絡があり、資料室に来るよう言われた。報告書優先と返事を送ると、しばらくしてから小太りの男が僕の席までやって来た。
彼――大倉大智は報告書を理由に呼び出しを断った同僚だ。
「面倒な報告書を書いてるお前に、気分が良くなるニュースをもってきてやったぞ」
「ニュース?」
「お前が連れてきた女の子いただろ。その子の写真から身元を解析していたらなんと! 十二年まえの行方不明者だったんだよ」
モノに自我が芽生え、動物のように動き回る現象が多発したのが十二年まえ。
つくも神に町が占拠され、市民に避難勧告が出た際の混乱で行方不明になった人がいた。その一人があの少女らしい。
「おかしくないか……」
「なんで?」
「連行した彼女は十代前半くらいに見えた」
「あぁ。行方不明になったときが二歳だから、今は十四歳ってところだろ」
「二歳の子が今までどうやって生きてきたんだよ」
「彼女の生まれのほうに気を取られてたけど、言われてみれば確かにおかしい……」
「生まれってなんだよ?」
「それがさ――」
大倉が話そうとしたところで警報が鳴り響く。
『緊急放送。女性下着型のつくも神から子を返せと抗議あり。子を返さない場合は力ずくで取り戻すとのこと。職員は各持ち場にて問題解決にあたるように。以上――」
放送が途絶えると、誰がが言った。
「下着の子ってなんだ」
「それを特定するのも俺たちの仕事だ」
立ち止まっていた同僚や上司が動き出す。
「自衛隊に確認したところ保護区内で下着が集結中とのことです」
「数は?」
「推定三万」
場が静まる。
そのなかで僕は立ち上がり、目を見開いて絶句している大倉を置いて部屋を出た。
向かう先は少女が収用されている拘置室。
連行した少女。
子を返せと言う女性下着。
僕のなかで一つの仮説が浮かぶ。
その仮説はありえないと言いたい。
けれど、つくも神というありえないことがありえていて。
しかも、仮説が正しければ下着たちを止められるかもしれない。
「神に祈るもんじゃないな」
豚の貯金箱に祈らなければこんなことにはならなかったのだろうかと思いながら、僕は仮説を証明しに行く。
僕の仮説。
それは――
連行してきた少女こそ、
下着の子というものだった。





