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4-20 ログアウト・ストーリー

【ログアウト】それは冒険者と呼ばれる者達だけが遭遇する謎の現象である。理由、原因、タイミングなどは一切わかっていない。ただ一つ共通して言えるのは、ログアウトに遭遇した冒険者たちは、その日からホームと呼ばれる街で目を覚ますようになるという事。そして、【ログイン】が来るまで誰もその街から出ることはできないという事。

蟻塚のように小屋や家屋が立ち並ぶこの街では、倒すべき敵もいなければ、特にやることもない、ただ漠然とした退屈だけが縦横無尽に漂っている。

そんな退屈な街で、【ログアウト】から五年経ったクレイはホームの自称案内役として宿屋を営みながら代わり映えのない毎日を送っていた。


世界の終わりが近づいているとも知らず……。




 ――――目を閉じれば思い出す。

 

 地平線へと沈む果ての無い高原を抜ければ、大自然の息吹が隆起した朱色の峡谷がその岩肌を覗かせ、さらにそこを抜けると、荘厳で無機質だった景色とは打って変わり、泡沫のような光が水面に浮かぶ繊細で色彩豊かな湖へと辿り着く。

 そう、今でも鮮明に思い出すことが出来る景色、香り、音、感覚――――。

 堅牢な城壁に囲まれた王政都市に反し、見る影もないほど衰退した廃街。

 爽やかな潮風が吹き抜ける段々の漁港町や、独自の文化を持つ島。

 難解なダンジョンに凄む魔物。人々を恐怖へと陥れんとする魔族との攻防。

 強敵への勝利。賞賛、名声、富、財宝、仲間との絆。

 目を閉じれば、つい昨日の事のように思い出せる。

 

 俺は、そんな世界を生きる『冒険者』だったのだと――。


「――なぁ! なぁオイってば! 聞いてんのかよっ!」


 夢想に浸る俺をうつつに呼び戻したのは、突然の怒声だった。

 付いていた頬杖が崩れたと同時に、俺は声の主であろう人物へ目を向ける。

「あ、ああ……いらっしゃい?」

 初めて見る顔。つまりは、お客様である。俺を追懐へと誘っていた閑古鳥の鳴き声は、華奢な肩を怒らせた赤毛の彼女によって消え去って行った。

 そんな彼女は小首を傾げると、口を開く。

「宿屋の“クレイ“ってのはアンタか?」

「そう、俺がクレイ。趣味でこの宿屋と冒険者の案内をしてる者だよ」 

 頷きながら、俺は彼女の全貌に目を泳がせる。

 一見旅服のような装いに、革の胸当て。背中にはコンポジット・ボウ。それらの装備を鑑みるに、職は中級レベルの『ハイ・アーチャー』か。推測するにレベルは25~30。俺と同じで“此処”じゃよく見るレベル帯だ。

 そんな彼女は徐に俺の正面へ立たった。存外、近くで見ると顔はあどけなく、背丈は低い。カウンターの裏手側に座った俺と丁度同じ目線の高さだった。

「…………」

「…………?」

 鮮やかな色をした翡翠色の炯眼が俺を怪訝に睨みつけている。首を傾げ、顔を寄せ、俺をじぃっと見つめていたかと思えば、彼女は徐に口を開いた。

「本当にアンタがクレイか?」

「……そうだけど」

「……まーいいや。この街の事ならアンタに聞けって言われて来たんだけどー?」

 ガサツで礼節を欠いた言動とは裏腹に、彼女は落ち着かない様子で肩に垂れた一つ結びの髪毛を指先で弄り始める。自分の意思とは関係なく、突然この街へ来たことに不安を隠せないのだろう。そう考えれば高圧的な態度も頷けるものだった。

 故に、俺はいつものように案内役らしく答える。

「先ずはようこそ、ここは『ホーム』という街の宿屋だ」

「ホーム? 聞いた事ねえ街だな」

「そうだろう。この街はどの地図にも存在しない、有る種の“異世界”だからな」

「…………あ? なに言ってんだ?」

 彼女の口が開けっ放しになる。この街、ホームへ始めて来た冒険者の大多数は彼女と似たような反応をするのだ。困惑、恐れ、狼狽。俺だってそうだったが、今となっちゃ、そんな冒険者達を案内する側な訳で……俺は擦り切れる程に使い古したひな形の如き台詞を用いて、彼女に語り始める。


「ここはな、俺達冒険者が、『ログアウト』という現象に遭遇すると訪れるようになる不思議な街なんだ――」


 ――ホーム。それは、俺達冒険者が長らく活動を続けていると、必ず行き来するようになる街で、その発端は『ログアウト』という謎の現象から始まる。タイミングや条件、原因などは不明。共通して言えるのは、突然、目の前が真っ暗になったかと思いきや、気付けばこの街に来ているという事と――。


