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4-21 ∅生コンフリクト

「他人には優しくしておけよ」


なぜ?


「その方が色々と面倒がないからな。例えできなくても、笑顔を向けておくといい」


ふーん…。


「あ、てめ。納得してないな?」


バレてしまった。

仕方ないので「それで?」と続きを促す。もちろん、『笑顔』で。


「ったく…結構大事な事なんだぞ? あー…でもお前さんなら『他人には』というより、『人には』と言っといた方がいいか」


そう言って、師匠の手でわしゃわしゃと頭をかき回される。


……。

…………。

それから少し。

師匠と別れ、独り立ちをした僕は、その言葉通りに「笑顔」で「人に優しく」接し。

その結果として、「化け物」と呼ばれるようになっていた。


「君、いいね」


初冬のある日。

葉を落とすタイプの木々は既に、その寒々しくもどこか力強い幹を見せつけている。

そうして散った葉にまるで包まるように、もしくは覆いかぶさられるようにして落ちていた「それ」。

望外の落とし物に思わず笑みを漏らし、声をかける。


「だ………れ………?」


喉がかすれているからか、しわがれているような、ともすれば、周りの木の葉同士がこすれる音に紛れそうな、聞き取りづらい声。

それでも、こちらを何者かと問う言葉で、「それ」の生存を確認する。


「さて、誰だろうねぇ…」


が、問いには答えず、適当に流しておく。

辛うじて開いていた薄目が閉じられたのを確認すると、木の葉をかき分けた。

見えてきたのは大して大きくもない体躯。生まれて5、6年と言ったところだろうか。

それにしては手足の先がかなり細いようにも見えるが。


「うん、思った通りだ。君、もう長くないんだろう? だったら僕に譲ってくれよ」


もはや身動きする力もないのか、「それ」は答えない。

答えないから、勝手に了承と受け取る。


「よし、じゃあそういうことで契約成立だ」


ぱちりと指を鳴らす。

同時に発生した風が落ち葉を吹き飛ばし、「それ」を掘り起こす。

がりがりにやせ細り、そこらに生えている枯れ木よりもよっぽど折れてしまいそうな手足を抱えるようにして丸まって埋まっていた体を抱え上げる。

そうして手足をどけてようやく、少しふっくらとしたお腹が目に入った。


「…………」


そこまでしても、「それ」は反応を返さない。

辛うじて息はあるので、まだ事切れていないとは思うものの、のんびりしている暇はなさそうだ。

抱え込む腕に少し力を入れると、我が家へと足を向けた。



ぱち…ぱち。からん…。

暖炉で木が燃える音。他に音が鳴らないのもあって、やけに大きく聞こえてくる。

さっき拾った「落とし物」は既に、毛布にくるんで寝床へ放り込んである。幸い、連れ帰るのが間に合ったのか、浅かった呼吸が、今は確かな呼吸に変わっている。

さきほど、流動食も喉に流し込んだから、このまま温めておけば、じきに目を覚ますだろう。

それはいい。けれど。


(しまった、やれることがない)


