65.レース
スタートの合図が鳴り響き、シロは走り出した。そういえば、僕はシロの本気の走りを見たことがなかった。ものすごく速い。僕が乗っていたら振り落とされていただろう。大型従魔のレースは長距離だ。このまま最後まで進んでくれたら優勝も狙えるかもしれない。僕は必死にシロを応援した。
『がんばるの!シロ!一位になるの!』
『がんばってください!兄さん!』
アオとモモも必死にシロを応援している。今のところ上位はシロとブラウンベア、そして種族がよく分からないがオーストリッチのような従魔だ。
シロは最後の周に全力をかけた。前にいたオーストリッチとブラウンベアを追い越してトップに躍り出る。僕は興奮して飛び跳ねながらシロを応援した。
ゴールテープが切られた瞬間、僕はシロの元へ駆けていった。
「やったねシロ!一番だよ!」
『やった!僕が一番』
シロと喜びあっているとインタビュアーに声をかけられた。僕はシロと一緒に喜びを語る。
どうやら二位はブラウンベアだったようだ。シロの一位が嬉しくてそれ以外は見ていなかった。
インタビュアーが去ると、観客席からメルヴィン達が手を振っていた。僕は満面の笑みで手を振り返した。あれ?おじさんが居ない。どこに行ったんだろう。
午前のイベントは終了で、お昼休憩になった。昼もお客を飽きさせない工夫がされていて、有名なテイマーサーカスが競技場の中央で芸を披露していた。屋台の食事は飛ぶように売れているらしく、行列ができていた。
僕は観客席のみんなと合流しようとして、競技場の奥にある階段に足をかけた。すると、通路の奥の方から大きな声が聞こえた。
「嘘だ!そんな適当なことを言って、僕を騙そうとしてるんだろ!」
「信じられないのも無理ないが、本当だ」
後に続いていたのはおじさんの声だった。僕は不思議に思って通路の奥に足を踏み入れる。
「おじさん?」
そこには困り果てたおじさんと、ジュダ君、そしてブラウンベアが居た。
「エリス!ちょうど良かった。こいつに俺が誰か教えてやってくれ」
僕は困惑したまま言った。
「えっと、おじさんはデリック・ジョーンズ。七賢者の一人だよ」
「嘘だろ?なんで七賢者がこんな所に居るんだよ」
なるほど信じてもらえなかったのか。もしかしたらおじさんは何かジュダくんに関係する未来でも見たのかもしれない。
「おじさんは僕の応援に来てくれんだ。僕が大魔女の弟子だから。おじさんの話だけでも聞いてあげてくれないかな?もしかしたら重要なことかもしれないよ」
ジュダ君を落ち着かせるように僕は言った。ジュダ君は眉間に皺を寄せて半信半疑な様子だったけど、とりあえず話を聞いてくれるようにはなったようだ。
「良かった、ありがとうエリス。さっきも言ったように、君は騙されている可能性が高い。俺は君を助けたい」
ジュダくんが苦しげな顔をしている。信じたいけど信じられない、そんな感じだ。
「俺が見た未来では、君はブラウンベアを収集家に売っていた。病気の母親の治療費のために仕方なくだ」
ジュダ君は目を見開いた。話してもいない自分の事を言い当てられて驚いたんだろう。
「俺は短い未来しか見られないが、その未来がどんな性質のものかはなんとなくわかるんだ。君は医者に騙されている。俺はそう感じた。おそらく収集家もグルだろう」
ジュダ君は信じられないという顔をしていた。
「コンテストの出場者の中で、君だけがあまりに切実そうな様子だったから、気になって先見の力を使ったんだ。使ってよかったよ」
先見を故意に使うには相当の魔力を消費する。それほどジュダ君は追い詰められているように見えたんだろう。
ジュダ君は少し心当たりがあるのかもしれない。考え込んだ様子だった。やがてゆっくりと話し出す。
「突然のことだったんです。母の具合が悪くなったのは。母の具合が悪くなる直前まで、収集家の人に従魔を売って欲しいと何度も言われていました。絶対に嫌だと言うと諦めてくれたので、気にしていなかったんですけど……まさか」
話しながらジュダ君の顔がどんどん青ざめてゆく。医者と収集家がグルだとしたらとんでもない話だ。もしかしたらお母さんの具合が悪くなったのも、医者のせいかもしれないのだから。
「昔から、従魔を手に入れるために金銭的にテイマーを追い詰めるという手はよく使われていた」
借金せざるを得ない状況に追い込んだり、それこそ身内に毒を盛って治療費を必要とさせたりすることがあると、僕は『テイマー』だとわかった時におばあちゃんに教わっていた。この間収集家の大規模な摘発があったばかりなのに、まだ残党が居たなんて……余程巧妙に騙しているんだろう。表向きは後ろめたいところの無い収集なんだろう。
「僕はどうしたらいいんでしょうか?」
ジュダ君は途方に暮れた顔をした。
「とにかく領主様に報告して本格的な調査に入ろう。収集家と医者の名前を教えてくれ。あと君の家の場所も」
ジュダ君はおじさんに情報提供してくれた。後は捕まるのを待つだけだ。
「ジュダ君は捜査が完了するまで普段通り過ごしてくれ、犯人にバレないように」
おじさんはそう言うと帰っていった。
僕はまだ呆然としているジュダ君を、とりあえずランチに誘うことにした。
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