4-19 修道院の聖女たち
「リッカ。あなたをこの修道院に置いておくことが出来なくなりました」
修道院で働いていたリッカは、突然そう宣言される。
「え、えっと……つまりクビということですか?」
「中央教会の修道院へ籍を移動することになりました」
能なしと言われていたのにどうして? リッカは困惑する。
リッカは癒やしの能力を隠していた。
そのため能なしと呼ばれていたのだが、それは彼女自身が望んでいたことだ。
すべては、修道院に併設された孤児院の子供たちを愛で、癒やされる時間を確保するため。
もっとも、子供たちが怪我するとこっそり癒やしの術を使う。
実は癒やしの術は、数年前リッカに憑依した「スルア」という謎の存在がもたらしたものだ。
彼は自らを精霊神だと言っているが、まるでリッカは信じていない。
しかしその事実が、次第に大きな陰謀に巻き込まれる原因となることを、リッカは知る由もなかった。
「リッカ。あなたをこの修道院に置いておくことが出来なくなりました」
「え、えっと……つまりクビということですか?」
ここは首都から遠く離れた辺境にある、とある修道院。
私はそこで修道士として働いていた。
「うーん、ちょっと違うかな。栄転、そう栄転よ!」
「は、はあ」
「あなたは中央教会の修道院へ籍を移動することになりました。王都郊外にありますが、大聖堂も随分近くなりますので栄転と考えてちょうだい」
「……私が? どうして急に? なんの取り柄もないのに」
「うーん、そう言ったのですが」
「えっ、言ったんだ……」
「まあ、とにかく行ってみなさい。向こうで詳しい説明があるでしょう」
「わかりました」
私は気のない返事をする。
この修道院は、辺境に近いものの土地が豊かで気候もいい。そのため、極貧というわけでもない。
みんな幸せそうで、毎日楽しく暮らしている。
特に孤児院の子供たちはとても可愛らしく、私の癒やしとなっていた。
そんな場所を、追い出されるなんて。正直言って気が進まない。
私は追い出されるようにして、慣れ親しんだ修道院を後にした。
『どうした? しょぼくれた顔をして』
私の頭の中にとても麗しい男性の声が響く。
彼は、スルアという謎の存在だ。
数年前のある日突然、私に憑いてしまった謎の存在。自らを精霊神だと思っているらしい。
「……そりゃ、あのとても尊い可愛い子供たちの顔を見られなくなるのは寂しいなと」
『ふむ。そういうものなのか?』
……あの尊さを分からないなど、信じられない。身体も感情はともかく、心もどこかに落としてきたのかしら?
『ところで、これからどこへいくのだ?』
「王都」
『ほう、あの賑やかな場所か。素晴らしく荘厳な大聖堂があり、日々多くの人間が私に祈りを捧げに訪れていた』
まるで見ていたように言っている。
相変わらず妄想が激しいなあ。私が行くのはそこじゃない。
「——の近郊の修道院」
と付け加えると、ずっこけたのかガタっと音がした。なんかだんだん芸が細かくなっていくなあ。
『そ、そうか。でもどうして我の力を使わぬ? パパッと無くした手足の一つや二つ、あるいは蘇生術を使えば聖女として認められるだろうに』
「私はね、小さい子供たちを抱き締めて、頭をナデナデするのが生き甲斐なの。子供たちが好物……じゃなくて、生き甲斐なのよ。そんなことしたら、出来なくなっちゃうじゃない」
『そういうものか? 人間とは分からんものだな』
偉そうに。だいたいアンタ何者なのよ……と思う。
『だから精霊神だと言っておる』
はいはい。もう聞き飽きたわよそれ。
「とにかく、私はここで修道女として働くの。たぶん王都の近くだし孤児院も併設されてるでしょう。可愛い子供たちもきっといる」
いつまでも平行線をたどるスルアとの会話を切り上げ、私は馬車に乗り込んだ。
☆☆☆☆☆☆
「ふう、やっと着いたわ」
馬車に揺られること数日ほど。私はようやく目的地に到着した。
今までいた所より随分大きい修道院で、敷地も広いようだ。
私はここで、修道士——ではなく、修練士として活動を始めることになった。
要は見習いという立場で、雑用から各修道士の手伝いを行う。まずは修練期間があり、その後初請願を行うことになる。
なんというか、ちゃんとしている。
私がいた辺境の修道院はそのあたりがなあなあで、適当だった。
そのため、私には修道士の資格がないと判断されたのだ。
『その割に元気そうではないか』
「ふふふ。そりゃそうですよ。だって——」
院長によると、ここは少し大きめの孤児院も併設しているという。
実際に、児童世話係という専属の修道士がいる。そう、【専属】である。
前の所のようにいろんなことをするのではなく、ここは役割分担がはっきりとしていた。
「つまり一日中、子供たちのお世話をして過ごせるの。しかも前いたところより、たーくさんの子供たち……うふふふふ」
『お、おう』
スルアのくせに引いているのが気になるけど、まあいい。
とにかく私は今、最高潮に気分が高揚していた。
「よーし! 頑張るぞ!」
気合いを入れなおすと、早速掃除に取り掛かったのだった。
☆☆☆☆☆☆
それから一週間ほど経った頃。
朝、副院長に呼び出され、院長の部屋に出向くと、そこにはもう一人修練士がいた。
いつもは朝に全員まとめて呼び出され、その日一日の仕事を割り当てられる。
しかし私たち二人の修練士は、他の人達と別に院長室に呼び出されたのだ。恐らく二人で何かの作業をするのだろう。
彼女は私を見ると、チッと舌打ちをする。
な、なんだこの人? たしかエレナって名前だったはず。無口なようで、今まで話したことがなかった。
『ほう、この女、力を持っているぞ。かなり強い悪霊払いの能力を持っている。その上、戦闘経験もある』
スルアが驚いたように喋る。
え? そんな人がどうして修道院へ?
