169.本当のお父さんについて
「私の息子、パトリックは騎士だった。ただの騎士ではない、王族の近衛騎士だ。それは私の命令によるものだった」
お祖父さんは暗い顔をしている。過去を酷く後悔しているような、そんな表情だ。
「なぜそうするよう命じたのか。それは王の監視のためだった。エヴァンス家は昔、国王派閥を装った七賢者派だったからな」
今のエヴァンス家は完全な七賢者派だ。これはラフィン家の養子になるときに主な貴族の派閥を教えてもらったので知っている。
「パトリックは実にうまくやってくれていたよ。王城で傲慢な王を欺いて、騎士の仕事を忠実にこなしていた」
お祖父さんはゆっくりと、昔を思い出しているのかため息をついた。
「パトリックとルース嬢が出会ったのは、我が家に秘密裏にネリー様がやってきた時だった。たまたま家に帰っていたパトリックとルース嬢は、私がネリー様と話している間に仲良くなったらしい。いつの間にか二人でデートをするようになっていたらしくてな、子供ができたから結婚したいと打ち明けられたときには度肝を抜かれたよ」
お母さんはおばあちゃんの付き添いでエヴァンス家に行っていたんだ。そこでお父さんと出会った。お祖父さんが知った時には、僕はお母さんのおなかの中に居たんだな。なんだか想像がつかないな。
「私はすぐにパトリックに近衛騎士を辞めさせて、表向きにも七賢者派閥に切り替える準備をした。しかし、一歩遅かったんだ。あの残忍な王に、エヴァンス家が王派閥の裏切り者だとバレてしまった。……パトリックは王によって殺された。見せしめというわけだ」
僕は息をのんだ。お祖父さんは僕に聞かせるために言葉を選んでいる様子だった。きっと言葉以上のことがあったのだろうと思う。
「パトリックが亡くなったと知って、ルース嬢はひどく悲しみ、体調を崩した。そしてエリスを産んだと同時に亡くなってしまった」
お母さんはきっと、お父さんを失った悲しみに耐えられなかったのだろう。僕を置いて逝ってしまった。
「すまなかった……私が判断を誤った。そもそもパトリックに間諜の真似事などさせなければ、きっとこんなことにはならなかった」
お祖父さんは僕に頭を下げた。お祖父さんも、子供を失って辛かったはずなのに、まるですべて自分の罪であるような言い方だ。とても後悔しているんだと思う。
僕は目頭が熱くなった。お祖父さんの事が、とてもかわいそうに思えてくる。
「僕は、お祖父さんが悪いとは思いません……」
僕が言えたのはこのくらいだ。他に言葉が出てこなかった。
顔を上げたお祖父さんは、辛そうだった。いっそ罵られたいと思っているのかもしれない。
「……お父さんは、どんな人でしたか?」
僕が聞くと、お祖父さんは眩しそうに目を細めた。
「……パトリックは、エリスとよく似ているよ。小さなころから、落ち着いた子だった。賢くて……周りをよく見ている子で。そしてアンドレアス殿下にひどく憧れていた。だから近衛騎士になるよう命じた時も、殿下のお力になれるならと喜んでいた」
そっか、僕と似ているのか。外見じゃなくて中身の話だろうな。それにしてもアンドレアス殿下か、僕はあまりいい思い出がないけど、凄い人なのはわかる。
「そうだ、パトリックの写真があるんだ。エリスにあげようと思って持ってきた。死ぬ少し前に撮ったものだ」
セドリック伯父さんが僕に写真を渡してくれた。僕はじっとその写真を見つめる。
長い金色の髪に、緑がかった瞳。僕とは色彩がまるで違う。そして、顔はあまり僕と似ていないように思う。僕がお母さん似というのは本当なんだろう。
僕は悲しいのか嬉しいのかよくわからなかった。ただ、写真を見つめていると、自然と涙がこぼれてくる。
この人が、僕のお父さん……。一度くらい会ってみたかったな。
「……エリスも知っている通り、王族の血は失えない。建国の大賢者ロージェ様の血を失えば、この土地では暮らせない。王はこれまでずっとその事実を盾に身を守っている。王は自分が唯一の王であるためには手段をえらばなかった。自分以外の王族を皆殺しにすることも厭わなかった。でも、もうすぐ王の時代は終わる。いや、私達が終わらせる。絶対にパトリックの敵討ちをしてみせる」
突然そう言ったお祖父さんは、少し怖かった。僕の知らないところで、何か大きなものが動いている。七賢者達といいお祖父さんといい、何を企んでいるんだろう。
それから僕は、お父さんの昔話をたくさん聞かせてもらった。お祖父さんも伯父さんも、僕の事を大切に思ってくれているようなのに、一緒に暮らそうとは言ってこなかった。きっと僕の気持ちを汲んでくれているんだと思う。
「エリス、また会いに来てもいいかい?」
お祖父さんの言葉に僕は満面の笑みを返す。そうしたらお祖父さんにまた泣かれてしまった。伯父さんは柔らかく笑って頭を撫でてくれる。
正直まだどう接したらいいのか戸惑うところはあるけど、会えて良かったなと思う。
後日お祖父さんから山のような贈り物が届いて、僕は驚いた。お父さんが祖父というのはそういうものだと笑っていたけど、本当にいいのかな?僕は少し申し訳なく思った。




