185.家族
「私は……エリスに謝らなければならないことがたくさんある。いやエリスだけではない。ネリーにも、ルースにも……私は家族としては最低だった」
殿下はまるで懺悔するように話し出した。僕は黙ってそれを聞く。
「最初はギディオンに復讐することばかり考えていた。母を……仲間を殺された復讐を……だから同志を集めて戦った。ネリーもそのうちの一人だった」
そう語る殿下の顔は疲れきっているように思えた。
「私達は復讐心から国を正そうとしたのだよ。それはけして健全な集まりではなかった。今となっては最早、私に復讐心などほとんど残っていない……だがこの革命の盟主は私だった。幾度過去の選択を後悔しても、抜け出すことなどできなかった……私には守らねばならぬものが多すぎたんだ」
僕には殿下の苦労はわからない。なぜここまで事を大きくする必要があったのかも……でもそれはひとりの意志ではなかったのだろう。だから王を追い落とすまで止まれなかった。
僕は殿下達が作った平和の中で生きている。昔がどうだったかなんて、伝聞でしか知らない。
でも七賢者が国の英雄と呼ばれているのは事実だ。それに至る動機が健全ではなかったとしても、彼らは国の在り方そのものを変えた。
俯いて、考える。僕はこの人にどんな言葉をかけるべきなのだろう。
考えても考えても、何も思いつかなかった。
おばあちゃんならどんな言葉をかけるかな?
「過ぎたことをいつまでもぐだぐだ言ってないで、ちゃんとしな!」
僕の口から飛び出た言葉に、殿下は虚を突かれたような顔をした。その顔が面白くて僕は笑う。
「おばあちゃんなら、きっとこう言うと思って……」
殿下はとたんに泣きそうな顔になった。
「ああ、そうだな。ネリーはいつも誰より真っすぐに未来を見据えていた……先見の力が強い私よりも、よっぽど未来が見えているんじゃないかとよく思ったよ」
この人はきっと今でもおばあちゃんの事が好きなんだ。顔を見たらそれがわかった。
「おばあちゃんの話が聞きたいです。僕の知らないおばあちゃんの話」
「……わかった。話そう」
それからはずっと殿下の話を聞いていた。殿下の語るおばあちゃんは僕の知っているおばあちゃんそのままのようで、少し違うようにも思えた。
それはこれまでの緊張が嘘のように穏やかな時間で、僕と殿下の間にあったわだかまりもほどけたように感じられた。
「あ、もうそろそろ帰らないと」
「ああ、もうそんな時間か……」
僕はアオとモモを抱いて立ち上がる。チャチャは退屈だったのだろう、シロの上で眠っていた。
「またね、お祖父さん」
僕はあえてそう言った。そう言わないとこの人の性格上、これ以上僕との距離を縮めようとしないと思ったんだ。
話してみたら殿下はひねくれているというかなかなか面倒くさい性格で、なんだかんだ世話好きのおばあちゃんが好きになったのもわかる。
僕がこんなことを言ったら生意気だと叱られるだろうか。僕はそんなおばあちゃんを想像してまた笑った。
扉越しに茫然としている殿下に手を振ると、僕は扉を閉めた。
『家族がまた増えたの!』
帰り道でアオがそう言った。ちょっと複雑だけど嬉しいことだ。
『学園長、エリスのお祖父さんだったんだね。匂いが似てると思った』
そういえばシロは学園長にやたら懐いていたっけ。
『なんだか好きな匂いだなと思っていたらエリスに似てるからだったんですね』
「僕は学園長は従魔に好かれる体質なんだと思ってたよ」
みんなでわいわい話ながら家に帰る。明日は二度目の豊穣祭だ。本物の儀式がどれほど美しいか、とても楽しみだ。




