4-17 喰むボ女子には気を付けろ! ネット恋愛で会った子が肉食系の姫でした
ネット恋愛。それは、現実に適応出来なかった者達の、最後の希望。
SNSではユースケと名乗る男もまた、希望と下心を胸に抱き、仲良くなった女性とデートの約束をする。
滑舌の悪い、地雷系ファッションの女の子。可愛い自撮りを思い浮かべながらウキウキで当日を迎えるも、直接会った彼女は、ドが付くほどの肉食系女子だった。
それからは、ハプニングが続く日々。
ドタバタと騒がしいくも、充実した毎日が待っていた!?
だがもし今の俺が、仮に過去の俺にメッセージを残せるののなら、きっとこう言うだろう。
「ネット恋愛はやめておけ。」
ネット恋愛はやめておけ。
数多の偉大なる先人達により、語り継がれてきた教えだ。
そして俺は今、その教えに背こうとしている。
考えてもみてほしい。ちょっと女の子をゲームで手助けするだけで、「ユースケくんしゅごぉいぅ」と褒めてくれるのだ。
ましてや、その子がリアルで会ってくれるというのに、どうせくだらないネットの童貞共の僻みから生まれた、よく分からない教えなど守っていられようか。いや、ない。
そういった事情もあって、俺は今、名前しか知らない街にいる。引きこもりには辛い街だ。
お母さんに買って貰った装備しかない、先週までの俺であれば、きっと駅のトイレに逃げ込んで、外に出ることすら出来なかっただろう。
しかし、今日の俺は一味違う。ネット上の既婚者や彼女持ちの知り合いを集め、全身コーディネートしてもらっているのだ。服に疎い俺には分からないが、少なくともドン引きされるような服装でないことは確かである。
心持ちだけは胸を張りつつ、実の背を曲げて歩きながら、今日会う予定の彼女、ガブたさんに想いを馳せる。
滑舌が悪く、某ハムスターアニメのキャラクターのような喋り方、いわゆる「ハムボ」が特徴的な彼女。黒やピンクを基調とした、なんかフリフリしたものがよく付いてる地雷系ファッションというものを好み、なんかキラキラ加工した自撮りをあげている、インターネットによくいる女性だ。
しかし、彼女はその他のインターネット女性とは一線を画している。
俺がゲームで活躍した時は褒めてくれるし、寝るまで通話に付き合ってくれる。しかも、欲しいもんリストやギフトコードを送った時は、いつにも増して明るい声で、「ユースケくんあいがろうぅ」と話しかけてくれるのだ。
知り合いは皆、罠だからああいう女性はやめとけ。お前のようなやつは喰われるぞと言うが、ガブたさんだけは違うのだ。
期待に胸を躍らせ目的地の広場へと向かっているところだった。突如、建物の隙間から、バタバタと騒ぐような音と女性の声が聞こえた。
「なあ、いいだろ。こんなとこまで付いてきたってことはそっちもその気なんだろ?」
「やめ、やめれくらはい!」
聞き覚えのある声だった。
わざとかと思うような滑舌の悪さ。甘ったるい媚びるような声。かといって不快感は全くない完璧なハムボ。これは間違いない。
「ガブたさんだっ!」
不良相手に勝算などないにも関わらず、俺は咄嗟に建物の隙間へと体を滑り込ませた。
途中で靴が脱げたが、そんなもの後で拾えばいい。
手遅れになる前に、ガブたさんを助けないと!