 話の最中、彼女が尋ねる。

「行き来ってことはさ、元の場所に戻れるってことだよな?」

「あ、ああ……『ログイン』があればな」

「ログインって何さー?」

 俺は咳払いを挟む。丁度その話をしようと思っていたのだ。この街へ始めて来た冒険者達の大半は唖然と俺の話を聞くだけの事が多いので……少しやり辛い。ヴ、ッヴンッ。

「ログインとは謂わばログアウトと対になる現象。ログアウトの時と同じように、突然、目の前が真っ暗になったかと思えば、気付いたら元の場所に戻ってる現象だ」

「ふぅん、ログインにログアウト……ねぇ 街の外には出れねえのか?」

「無駄だ。街の外へ出た途端、また街の中に戻ってるからな」

 小刻みに頷く彼女は切り替えるように言う。

「ふむ……。で、そのログインはいつ来るんだよ?」

「ログアウトと一緒で、何の前触れもなくとしか言いようがないね」

「つまりよく分からん、と。そういうことだな」

 彼女は唇を尖らせる。概ね正解である。

「暇が苦痛なら次のログインが有るまで眠るといい。目が覚めれば元の世界だ。部屋ならいくらでも空いてるし、その為の宿屋だからな」

「初日だし流石に観光くらいはさせて貰うっつーの」

 そう言うと、頭の後ろで腕を組んだ彼女はロビーをしたり顔で歩き始めた。物色するような眼差しで室内を見渡している。俺はそんな彼女へ念を挟む。

「……鍵を渡してないから部屋の中には入れないだろうが、勝手に触るなよ」

「へいへーい。少し見物したら街の方も見てくら」

 生返事のように声を寄こした彼女の態度は……どこか楽観的なものに見える。

 この時までは――誰もログインが来なくなるなんて想像しない。彼女しかり、まだまだ駆け出しとも言えるレベル30帯の冒険者であれば尚更のことだろう。

 

 もちろん、その事を教えるつもりはないし、誰かに教えた事も無い。

 

 これはあくまで個人的見解なのだが、ログインが来なくなる可能性はレベルの上昇と共に高くなる傾向にある。そのせいか、ホームと世界を往来する冒険者達の間では、冒険を楽しめるのは精々レベル60まで。そういった暗黙の了解さえ存在している。故に、冒険者である彼女もいずれ知る時が来るだろう。

 レベルが上がるにつれ、ログインが無くなるであろう冒険者達は、


 ログアウト・ストーリー(その後の自分)を考え始めるのだと――。


 此処では培ってきたレベルや、鍛え上げた武器に装備類なんてものは何の意味も成さなくなり、ログインで元にこそ戻るが、必死に集めたアイテムや金さえも一切が消える。

 スキルとステータスによっては何かしらの暇潰しができるが、この街には倒すべき敵も、冒険すべき場所も、経験値を得ることも無い。出来ない事よりも出来る事を探す方が難しいと言わしめられているくらいには、曖昧な退屈だけが延々と続いて行く。


 だから、料理屋に鍛冶屋、服飾屋に占い師等と、金にもならない完全無給自己満足の商いごっこを趣味とするか、はたまたログインが無い事に失念して眠り続けるか……宿屋以外なら何でもいい。


 かくいう俺は、もう5年前以上ログインが来ていない。もはや待機と言って良いか分からない程の年月が過ぎているが……今でもログインが来ることを信じているのだ。大多数の冒険者は終わりのない余暇に屈して此処の「宿泊客」となったが、我ながらこと諦めの悪さに限っては冒険者の中でも随一だと思う。


「……さて、今日はこの辺にしてあーしはそろそろ行くかね」

 と、彼女は頭上で腕を組んだまま踵を返す。宿屋の出入り口付近だった。そして何やら「要調査だな」と口零した後、彼女は手を振りながら大仰な声で言った。

「そーいや、あーしの名前はミココってんだ」

「ああ、ミココね。覚えておくよ」

 余計な詮索はしない。俺は軽く手を振り返しながら彼女を――ミココを見送る。そのあどけない見た目に似付かわしく、大きく手を振る仕草はちょっぴり愛らしく見えた。その態度と口調のせいで霞んで見える気もするが。

「じゃあな、また近い内に来るぜ」

「ああ、君に神、プレイヤーの加護が有らんことを願ってるよ」

 ――瞬。ミココが振り向く。

プレイヤーだって?」

 肩に垂らした髪がふわりと宙に浮き、背中に回る程の凄い勢いだった。

 すると直ぐに俺へ背を向けると、何やら前のめりになって呟く。

「……間違いねえ。並みのNPC程度だと思ってたが恐らく大当たりだ。本当だって! なに? 一旦戻れ!? っざけんな! ああ、もう分ったよ!」

 ボソボソとした独白は次第にガヤガヤと。俺の方をチラチラ一瞥ていたかと思えば、最終的には地団駄を踏み始めていた。一人で何を忙しく騒いでるのだろうか? 俺はただコロコロと感情の変わるミココの華奢な背中を唖然と見つめた。

「わり、出直してくる」

「え?」

 そう告げると、ミココは煙でも吹いたかのようにその場から姿を消していた。まるでログインを予見していたような、自分の意思でログインを行ったかのような光景を前に、俺は目を丸くする。信じられない物をみた気分だった。

 最中――。


【~本日、緊急メンテナンスを行います~】


 透き通る様な女性の声が街中に響き渡たる。

 その声はホームの空を覆う曇天の向こうから明々と降り注ぎ、室内に居るというのに耳元をピリリと触るくらいの声量で街の隅々へ残響を漂わせていく。

 天の声。その声を聞いたのは随分と久しぶりの事だった。というよりかは、俺がこのホームで過ごす5年の間で、直に女神の天啓を聞いたのは2回目である。

「……なんだか嫌な予感がする」

 まるで自分の意思で消えたかのようなミココに継いで、女神の声。

 奇妙な符合にどうも胸騒ぎがしてならない。

 

 だが、残酷にも運命の歯車は既に回り始めていた――。


「対象を確認。これより接触します――」

 唐突な声。

 振り向くと、その声の主は直ぐに見つかる。

 

「初めまして、クレイさん」


 ……その後の事は、よく覚えていない。

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