180.事件
次の日、僕はサーカスが行われる空地へやってきた。
昨日は準備段階だったからかあまり人はいなかったが、今日はたくさんの人がいる。みんなと合流するのが大変そうだ。
そう思ったが、目立つシロがいるのでみんなが続々と声をかけてくれた。
「おはようございます。今日は楽しみですね」
僕はいつものようにグレイスにモモを預ける。シロは大きいから邪魔にならないように隅っこに陣取った。端の方には踏み台もあって小さな僕達でも舞台が見えるようになっている。
『お邪魔するの』
アオはサーカスをよく見たいらしく、背の高いメルヴィンの頭の上に乗っている。
チャチャも真似をしてその上に乗った。
クリアは人混みが苦手なため姿を消してどこかに行ってしまった。クリアの事だから迷子にはならないし、気が向いたら顔を出すだろう。もし迷っても家に帰るはずだ。心配はいらない。
「飴を買ってきたよ!」
サーカス名物の棒付きの飴を買いに行ってくれていたテディーとダレル君が戻ってくると、みんなでわいわいはしゃぎながら開演を待った。
やがてサーカスが始まると演者がステージの上で挨拶をする。演者が開演を宣言すると、色とりどりの煙がステージだけでなく観客席にも噴き出した。
綺麗だなと思って見とれていると、何やら演者の焦った声が聞こえる。そして、僕の意識は途切れた。
意識が途切れる直前、他の観客が倒れる音も聞こえたような気がした。
目が覚めたら僕は、両手と両足を縛られた状態で何もない部屋に放置されていた。きょろきょろと辺りを見回すが、誰の姿もない。
シロも、アオも、モモも、クリアも、チャチャの姿も見えない。僕はとてつもない恐怖に襲われた。
首を伸ばして窓の外を見ると、日の光は高くなっていた。恐らく意識を失ってから数時間は経っている。
僕は冷たい床に寝転びながら、必死に何かないかを探した。広い部屋の内装はやたらと豪華だ。恐らく貴族の屋敷か何かだろう。
僕が必死に助かる方法を探していると、窓の外から声がする。
『起きたか、エリス』
僕は驚いた。この気配はクリアだ。気が動転していて姿を消して近くにいることに気が付かなかった。
『俺は木の上から一部始終を見ていた。エリスが攫われそうだったから空から追跡したんだ。ここがどこかもわかっている。お前は何者かに捕まったんだ、エリス』
ここがどこだかわかっているということは、助けを呼べるという事だ。僕は胸を撫で下ろした。
『その部屋の中には魔法防御が固すぎて入れない。侵入しようとしたら警報が鳴るらしい。俺はすぐにこの場所を知らせに家に帰ろうと思う。助けを呼ぶまで待てるか?エリス』
僕は涙目のまま頷いた。クリアは本当に賢い。僕はこのままここで犯人を刺激しないよう大人しくしていよう。
『犯人は周到だ。恐らくシロ兄さんは鼻を潰された。追跡を防ぐためだろう。犯人が俺の事に気が付く前に必ず居場所を伝えて戻る。だから待っていてくれ』
僕は飛び立つクリアを見送った。
広い部屋にたった一人で、僕は震えながら時を待つ。大丈夫、お父さん達ならきっと僕を助けてくれる。
そうしていると、部屋の中に誰か入って来て僕の心臓は飛び跳ねた。
「起きたか。移動するぞ。謁見の時間だ」
部屋に入ってきたその男の顔を見て、僕はさらに驚いた。昨日の写真家だ。昨日とはうって変わって仏頂面だ。
「全く、お前みたいな子供が探し求めていた『鍵』なんてな。しかし間に合ってよかった。これで陛下の御代は保障されるだろう」
『鍵』とはどこかで聞いた言葉だ。トレバー君が僕は王様が探す『鍵』なんだと言っていた。僕はこれから国王の元に連れて行かれるのだろうか。
僕は男に担がれて、馬車に乗せられた。馬車にはたくさんの魔法道具が積んであった。居場所がわからなくなるものや、悪い奴らが逃走用に使う魔法道具だ。
どうしよう。これに乗せられたらクリアがせっかく場所を知らせに行ってくれたのに、意味が無くなってしまう。
僕は必死にもがいた。しかし、何の意味も無かった。僕は馬車に乗せられてどこかへ連れて行かれてしまう。
さらに悪いことに、途中で転移ポータルをくぐったようだった。これでシロの鼻でも僕を追うことはできないだろう。
絶望感に僕は必死に泣くのをこらえていた。




