177.豊穣祭のお知らせ
僕が将来の夢について悩んでいた時のことだ。
新聞に大きな見出しで今年豊穣祭が開催されることが載った。
「あらまあ、やっと豊穣祭が開催されるのね。数年前から作物の収穫量が落ちていたのにずいぶん遅かったのね」
家に遊びに来ていた妖精が新聞を覗き込みながら言った。僕は作物の収穫量が落ちていたなんて知らなかったので驚いた。
「この土地は五十年ごとに魔法をかけないと維持できないんだよね?どうして遅れたんだろう?」
僕が聞くと妖精は首を傾げる。
「知らないわ、人間の住む土地が無くなっても私達は生きていけるもの。そもそもロージェの魔法道具製作に力を貸したのは長がロージェを気に入っていたからだし、その後は知らないわよ」
僕はしばらく妖精の言葉の意味を考えてしまった。
「待って、この土地を維持するための魔法道具って、妖精が協力して作ったの?」
そんなの授業でも習わなかった。教わったのはただ建国の大賢者ロージェが素晴らしい魔法使いであったという事だけだ。
「そうよ?妖精族だけじゃないわ、他の種族も協力してる。人間はすぐに歴史を忘れてしまうんだから、困ったものよね」
考えてみれば当たり前なのかもしれない。いくら優れた魔法使いでも、人間には他種族ほどの魔法技術はない。この国の土地を自然豊かなものにするための魔法道具なんて、人間だけで作ったとは思えない。それこそ、植物で満たす魔法は妖精の領分だ。
「そうだとすれば、あえて隠されていたのかもしれないな。大賢者ロージェが他種族とそこまで密な交流があったなんてそんな資料は残っていないはずだ」
お父さんがお茶を飲みながら眉根を寄せている。
豊穣祭はこの国を維持するための魔法道具を発動させる五十年に一度の祭典だ。儀式の主役は王族。妖精が関係していたなんて僕も初耳だ。
「彼は私達の力が利用されないように隠していたのだと思うわ。そんなものが作れると知ったら、他の人間達はきっとうちの国にも作れって言い出すでしょう?」
確かにその通りだ。ロージェ様は妖精達を守ろうとしていたんだな。
「そんな事よりお祭りよ!町が賑やかになるわ。美味しい屋台も出るだろうし、一緒に屋台めぐりしましょうよ!」
妖精達は飛び回って喜んでいる。
豊穣祭ではアンドレアス殿下達が何か企んでいるようだけど、さすがに祭りが中止になることは無いだろう。
「エリス、欲しいものがあったら代わりに買ってくれる?五十年前は姿を現せないから勝手につまみ食いするしかなかったの。ちょっと心苦しいから、お祭りの日は協力してちょうだい」
つまみ食いしてたのか……妖精は人間の領域では姿を現せないから仕方がないのかもしれない。僕は一緒に屋台を回ろうと約束した。
『わーい、お祭りだ!』
『エリス、野菜をくりぬいて明かりをたくさん作りましょう。豊穣祭ではそうして家を飾るのだと本で読みました』
シロが自分の尻尾を追いかけて回っている。モモがテーブルの上で前足を叩いた。
「明かり、たくさん作らなくちゃね。みんなに一緒に作らない?って相談してみるよ」
僕はなぜか大人しいアオを撫でながら祭りについて考える。僕は浮かれていた。
だってデリックおじさんが、豊穣祭が終わるまでの辛抱だと言っていたから。きっと祭りが終わればすべての疑問が解消されると思っていたんだ。
口には出さなかったけど、僕はその時を楽しみにしていた。
『ねえ、エリス。気を付けるの。なんだか嫌な予感がするの』
だから僕はアオの心配を笑い飛ばした。
僕は後に、そのことをひどく後悔することになる。




