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4-23 帝都繚乱 冬の庭に徒花の咲く

時は冥治めいじ。神々は力を失い、冥界から這い出た異形たちが跋扈する時代。

帝国陸軍少尉の長谷部澄はせべ・きよむは突然の配置換えを命じられる。新たな職分は“御庭番”と呼ばれる皇室所有の庭園の管理だった。


「なぜ陸軍士官が庭の管理人を……」


帝都の東西南北に配された四つの庭園のうち、通称“冬の庭”の御庭番となった澄の前に現れたのは、美しく奇っ怪な男たち。

彼らは“木魄こはく”と呼ばれる木の精霊。御庭番とは、木魄に力を分け与え、ともに異形を屠る特殊官の名であった。


柊、蝋梅、柳、椿――。冬の庭に咲く個性豊かな木魄たちに振り回され、それでも持ち前の実直さで澄は彼らとの絆を獲得してゆくが。

木魄には木魄の、悲しく孤独な事情があった――。

【辞令】

 陸軍少尉 長谷部(ハセベ)(キヨム)

 護法部(ゴホウブ)(ヅケ)ヲ免シ 北義園(ホクギエン) 御庭番(オニワバン)ヲ命ス

 冥治(メイジ)三十一年一月廿日 陸軍省


「……は?」


 新年早々、陸軍兵舎の一室に呼び出された長谷部澄は手渡された辞令を一読するなり固まった。


「おめでとう。向こうでも上手くやれよ」


 直属の上司がポンと肩に手を乗せる。反射で「ありがとうございます」と頭を下げてから、いやいや待てよ、と冷静になった。


「いや、ええと……辞令は謹んでお受けしますが、北義園とはなんですか? 御庭番とは?」

「知らん」

「は?」


 問いをばっさり一蹴されて、思わず刺々しい声が出てしまった。あわてて口を噤むと、上官はフンとこちらに背を向ける。


「タッパと霊力量だけは護法部一の長谷部少尉のことだ。俺には想像もつかんような大層な御役目だろうよ」


 厄介払いできて内心喜んでいるのだろう。「よかったな」とうわべだけの激励に嫌味が含まれているのは明らかで、作り笑いが引きつりそうになった澄は早々に一礼して部屋を出た。持っていた制帽を扉の前で被り直し、大きなため息をつく。


 澄は五尺八寸(※約175cm)の長身である。その上ガタイが良いため目立つのだが、穏やかな気質のせいか人の良さそうな顔つきのせいか、いまいち陸軍士官としての凄味に欠けている。滅多に声を荒らげたりしないのもあり、軍内ではとかく舐められがちだ。

 大きな肩を落としてしょんぼりしていると、廊下の向こうからやってきた男に声をかけられた。同期入隊の河合である。


「よう長谷部! お前、異動だって?」


 もう周囲に知れているのか、と澄はまたひとつため息をついた。


「なあ河合。お前、北義園って知ってるか? 御庭番は?」


 胸の前で辞令書を広げてみせると、頭ひとつ近く小さい河合(冥治男子の平均的な体躯である)は背伸びの恰好で覗き込んでくる。


「北義園ってたしか、“帝都の御料庭(ごりょうてい)”のひとつじゃねえか?」

「そう言われればたしかに……」


 御料とは皇室所有の財産を指す。今上帝は風流人で、三十年前の遷都の際に帝都の東西南北に四つの庭園を作らせた。それぞれに春夏秋冬の四季を当てはめ、季節ごとの美しさを表現しているのだという。


(北義園は――冬の庭、だったか)


「待て。すると御庭番とはもしや、御料庭の庭師か管理人のことなのか!?」


 陸軍少尉が御料庭に配属される理由がまったくわからない。まさか体のいいお払い箱、つまり左遷なのでは――と澄は青くなった。すると、河合が急に真剣な面持ちでヒソヒソと耳打ちしてくる。


「わからんぞ長谷部。江戸幕府の頃ァ御庭番と言えば将軍様の隠密を指す言葉だったっていうじゃねぇか。もしかしたらお前も、忍びになるのかもしれねェぞ?」

「ま、まさかそんな娯楽小説みたいな話があるわけないだろう」


 荒唐無稽だが否定する術がない。澄が思わず神妙になると、河合はゲラゲラと大笑いしながら背中を叩いてきた。


「アッハッハ! お前みてェな図体ばかりでかくてトロ臭いやつに隠密なんて務まるわけねえだろ! 冗談だよ冗談!」


 河合は裏表のない好青年だが、だからこそ同期の率直な評価に澄は少し落ち込んだ。




「まったく……。揃いも揃ってひとを木偶(デク)だのなんだのと」


 河合と別れた後、ひと通りの挨拶を済ませた澄はぶつくさと独り言ちた。既に兵舎に置かれていた私物は風呂敷にまとめてある。


「そもそも俺は学者になりたかったんだ。高校を中退するまではロクに運動などしたこともなかったんだぞ。仕方ないだろうが」


 子爵家の三男である澄は、聡明なのを見込まれ高等学校へ通っていた。この頃の義務教育は尋常小学校までなので、中学を経て高校、大学へ進学することができるのは成績優秀かつ経済的にも恵まれたエリートだけだ。

 ところが父親が早くに亡くなったことで状況は一変。実家が経済難に陥り、やむを得ず進学をあきらめて学費のかからない陸軍士官学校へ入り直したという経緯がある。


「体力には自信があるんだがなあ」


 なんとはなしに右上腕に力こぶを作ると、ただでさえぱつぱつの制服の袖ぐりがはち切れそうになる。

 澄は真面目な性分だ。陸士は望まぬ進路だったとはいえ、一度これと定まった以上はまっすぐ突き進むのみと決めていた。たいして好きではない運動も、やればやった分だけ目に見えて肉体が変わってゆくのは気分が良かった。朝は起床喇叭(らっぱ)より先に起きて鍛錬し、誰よりも調練に精を出す。そのかいあって肉体だけは見違えるように逞しくなったのだが――。


