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心の内

 僕が話す間、フランは静かに聞いていた。

 どこか不自然な日本語や文法があったかもしれないけど、フランはただただ聞いていた。

 僕は僕で、話しながら頭の中を整理していくように、何も順序なんかを考えないで、頭の中に思い浮かんだ事柄を話し続けた。その話の大半が文芸部に関することなのは言うまでもない。


「つまりはさ、僕は部長とか先輩に卒業してほしくないのかしてほしいのかがよくわかんないんだ。よくマンガとかで別れを惜しむ後輩とかいるけど、僕は別にそこまで深く思ったこともないし、会おうと思えばまた会えるし、あの部長なら勝手に会いに来そうだし。でもなんかこの辺がモヤモヤするんだよね」


 僕は自分の胸と首の間辺りに手をやった。

 もちろん吐き気の類ではない。


「なんか突っかかってるっていうか言いたいことはあるんだけど、何を言ったらいいのかわかんない。そんな感じなんだけどわかる?」


 そんな僕の些細で不思議で答えを求めていないような質問に、フランはただ笑顔で応えた。

 

「言っとくけど、部長が引退とか卒業とかしてさみしいわけじゃないからね? ついでにツンデレでもないからね?」


 それにはさすがのフランも笑っていた。


「じゃあなんなんだって話になるんだけど、それがわかれば僕も苦労しないっていうか……。あーもう結局わけわかんないし……」


 僕は俯いて大きなため息をついた。

 どれくらい話したかわからないけど、言いたいことはフランに全部言ったと思う。これが僕の部長たちに言いたいことで、思ってることだった。でも話してて思ったのは、やっぱり堂々巡りで終わってしまっていて、自問自答のいたちごっこになっていた。

 こんなことを聞かされて、フランが理解できているのだろうか?


「……フラン。意味わかった?」


 僕はフランの顔を覗き込みながら問いかける。

 フランは考えるように正面の壁の少し上の方を見ながら顎に指を当てた。


「浩二はぶちょー達のことがスキっていうコトはわかったヨ」

「なっ……」

「浩二は素直じゃないカラ口では言わないだけど、今の文芸部がスキなんだね」

「…………」


 まぁ否定はできない。

 この文芸部文芸部してない文芸部が気に入ってるのは少なからず事実だ。


「きっとぶちょー達がいる文芸部がスキだから、文芸部からぶちょー達がいなくなるのがさみしいんだとフランは思いマス」


 フランは小学生の作文みたいに笑顔で言うが、それはあながち間違いではないのかもしれない。

 僕は部長たちがいなくなった後、多分確実に文芸部に残るだろう。そしてフランの留学も今年度で終わる。となると僕を含めて後輩との三人が残るわけで、きっと今の適当な文芸部とは違い、もっと文芸部らしい活動をすることになる。

 だからこそ現状の文芸部が続くのは部長たちが現役として残っている今だけであって、もう半年もすれば『今の』文芸部は無くなるだろう。

 ……ということは僕はそれがさみしい、のか?

 僕は頭の中でそう結論づけ、フランを見た。

 フランは首を傾げながらも笑顔で僕を見返す。


「そう、なのかな?」

「どうだろうか?」

「その日本語、どこで覚えてきたんだよ」


 僕がツッコミを入れると、フランはよいしょと立ち上がった。

 そして立ち上がってから僕を見る。蛍光灯からの逆光で若干フランの顔が暗くなる。その顔は、さっきまでの笑顔とは違って、僕を心配しているようなさみしげな笑顔だった。


「もうぶちょー達に言える?」


 その一言に、胸がギュッと締め付けられたのがわかった。

 フランのさっきの言葉を思い出した。

 『言いたいことを言うことは、聞きたくないことも聞かきゃいけない』

 その意味が込められた今の一言なのだろう、と僕は感じた。

 僕は胸の締め付けを感じたまま、フランをまっすぐ見て答える。


「……明日、言ってみるよ」

「ウン。ファイト!」


 フランはいつもの笑顔で返した。


「じゃあそろそろオヤスミね」

「そうだね」


 そう言うと、フランは部屋を出ていこうと扉に手をかける。その背中に僕は声をかけた。


「フラン」

「ン?」

「その……ありがとう。話聞いてくれて」

「おやすいゴヨウだ!」

「何それ。おやすみ」

「ウン。オヤスミなさい」


 最後に笑顔でそう言って、フランは部屋を出ていった。

 一人になった部屋で、僕はベッドにゴロンと寝転がると、さっき話したことを思い出した。思い出せば出すほど何を言っているのかよくわからないことばかりだっただろうけど、何も言わずに聞いてくれていたフランには感謝だ。でも恥ずかしかったから『ありがとう』の言葉だけで済ませてしまった。

 今度はこれを部長たちに話さなきゃならないと考えると、台本を作っておきたい気分になるが、さすがに用意するのは忍びない。それなら僕の言葉で、その時僕が思った言葉で部長に気持ちを伝えてみよう。


「……まるで告白するみたいだな。ハハハ」


 僕はそう呟いて、部屋の電気を消した。

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