4-13 不思議の国で出逢った少女~嘘つきたちのために鳴る偽りの鐘~
平凡な学園生活を送っていた青年、柊光輝は駅のホームで白髪の少女、鳴無樹里と出会い、恋をする。
学園からの帰り道、自分の気持ちを伝えようと光輝は樹里を追うが、その途中で不可思議な現象に巻き込まれ、意識を失ってしまう。
目を覚ましいた光輝の前には、昨日までと同じようで何かが違う違和感のある世界。
それが自然なことのように感じられる一方で、それを受け入れることのできない自分に気づく。
よく知っているはずの、違和感だらけの好意を向けてくるクラスメイト。
一緒に住んでいるはずなのに、なぜかよそよそしい妹。
彼らとの生活を送るうちに、光輝はやがて自分が世界と敵対していることを知っていく──。
好き好き好き好き好き好き好きだから好きと言っての恋愛詐欺のローファンタジー。
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──なあクロ。
ケッコンって知ってる?
語り書けてくる少年の、組んだ足の間に座り、少年を見上げながら黒猫は首をかしげる。
ニンゲンはさ、大きくなったら、男の人が女の人を好きになって、そしたらケッコンするんだって。
それで、ケッコンした二人は、ずーっと、ずーっと二人でいっしょにいるんだって。そういうケーヤクなんだって。
ボク、好きってまだよくわからないけど、ずっと一緒にいるならクロがいいな。
青いガラスのような大きな瞳がパチクリと瞬きをする。
──これは、とある一人の少年が、新しく覚えた言葉を猫に教えてあげたという、ただ、それだけの話。
やがて少年の記憶からも薄れていき、いつかは忘れ去ってしまう、しかしそんな幕間のひとときが確かに在った──。
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彼女いない歴=年齢の男子、柊光輝。
俺にとっての初恋は、不意に訪れた。
ガヤガヤと人の群れ。
ホームに響き渡るアナウンスが、次の列車の到着を知らせている。
──感じる。視線だ。
ここしばらく、ホームで電車を待つ間、ずっと感じる誰かの視線。
その視線のもとをチラリ視線を向けると、
──いた、あの子だ。
向かいのホーム、二列に並ぶサラリーマンの列に隠れて、小柄な少女が立っている。
うちの学園とは違う制服、セーラー服に身を包み、セミロングに伸ばした髪の色は珍しい白。
その白い髪に控えめに結ばれたリボンの色が芍薬を思わせ、その物静かそうな佇まいに相まってミステリアスな雰囲気を醸している。
「っ?!」
不意に、彼女と目が合ってしまい、思わず俺は目をそらした。
胸がドクドクと鼓動を鳴らし、恥ずかしいほど顔が熱くなる。
ちょうどその時、ホームに電車が到着した。
急いで窓側の座席を確保し、顔に手を当てて大きくため息をつく。
いまだ鼓動は鳴り続けているが、──しかし決して悪い気はしていない。
「……あーヤバい」
思わず独り言ちてしまう。
ここしばらくの間で、知らず自分の中に生まれた感情を自覚する。
最初はただ、なんとなく視線が気になっていただけだったはずなのに、気づけばいまは、自然あの子の姿を視線で探してしまう。
そして彼女を見つけ、彼女の視線もまた自分のほうを向いていることへの言い知れぬ多幸感。
──間違いない。
俺、知らない間に、あの子にめちゃくちゃ惚れちゃってる。
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──チャイムが鳴り響く。
退屈な授業が終わりを告げ、お昼休みの時間がやってくる。
鬱屈した静寂から解放された生徒たちは思い思いに席を立ち、それぞれグループになって食事を始める。
見慣れた光景。
ありきたりな日常の一幕だ──
「……はあ? 告白する? だれに? ……まさか俺?」
席の向かい、両ひざを立てて座りながら素っ頓狂な声で質の悪い冗談を吐く悪友。
こいつの名前は両羽桐斗。
中性的な容姿に相まって、何故か髪留めにリボンを愛用するため、初対面の男子が必ずと言っていいほど混乱する美青年だ。
──ちなみに、本人はいたってノーマルであり、その気はないと主張している。
「お前なわけないだろ」
「ええーなんだよ即答とかつれないじゃーん。俺とコウキの仲じゃんかさ~」
なおも口を尖らす桐斗に、今度は横合いからあきれた声がたしなめる。
「そのくらいにしておけ、キリト。たとえ冗談であってもお前が言うと一部の女子が騒ぐ」
そういって豪快におにぎりにかぶりつく彼女は綺堂院真琴。
女子にしてはやや長身の、まるでモデルのような体格──本人は気にしているようだが──で足を組んで椅子に座る姿は男の俺から見ても格好良く映る。
中性的な、やや格式ばった物言いをするのは、なんでも実家が古い格闘技の大家だからなんだとか。
最初は痛いやつなのかなと思っていたが、似合っているせいなのか意外とすぐに慣れた。
今ではむしろ標準語をしゃべる綺堂院のほうが不気味で想像できない。
「へーいへい、綺堂院さんは相変わらずお堅てぇこって」