 なぜか肝心の武の腕だけはサッパリ上達しなかった。


 刀を握らせればへっぴり腰、銃を撃たせれば反動でひっくり返るというありさま。いくら体格が良くなろうとも、生まれ持った運動神経だけはどうにもならなかったらしい。

 結果、できあがったのが図体のでかい運動音痴である。


「総員ー! 構え!」


 吹き抜け廊下の向こうから鋭い号令が響いてくる。営庭の北にある練兵場で護法部が日課の調練を行っていた。


「護法の(いち)!」


 かけ声とともに一斉に隊員達の右手から閃光が放たれる。白い光は弾丸のように飛び出して輝く尾を引き、十間先の的に当たって弾けた。


 “護法の壱”とは、護法部の部隊員が習得する基本的な技のひとつ。体内の霊力を凝縮して放出する攻撃技だ。

 護法部は陸軍の中でも霊力の素養のある者が集められた特殊部隊である。国内を跋扈(ばっこ)する“異形(イギョウ)”――分冥開化(ブンメイカイカ)により地上に現れた魑魅魍魎を退けることを主な任務としている。


 ちなみに澄はこの訓練でも毎度抜群のコントロールの悪さを発揮しており、たまたま視察に来ていた将官をふっ飛ばして営倉(※懲罰房のこと)行きになったことがある。


「庭の管理人も、案外悪くないかもしれないな。御料地ならば滅多に人の訪れもなさそうだし、俺は平和に生きたいんだ」


 先の清国との対外戦争がこの国にもたらした莫大な富。それ以来国中が戦勝ムード一色だ。表ではとても口には出せないが、澄は近頃のギラギラと血気盛んな風潮が好きではなかった。

 だから前線で血生臭い思いをするくらいなら、閑職に甘んじてひっそり過ごすのもいいかもしれない――。



 ――そう己を納得させたのだが。



「こんっっの……長谷部家の恥さらし!」


 スコーン! と小気味いい音がして、木製の茶托が澄の額に直撃した。


「イデッ! 母上、少し話を聞――」

「親不孝者! 愚か者! 陸軍少尉が庭番だなんて嘆かわしい! 情けない!」


 居間の小物を手当たり次第に投げつけて、澄の母はぎりぎりと着物の袖を噛んだ。「まあまあ」と兄が止めに入るものの、その剣幕は簡単には収まりそうもない。


「二度とわが家の敷居を跨がせません! あなたは今日限り死んだとみなします!」


 久々の帰省はものの数十分で終わり、澄は実家を追い出されてしまった。

 結局その日は近場の安宿に泊まり、そのまま新たな勤務地の北義園へと向かう羽目になったのだった。


「ここ、だよな……?」


 北義園はその名の通り帝都の北寄り、政官財界人の邸宅が建ち並ぶ地域にひっそりと存在した。

 広大は敷地をぐるりと囲むのは白漆喰の土塀。南東に小さな棟門がひとつ設けられており、どうやらここが入口らしい。


(なんというか……地味だ)


 たしかに広い。しかし外観は至って古風でありきたりで、御料地だというのに門番のひとりも見えない。大層立派な場所に違いない、と思い込んでいた澄は早々に肩透かしを喰らった。


「ごめんください! どなたかいらっしゃいますか!」


 声を張り上げてみたものの反応はなかった。そのうち遠慮するのも億劫になってドンドンドカドカと扉を叩き始めたら、ようやく中から人の気配がする。カラコロと涼やかな下駄の音が近付いてきて、内開きの扉が片方だけ開いた。


「朝から騒がしいなあ。一体なんなんだい」


 中から現れたのは着流し姿の若い男だった。――あまりにも美しく、奇異な。

 その髪は長く艶やかな白銀で、肩甲骨のあたりでゆるく束ねられている。まっすぐ伸びた鼻梁に瞳は切れ長。顔立ちだけなら女人と見間違えそうなほどの儚げな美丈夫であるが――なんと上背が澄と同じくらいある。


(異人、か……?)


 髪色も背丈も明らかに異質だ。思わずじろじろと観察してしまった澄に対し、男は白皙の美貌を台無しにする豪快なあくびを見せた。


「納豆や(しじみ)売りならお断りだよ?」


 億劫そうに尋ねられて澄はハッと我に返る。あわてて背筋を正し、陸軍式の敬礼をした。


「辞令により参りました! 本日からこちらで務めさせていただく長谷部です!」

「ああ。そういえば新しい人間が来るとか言ってたっけな……」


 辺り一帯に響き渡る澄の大音声にもまったく動じる様子がない。男はおっとりした調子のまま着物の袂を探り、四つ折りの更紙を取り出した。


「きみがえーと……長谷部澄大尉ね」

「いえ、自分の階級は少尉です」

「大尉だよ? ここにそう書いてある」


 ほら、と目の前に広げられた紙を澄が覗き込めば、立派な毛筆がでかでかと躍っていた。



 陸軍少尉 長谷部澄

 任 陸軍大尉



「……は?」


 呆気にとられた表情で固まる澄。その鼻先からひらりと紙を遠ざけて、銀髪の男は世にも美しく微笑んだ。


「二階級特進おめでとう。これで晴れて、昨日までのきみは死んだってことだね」

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