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引退

時系列的には夏休み明けのテスト前的なところ。

「先輩たちって、いつ引退するんですか?」


 僕は夕暮れの部室内で、そんなことをつい聞いてしまった。

 物事に始まりがあれば、終わりもある。

 入学があれば、卒業もある。

 出会いがあれば、別れもある。

 そんな小説を読んだ直後だったからかもしれないし、僕自身が前から心のどこかで思っていたことなのかもしれないけど、今この瞬間の、香月先輩と高城部長、そして最近ますます僕とセットで見られることが多くなってきたフランの四人が部室にいる時に僕は話を切り出した。

 切り出してから思ったのは、『やっぱり言わなければ良かった』と言うことだった。言ってしまった後だからこそ、なおさら思う。

 部長と先輩は所定の位置で参考書を開いてノートに何か書いていた。フランも近づいてきたテストに向けての勉強をしている。勉強をしていなかったのは僕だけだった。フランの勉強に付き合ってると、何かと覚えてしまうのだ。教えるという行為は、自身の勉強にもなるから特に深く勉強していなかった。

 部長はペンを置いて、顔を上げて軽く伸びをしてから口を開く。


「ふぅ……。綾瀬君。君は私たちにいなくなってほしいのか? それともさみしいから残っててほしいのか?」


 部長は少し笑みを浮かべながら冗談交じりにそう言った。

 その言葉に先輩も手を止めてこちらを見た。僕の反応が気になるのだろう。

 僕は用意していた言葉で返した。


「そう言うんじゃないですけど、ただの興味本位です」

「ふふ。そうか。だったら安心したまえ。私と香月はまだ引退しない。三年はギリギリまでいる。最近めっぽう来ていないが、立花もだ」

「別に安心なんてしてませんよ」


 一瞬、『立花』と言われて誰か思い出せなかった。ホントに最近来てなさ過ぎて立花先輩の存在を忘れていた。


「受験勉強はどうなんですか? ちゃんとやってるんですか?」

「もちろんだ。現に君の目の前で繰り広げられているではないか」


 たしかに机の上には参考書やらノートやらが並べられているが、この二人のことだ。新しい中二病の設定とかを真剣に考えているかもしれない。

 ……と、言うのは冗談で。

 本格的にキチンと勉強をしているのは、夏休みが明けてからの部活で見て取れる。クーラーがある部室のほうが勉強しやすいからと、部長も先輩もここでずっと勉強をしている。おかげで家で読めていなかった文庫本を消化するのには最適な部活になっていたが、今までの『文芸部』を知っている人からしてみたら、まるで別の部活になったことだろう。一年生の長内さんと鎌倉さんはさして気にせずにいつも通り二人で小説を書いたりなんやかんやしていた。テスト前だからなのか、あまり顔を出していないのはさして気にならなかった。フランも皆の邪魔をせずに、僕の部屋の本棚から取ってきたであろう小説を見たり読み方を聞いたりしている。きっと普段の文芸部と違うことに一番敏感になっているのは僕なんだと思う。僕とフランは、家に帰っても彩奈が受験生で勉強しているから居づらいというのもある。

 それでも……それでも部長と先輩が部室に来ている点については、引っかかる点がある。


「こんなところで勉強してないで、講習とか塾とか行ったらいいじゃないですか」

「私も香月もそういうのは嫌いなんだ」

「なんでですか。そっちのほうがわかりやすいのに」

「あまり人間関係を持つのが好きじゃないんだ。言わせるな」

「あー……なるほど」


 コミュ障かよ。


「あーそれでもだ」


 部長は頭をポリポリとかきながら言う。


「綾瀬君が邪魔だと言うなら、私も香月も部室とは違うところで勉強をするが……邪魔かい?」


 そんなの……僕に聞かないでほしい。答えなんてこう言うしかないに決まってるじゃないか。


「別に邪魔じゃないです。むしろ静かな部室は僕の望んでた空間ですし」

「ははは。そうかそうか。綾瀬君はツンデレの才能があるな。あとはデレが来れば」

「来ませんからね」


 部長は『全く素直じゃないな』と言って肩を竦めると、先輩と目を合わせてから勉強に戻った。

 僕は二人が勉強に戻ったのを確認すると、カバンの中から新しい文庫本にブックカバーを付け替えた。そして元々読んでいた文庫本をカバンの中に閉まって、ブックカバーを付けたばかりの文庫本を開いた。文字通り『開いた』だけで、内容なんか全然頭に入って来なくて、別のことを考えてしまっていた。


 『素直じゃない』か。

 僕はきっと、今あるこの文芸部が変わってしまうのが嫌なんだろう。

 でも、こんなこと誰にも相談できないし、話せるような仲の相手もいない。

 だからこうして、ただ時が解決してくれるのではないかということを期待しているのだろう。

 そう思いながら、再び勉強へと戻った二人を横目で確認し、僕は文庫本に目を通した。

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