「ガブたさんっ!」
角を曲がり、すぐさま飛びかかろうとして目に入った光景は。
タンクトップの男にナイフを突き立てる、地雷系の女だった。
「うーん、服汚えたっちゃぅ……」
女は、声もなく崩れ落ちる男には目もくれず、服の汚れを気にしている。一度や二度のことではなく、普段の行動かの如く振る舞っている。
「きょうはユースケくんだったけお、この人れいいかなぁぅ」
俺のつもりだった、というのはデートのことではないだろう。
間違いなく、俺を誘って殺すつもりだったのだ。理由は分からないが、きっとそういうことだろう。
「ユースケくんがくぅまえに、はあく片付けないろぅ」
そういって、既に動かぬタンクトップの男に、再びナイフを突き立てようとする。
間違いない、ここで男をバラすのだ。
幸いなことに、未だ気付かれてる様子はない。
すぐにここから立ち去って、警察に通報するのだ。
そう思って後ろを振り向こうとするも、足がもつれて転倒してしまった。
どさり、と。音を立てて、尻から地面に倒れ込む。
「誰かいうのぅ?」
動けないでいる俺と、ゆっくりと振り向く彼女の目が合った。
加工された写真で見るよりも、とても綺麗な女性だった。
黒とピンクのフリルのついた服も、ハーフアップに結われた黒髪も、少し顔にはねた返り血も、全て似合っている。
右手にナイフを持った彼女は、小柄な女性とは思えない速度でこちらに駆け寄ってきた。そして、俺に声をかける。
「もしかしえ、ユースケくぅん?」
「は……え、あっ……」
「やっぱいそうらぁ! ユースケくんらぁ!」
声にならないような音で、俺をユースケと認識した彼女。いつも通りの声で、話しかけてくる。
「きょうはこのあろ、ユースケくんをお飯にしろぅと思っえらんらけろぉ、他のお飯がれきらから、またこんろねぇ」
ユースケをご飯にしようと思っていたが、他のご飯が用意できたからまた今度にしようということらしい。
つまり、俺は今日、物理的に喰われる予定だったのだ。
すぐにでも逃げ出したかったが、彼女に足を抑えられ、身動きが取れない。華奢な体からは想像がつかない力で、地面に押さえつけられている。
「ユースケのお家は知ってうからぁ、逃げれも無駄なんらよぅ」
と、嗤いながら足を離す。既に逃げられるが、逃げる気力も失せた俺は、どうすることも出来ずに立ち上がる。
「この人を袋に入れうからぁ、頭のとこ持ってえくえうぅ?」
手伝えば完全に死体遺棄の共犯だが、逆らって死ぬよりはマシだろう。まだ暖かい男の頭を持ち上げ、袋の口を広げて構える彼女を待つ。
そして、袋が男を飲み込んだ。
物言わぬ肉袋を片手で担ぎ上げた少女は、都合の良いところに停まっているミニバンのドアを開け、男だったものを放り投げる。
「こえで、共犯らねぅ」
やはり、そのつもりだったようだ。
こうなると、警察に駆け込むこともできない。牢屋の方が安全かもしれないが、そう断定できない嫌な力強さを感じてしまう。
俺はもう、彼女に屈服してしまっているのだ。
車の鍵を取り出した彼女は、こちらを振り向いて一方的に告げる。
「それじゃあ家まれ送っれあげうねぅ。今度迎えに行くかあぅ」
選択肢はない。逃げるにも家はバレている。警察に駆け込んでも共犯だし、そもそも逃げ切れる自信もない。親戚や友人の家も、巻き込んでしまったらと考えると頼れない。
しかし、こんな状況でも、あの時通話で過ごした彼女を信じている自分がいた。
確かに、本当の意味で、踏んだら終わりの地雷系女子だ。
皆の言う通り、危うく喰われるところだった。
だが、寝落ちもちもちで話した、「あたぃも優しぃかえし欲しぃなあぅ」という言葉が、偽りだったとは思えないのだ。
食欲は埋められても、心の隙間を埋めてくれる人は現れなかったのだ。
そう思えば。その一つに賭けるとするならば。今俺が取るべき選択肢は一つ。既に決まっていた。
「ガブたさん、俺は帰りません」
「ろうしらのぅ? 置いていっれも、後ぇ場所わ分かるんらよぅ?」
「約束だったでしょう? 二人で会おうってね。せっかくあったんですし……」
言い返されないうちに、覚悟を決めて畳み掛ける。
「俺、見たい映画があるんすよねぇ。せっかく、普段来ない街まで、出てきたんだし、買い物とかぁ、ね?」
「どういうつもりぅ?」
探るような目をしたガブたさんの瞳を、真っ向から、だが決して睨まないよう見つめかえす。
「ガブたさん、デートしませんか」
俺が、彼氏になればいい。