同時に私は「今日も児童世話係の手伝いはなしか」と落胆する。さすがにそんな戦闘民族系と子供の世話はないだろう。
私たちが揃ったのを見て、院長が優しげに口をひらく。
「リッカさん、エレナさん。今日あなた方二人は聖遺物係のメアリーの付き添いを頼みたいと思います」
「どこかに出かけるということですか?」
「はい。ある貴族からの申し入れで、聖遺物と思わしき魔道具が倉庫から見つかったとの連絡がありました。この修道院に納めたいとのことで、修道士のメアリーが向かっています」
院長が言いづらそうに続ける。
「実は先ほど追加の手紙が届き、それによると聖遺物は複数あるようなのです。恐らくメアリーひとりでは持ち帰られないので、合流してもらえると助かります」
「そういうことでしたら」
エレナは納得したようだ。
確かに武器も扱うならそれなりの腕力なのだろう。でも私が選ばれたのはなぜなのか?
聞こうと思ったものの、院長の微笑みから「何も質問するな」という凄みから、質問はやめたのだった。
「じゃあ、さっさと行きましょうか」
私は自分の準備をすると、修練士のエレナに声をかけた。
「あなた、足手まといにならないでね」
「は?」
「私は修練士を早く終えて修道士に、そして聖女職に早くなりたいの。仕事に失敗をしたらただじゃおかないから。あなた、何の力も無いって聞いたわ」
「っ……はあ……」
少しカチンとしたものの言い返せない。スルアの溢れるような癒やしの能力は今までひた隠しにしてきた。
なので、私は能なしと言われてきたし、それは構わない。
でも、修道士になりたいのは私も同じ。私だって早く児童世話係になって一日中子供たちを愛でたい。
エレナより先に修道士として認められようと私は急にやる気を出したのだった。
「何よ、ゆっくり歩けばいいじゃない?」
「そっちこそ」
私たちは競うように歩き出し、目的の屋敷に向かう。
「能なしにしては、はぁ……よく歩くじゃない……はぁっ」
「どういたしまして」
あっという間に置いて行かれると思ったのに、意外と差が付かない。
これは多分——。
『我のおかげだね。我に感謝して祈りなさい』
当然祈りなど捧げることはないのだけど、スルアには多少なりとも恩を感じているため黙っておくことにした。
「……あ、あれじゃないかしら」
目の前に大きなお屋敷が見える。
遠目から見ても分かるくらい立派な建物で、いかにもお金がかかってそうだ。
入口の前には門番らしき人がいるけど、どうやら通してもらえるらしい。
「さあ、行くわ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あ、足がもう限界なのよ!」
私は先に門をくぐろうとした。でも、それもできず無理矢理エレナの腕を首に抱え肩を貸す。
「しょうがないわね」
「なっ、何をするの!?」
「いいから。あなたが倒れて怪我でもしたら大変でしょ」
「……ふ、ふんっ」
エレナは少し驚いた顔をした後、少し頬を赤らめ、そっぽを向いてしまった。だけど振りほどこうとはしないようだ。
そのまま私たちは屋敷に足を踏み入れた。
玄関まで行きノックをすると、中から執事さんが現れて私たちを奥の部屋に通してくれる。
執事さんにしては少し若いなと思った。
「では、こちらの部屋でお待ちください」
「はい」
さして疑問に思わずエレナと一緒に部屋に入る。
しかし……そこには……腕から血を流し負傷したメアリー先輩が苦しげにうずくまっている。
「ちょっと、どういうことですか?」
ガチャリ。
振り返り、執事さんを問い詰めようとした瞬間、ドアの鍵がかけられてしまった。
しかも内側から解除できない。
「えっ? ちょっと! 執事さん?」
『おい、それよりもあっちの女の方がヤバくないか?』
よく見るとメアリー先輩の顔色が悪い。腕の傷口からたくさんの血が出ているし、とても苦しそうだ。
ど、どうしよう……スルアなんとかならないの?
『うーん、リッカが直接治療すれば治りそうだが……』
ダメだ。メアリー先輩自身も、息は絶え絶えであるけど意識はあるし、エレナだっている。
彼女らに私に癒やしの能力があることを知られたくない。
知られたら、確実に児童世話係ではなく、看護係に配属されてしまうだろう。
だけど……私はどうしておメアリー先輩の苦しそうな顔を見たくなかった。
私はメアリー先輩に近づき、右手をかざす。
スルアの『これだから人間は分からんな』という声を無視して——。