もちろん、やりたいこともやるべきこともある。

けれど「落とし物」がいつ目を覚ますか分からない以上、そばを離れることも難しい。

ならばと思い、始めた読書もあらかたページをめくってしまい、残すは数ページだ。

対して、「落とし物」は目覚める気配も―――。


「………?」


物音を感じて、視線を上げる。

「落とし物」に注意を向けても、特に変わりはない。呼吸も安定しているし、目も閉じられたままだ。


「さぁって、と……じゃあしょうがない。夕食の準備でもしてしまおう」


わざと大きな声を出して、立ち上がるが、当然、「落とし物」は何も反応を返さない。

そこまで確認すると、背を向けて離れ始める。直後に聞こえてきた、唾をのみ込む音には気づかないふりをして。


ばたん―――。


しばらく。

宣言通り台所に立ち、夕食の支度を進めていた時に、家のドアが荒々しく閉められた音が聞こえてきた。

この家に、好き好んでやってくるような人間はいない。であれば、出て行ったのだろう。

なにが。もちろん、さっき拾ってきた「落とし物」が。


「ふん、ふふふん、ふふん」


とはいえ、焦っても仕方ない。

途中で放棄してしまった作業ほど、再開するのが面倒な物もなかなかないので、支度の手は止めない。

手を止めるのはせめて、用意した具材を鍋に放り込んでから。そのぐらいなら保つだろう、と。



「はぁ…はぁ…ぁっ!」


息が苦しい、足がもつれる。

けれど、あんなところにいるよりはずっといい。一秒でも早く、少しでも遠く。あの場所を離れなくては。

すっかりやせ細った手足を懸命に動かし、少年は森を駆けていく。

『森』とはいっても、木々は既にほとんど枯れて、視界は良好。凶悪な野生動物なんかも、こんなところにはほとんどいない。

そんな、一見安全そうな森なのにも関わらず、少年の焦りは止まらない。

急ぐように、そして駆られるように、逃げ続けている。


「なん…で、『化け物』の住処なんかに…」


気が付いた時には、どこか家の寝床に押し込められていた。それだけならまだ良かったのに、傍にいたのはあの「化け物」。

いつか教えられたその姿が、目の前にあると分かった瞬間、思わず叫びだしそうになってしまった。

それでも声を殺し、夕食の支度をする、と言って部屋を離れた化け物の隙をついて、逃げ出した。

逃げて、早く家に―――。


「っぁ…!!」


帰らないと……と考えた所で、少年の体が不意に前に投げ出される。

先ほどまではふらふらとしながらも、なんとか前に進めていた足が、ついに限界を迎え、さらに運の悪いことに、そのすぐそばに木の根が出張っていた。

結果として、根に引っかかった少年の足はもつれ、上体は引きずられるように地面へと倒れ込んだ。


(……そうだ、帰ったところでどうするんだ)


少年は幼いが馬鹿ではない。

先ほどまでは焦って忘れていたが、自分が捨てられたことは分かっていた。

その記憶も、転んだ拍子に蘇ってくる。


「……っぐ、ぅぇ……」


口から漏れる嗚咽は、転んだケガによるものか、それとも……。

が、そんな少年の不幸はまだ止まらない。

バキリ…とガラスの割れるような音とともに、少年の目の前空間そのものがひび割れる。


「そん……な……」


もはや、立ち上がることもできない少年の言葉を嘲笑うかのように、ひび割れは止まらず広がり続け、ついには砕け散る。

覗き見えるのは、紫がかった奇妙な空間。そこから、何かがはい出てくる。

「それ」は、おおよそこの世のものではない生き物。いや、生き物と言っていいのかすら分からない。

貪欲なまでの捕食性、残虐なまでの加害性。そして突然現れる、その神出鬼没性は、まさに生きた災害。

「魔獣」と呼ばれる存在が、たった今、少年の目の前に「出現」した。


「…………」


魔獣は音もたてずに地面に降り立つと、すぐに辺りを見渡し始める。

そうして見つけるのは、転んで起き上がれない少年。

さて、もしそんな魔獣の目の前に無力な獲物がいればどうなるか。その答え合わせをするかのように、魔獣は自らの体を飛び上がらせる。

延ばされた腕の狙う先は少年。その胴体。

対して少年は動かない。いや、動けない。せめて痛みなくことが済むように、目を閉じる。

そして。


ずちゅ、ぶちぐちゅずにゅり。

こぽ、ばたばたばた……。


鋭い何かが体を貫く音と、一拍遅れて液体があふれ、零れ落ちる音が辺りに響く。


……。

…………。

…………?


が、どれほど待っても、少年の体は痛みを訴えない。

いや、転んだ拍子にできた膝のケガからは、ずっと痛みが襲って来てはいるのだが、それ以上の物がない。

とはいえ、目をつむって動けなかった少年から、魔獣が狙いを外すとは思えない。

であれば。


「困るなぁ。君の命は僕がもらうって言ったじゃないか。勝手になくさないでくれよ」


少年を追いかけて来たのだろう「化け物」が。

魔獣に腹を貫かれ、口から血を吐きながら立っていた。顔には、狂気的なまでの『笑顔』を浮かべて。



転んだのだろうか。

「落とし物」の膝には擦り傷、そして鼻からは血を流しているが、それだけだ。死にはしない。

それだけ確認すると、目の前の獣に向き合う。


「残念だけど、『これ』は僕が先に拾った物だ。欲しいなら、他を当たってくれ」


獣は答えない。答える気がないのか、そもそも言葉が通じていないのか。

が、自分の腹を貫いている腕を引かないところを見ると、どうにも『否』の答えらしい。


「そうか。わかった」


であれば、これ以上の言葉は不要だ。

自らの腹を貫いている獣の腕を片手で掴み、そのまま握りつぶす。


「!? !!??」


突然、肘から先が握りつぶされてしまった獣が、慌てふためくように一歩下がる。

それは人間から「魔獣」と呼ばれるそれが、本来なら味わうことのない感情。『恐怖』が、獣の体を一瞬にして支配していた。


「他人の物を取っちゃダメって、教わらなかったのかい?」


魔獣に、親はいない。つまり、当然、そんなことを教える存在もいないわけだが、あえて「化け物」は口にする。

が、返事は待たない。そのまま獣に近づくと、手を添える。それだけで、獣の体はその細胞にいたるまで、きれいに消し飛んだ。


☆★


師匠曰く。

人間には優しくしておいた方がいい。それも笑顔で。


その教えは僕の深いところに根付き、今日まで実践してきた。


生活の要である川を汚染した獣を倒した。

この世界に突然現れるという「魔獣」とやらの被害にあっていたので、追い払った。

時には、村を襲いに来た盗賊を返り討ちにし、その略奪品を逆に奪い取った。


どれもこれも、普通の人間なら複数人で、それも依頼と言う形で引き受ける物を、すべて無償で引き受けた。


そんなことを繰り返しているうちに、「化け物」と、そう呼ばれ始めた。

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