キリトがあっかんべっと舌を出してみせる。
それを無視して綺堂院はこちらへと視線を向けた。
「しかし急だな、柊。お前に惚れた女があったとはついぞ聞いた覚えがない。キリトではないが、いったい相手は誰なのだ?」
「いや、それがさ。名前はその、俺も知らないんだ」
「はぁ? なんだそれ? 名前がわからないって、別のクラスのやつ? あ、それか学年が違うとか?」
矢継ぎ早に質問してくるキリトに、俺は首を振って苦笑する──なんだか気のせいか、さっきからいやに周りの連中が静かなのが、聞き耳立てられてるようで気恥ずかしい。
「いや、そうじゃなくて、そもそも学園が違うっていうかさ……」
「別の学園? え? お前って他の学園に知り合いとかいたっけ?」
「いないよ」
「うぉい。じゃあどこで知り合ったんだよ」
「知り合ったってわけでもないんだけど、いつも見かけるのは駅のホームでさ──」
かくかくしかじかと、いつも感じる女子からの視線や、昨今の自分の中の変化を二人に語る。
話し終えると、二人はそれぞれに驚いた表情でこちらを見ていた。
「……へぇ~。意外」
「だな。柊は自分から興味をもてないことには無関心な奴なのかと思っていたが、意外と受け身だったというわけか」
それについては俺も同感。
正直、俺もまさかこんな風に女の子を好きになるなんて考えたこともなかった。
「っていうかさ、あれ? 相手のほうからコウキのこと好きになったんだったら、それって絶対うまくいくやつじゃん?!」
「うむ。道理だな」
「ヤバ! ってことはお前、明日から晴れてリア充の仲間入りってわけか?! おいちょっと待て俺を置いていくなよ俺たちズットモだろーがこのヤローばかやろー!」
「いやいやいやいや! まだわかんないし! ほんとに向こうもこっちに気があるかとか絶対じゃないんだし!」
「はあー? 今さらカマトトぶってんじゃねー! そんなこと言ってお前だってイケそうて思ってるから告るんだろ?! ぶっちゃけてめーは勝率どれくらいだと思ってんだよこのヤロー?!」
「えっと……五割くらい?」
「「「「「うそつけ!」」」」」
その瞬間、なぜか教室中から一斉に非難の声が上がった。
ついでにゴミやらカバンやらも降り注ぐ。
「と、まぁ冗談はともかくだ」
そういって桐斗はニヤニヤ顔はそのままに、こちらへと向き直る。
「いーんじゃね? コウキが惚れたってんなら俺は応援してんよ、マジで。──な、綺堂院?」
「無論だ。存分に当たって砕けてこい。なに、骨ならキリトと私であまさず拾ってやるさ」
「そんでさ、もしうまくいったらその子連れて来いよ。みんなで一緒に遊びに行こうぜ」
++
その日の帰り道。
さすがに人通りの多いホームで声をかけるのは躊躇われた俺は、彼女の乗る電車と同じ電車へと乗り込んだ。
──これから彼女に告白する。
そう思うと心臓がバカみたいにバクバクと鳴った。
やがて、学園から三つ先の駅で彼女は電車を降り、俺もそのあとへと続いた。
ホームを抜け、階段を下って改札を抜け、夕焼けの知らない街へと足を踏み入れる。
そして、そこまできて俺は気づいた。
──ヤバい、これじゃ俺、まんまストーカーじゃん。
ガチのやつだった。
そんなことを考えるうちにも、彼女は人ごみの中をスルスルとすり抜けていく。
そうして商店街をしばらく進んだ後、不意に彼女は大通りを逸れ、──近道だろうか、裏路地へと姿を消した。
──いったいどこへ──ッ?!
彼女の後を追い、路地裏へと足を踏み入れた瞬間、
「──ぅっ?!」
──ブチャリッ!
音に言い表すとそんなような、まるでドロドロの沼か田んぼへと素足で踏み入った時のような、そんな粘性の水音が鼓膜へと響き渡る。
視界がぐるぐると周り、暗い路地裏の薄汚れた建物の壁を、窓を次々と映しながら、まるで吸い込まれるように地面へと落ちていく。
回りながら暗い闇が徐々に視界を覆い、──やがて真っ暗になった頃には俺の意識は途絶えていた。
──それが俺、柊光輝にとってのワンダーランドの入り口だったのだと、
俺はすぐ後に知ることになる。
++
最初に聞いたのは──
──無骨な金属のこすれる音。
目を閉じたまま、意識が覚醒していくのを自覚する。
暗いな。
──えぇ。夜なのですから。
体が、動かない。
──えぇ。眠っておられるのですから。
夢の中で交わす他愛もない会話。決して珍しいことじゃない。なのに何故かこの、心地よい軽快さで返してくる──その合いの手が無性に引っかかった。
この声は──誰の声だ?
「……あら? 気づいてしまわれたのですか」
突然、耳に響き入る少女の肉声。そのリアルな感覚に、──まるで体内の器官が忘れていた活動を再開するように、意識が覚醒していく。
月明かりのせいか、薄く開いた視界の向こうは酷く眩しくて──
「ですが、今しばらくはお眠りなさい」
その声に誘われるように、再び意識が闇の淵へと沈んでいく。
深く深く、揺蕩うように。
蕩けるように意識が消失していき──
「──さん、お兄さん、朝です。起きてください」
──目覚めは鮮烈かつ混乱とともに訪れのだった。





